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登山道(麓~三合目)

 オネェの人は、その山伏姿でどうやって事務所まで来ていたのか少し不思議だったのだが、なんて事はない。そのままだ。そのまま、山伏の恰好のまま堂々と歩いているのだ。人間、オドオドしているものには目を向けて蔑んだりしてしまう事もあるが、堂々としているものを笑ったり蔑んだりはなんとなくしにくいものだ。そういう事であるらしい。

 私たちもどこかに出かけるようなアウトドアな恰好をしている為、何らかの珍妙なツアーに見られていたのかもしれない。はっ、それって私も巻き込み事故じゃないの?! と、ようよう気づいた頃には、加賀士山についていた。駅から麓の神社までバスが出ていたからだ。一時間に一本というまさに田舎のバスに乗れたのは、ひとえにオネェの人が知っていたおかげだった。よく利用しているのか聞くと、


「まあ、色んな山に行く事があるから、たまにネ。ここの人たち良い人たちばっかりだから、親切なのよォ」


 と、うふふと笑いながら答えてくれた。たぶん、あなたが堂々としすぎてて何も言えないのもあると思う、とは言えず、あいまいに頷いておいた。


 バスを降りると、そこは爽やかな風が吹く山道やまみちの前だった。

 加賀士神社、というその神社の横から登山道が山頂まで伸びており、いちおう整備されているらしい。ここが、鷹也の話にあった、優斗くんが見つかった神社だろうか。みつを見ると、目を細めて何かを見ていた。


「みつ?」

「えっ、ああ、なあに?」

「ううん。大丈夫? 何か、怪しいものでも見つけたの?」

「大丈夫だよ、かおちゃん。さ、行こうか。中腹まで昇ったら、玉葉を探そう」


 みつの言葉にみんな頷く。

 そうして、オネェの人を先頭に、鷹也、私、みつの順番で、山道を歩く事になった。









 正直、山登りなめてた。

 ハイキングすら全くしない私が、よりによって山登りなんて、無謀すぎたのだ。と、気づいたのはまだ中腹まで半分も登っていないぐらいの時だった。オネェの人は論外として、体力ありそうな鷹也、そしてみつですらも全然余裕そうにしているではないか。

 息が切れて、遅れ出しているのが、情けない。私、足を引っ張ってる。いや、でも、成人男性とそれに次ぐ男の子についていけっていうのは、ある意味デスクワークの人間には酷だと思うの! 汗もかいて不快だ。


「ねェえ、あなた大丈夫?」


 心配そうに、後ろを振り返るオネェの人。最初よりゆっくり歩いてくれているのはわかるのだが、それでも私のなまった身体は言う事をきかない。


「が、ん、ばり、ます」


 正直、返事をするのすらしんどい。はい、ともいいえ、とも言いたくなくて、決意を表明してみたのだが、オネェの人は眉間にしわを寄せた。


「ちょっとタンテーさん、この子もう無理よォ。引き返させた方が良いわァ。下りる体力すら怪しいわよォ」


 オネェの人が、大声でみつに聞こえるように言った。そんな大きい声出さなくても聞こえてる、だって私の横にみつはいるもの。さっきから心配そうに歩調を合わせて歩いていたのだから。

 申し訳なさで、みつを見る。みつは、困ったように私を見返した。


「みつも、かおちゃんにはこれ以上はしんどいと思う。かおちゃんは、玉葉が心配なんだよね? じゃあ、この辺で玉葉を探すから、かおちゃんはその間休んでて。ね?」


 みつに優しく言われ、息も絶え絶えで返事すらまともにできない私は、素直に頷いた。正直、休憩できるのはうれしい。玉葉くんの安否も私がここに来た理由だが、本当は、みんなの事も心配だから、ついていきたかったのだ。言わないけど。


「ちょっと、予定変更。この辺で腰おろせそうな所探そう」


 みつが、オネェの人よりは小さい声で言った。それで、前を歩く二人は振り返った。正直、私の悲惨な現状を見ていただけに、異論な無いようだった。

 足手まとい、になっている。この辺までか。体力の無い自分の自業自得だが、仕方ない。

 オネェの人が、手早く座れそうな平坦な場所を見つけてくれたので、レジャーシートを敷きその上に座る。

 つ、疲れたぁ~~。


「で、あの狐ちゃんをどうやって探すのよォ?」


 立ったまま、空が見えるところを見上げて探しているみつに、オネェの人が聞く。みつは、上を見上げたまま、


「コレを使うのさ」


 そう言って、自身のズボンのポケットをまさぐり、紙を取り出した。それは、見慣れた人型の紙。


「ちょッと」

「まだ見つかってないからねぇ、返す事は出来ないなぁ~」


 オネェの人のこめかみに青筋が走るが、みつはどこ吹く風で上を向いたままにやにや笑っている。


「あんた、本当に根性悪ね!」

「ほめ言葉だよ~」


 オネェの人の言葉にへこたれる風も悪びれる風もなく、みつはニヤニヤ笑う。そうか、あの性悪女もおブスもみつには効いてなかったのか。なんたるメンタル。

 そんなやりとりをしながらも、みつはようやくお目当ての場所が見つかったようだ。上から降り注ぐ太陽の光が、みつの淡い髪を柔らかく照らす。いつもは直射日光を痛がるみつだが、そんな様子もない。


「さ、仕事してねー。主に見つかるんじゃないよー」


 みつはそうひとりごちると、紙を唇にあて何やら呟くと、その紙を中天めがけて勢いよく投げた。ヒュッと投げ出された紙はすぐに落ちるかと思われたが、ハッとする間に一羽の黒い烏に変わった。そう、瞬きをする間、突然に。烏は投げ出された勢いそのままに、空を目指して舞い上がった。バサバサバサッと羽ばたく音だけが聞こえ、その姿は木立にまぎれ見えなくなった。


「そんな乱暴にカラスちゃんを扱わないでよッ」


 オネェの人が抗議するように頬を膨らませた。みつは肩をすくめて振り返った。


「喰われるよりは、マシでしょ」


 みつの言葉に、うっとつまり目を逸らすオネェの人。ああ、そういえば、烏が蛇に食べられたとか言ってわめいてたっけ。

 

「あらかじめ玉葉の毛を仕込んでるから、すぐに見つかるとおもう。それまで休憩してて」


 みつはそう言うと、靴を脱いで私の横に座り、胡坐を組んだ。いや、胡坐とちょっと違う気がする、両足の裏が見える、というのだろうか。これ、座禅とかするお坊さんがしているようなのだと思う、多分。そして、地面を見るように半目になり、それこそ座禅するように手を膝の上に置き親指と人差し指で丸を作った。え、いきなり座禅し始めたの? なんで?

 みつが座った事によって、残りの二人もレジャーシートに腰を下ろした。私が戸惑うよりももっと戸惑っているであろう鷹也を見ると、もう、何も口を挟む気がないのか、黙って地面を見ていた。そうだろう、大切な弟がいなくなり心配で張りつめているのに、頼れるのはこの珍妙なご一行さまだけなのだ。考えるのをやめたくなるのもわかる。


結跏趺坐けっかふざなんて、本当になんでもやるのねェ。あんたは陰陽おんみょう系だと思ってたけど」


 振り返ると、オネェの人がみつをマジマジと見ていた。感心しているようだ。みつは話かけられても、目を合わさず淡々と答えた。


「そりゃ、何でもやるよ。守りたいから」


 みつは心ここにあらずという風だ。いつもなら怒りそうなオネェの人は、珍しくそれ以上絡まなかった。邪魔しないようにしているようにも見えるが、みつが何をしているのか私にはわからないので、気のせいなのかもしれない。


「……」


 みつが動かないし、しゃべらないので、何もする事がない。息はだいぶ整ってきたが、足を引っ張る事にかわりは無いだろうと、不安そうにオネェの人を見た。見られたオネェの人は、何事かと私を見返した。


「なァに? 何かアタシの顔についてる?」


 はい、付け睫毛が、などとふざけている場合ではないので、不安そのままを口にする事にした。


「あの、私、足、引っ張ってますよね…」

「そうね」


 オネェの人の小気味よい即答に、悲しみすらわいてこない。こういうドライな所、嫌いじゃないわ。


「でも、そういう自覚を持つって大事な事よォ。どこまで出来て、どこから出来ないか、知るのって難しいから。アタシもいまだに良くわかンないんだけどね」


 そう言って、けらけら笑った。フォロー、のつもりなのかしら。みつとの言い合いしか見てないから見てないから、誤解してたのかもしれない。この人本当はできた人なのかも。

 私は一つ頷いて、思っていた事を口にした。


「私、ここに残ります。多分、私がいない方が早く動けるし、その方が、早く玉葉くんを見つけられると思うので。すみません、私のわがままで、ここまで連れてきてもらったのに」


 軽く頭を下げると、オネェの人は驚いたように私を見た。


「まァ、助手はまともなのねェ。良いのよ、まだ差し迫った事態になってるわけじゃないから。本当に困るのは、自分すら守れない事態の時に、守る存在が有る時。自分か相手か、迷っている間に取返しがつかなくなるの。そうなる前に退くのは、賢い判断だと思うわァ」


 真面目に話す時のこの人、なんか違和感があるんだけど、何なんだろう。いや、話の内容は理解できるし、声音も真面目だからすんなり受け入れられるんだけど、みつとのふざけたやり取りを最初から見過ぎたせいで、脳が違和感を感じているんだと思う。

 というのはおくびにも出さず、しごく真面目に話を聞いている顔をする。


「これはおシショーさまが良く言うんだけどね、自分の身は自分で守れって。山ではいつでも誰かが助けてくれるわけじゃない、だから、自分でできる事は自分でしなさい、って」


 オネェの人は遠くを見るようにして、言った。そうだった、この人も大事な人が見つかっていないのだった。強そうな人のようだったから、万一もないだろうが、それでも心配なものは心配なのだろう。

 そしてその言葉に、少し自分を恥じた。私、自分の事すらちゃんとできないのに、首を突っ込んで、このありさまだ。いつでもみつの、守る、という言葉に甘え、頼り切っている。それじゃいけないとは、なんとなく思うが、こっちの世界の事なんてどう努力すれば良いのかわからないのだ。みつが私を置いていく時は危ない時だというのは、間違っていないと思う。私、やっぱり、足手まといだなあ。


「そんなに深く考え込まないで良いのよッ、別にアンタを責めてるわけじゃないンだからッ」


 私が考え込んでしまったのを見て、オネェの人が焦ったように言った。やっぱり、良い人だった。みつ以外限定だけど。焦らせたのを詫びるように、にこっと笑う。


「いえ、本当の事ですから。……あの、一つお願いしても良いですか? 私が居ない所で、みつが危ない事しようとしたら、止めて欲しいんです」


 オネェの人は、小首を傾げて私を見た。


「どうして?」

「みつ、昔から、私が見てない所だと無茶するみたいなんです。帰って来たら何日も眠り込んだり、痣作ったり。本人は私に隠してるみたいなんですけど、気がかりで。誰にも言えなかったんですけど、あなたになら、言えそうだったから」


 そう。みつはいつもダラダラしてるのだが、それが私を置いて出かけた次の日など、より顕著なのだ。ずっと眠っている事もあった。疲れているのだろうとは思うのだが、私にはわからない世界の事だから、問いただす事もできない。柿森さんの言葉もある。心配なのだ。見てない所で、倒れられたりしたら……困る。いろいろと。

 その点、この人はみつと同じような世界で生きている。多分、私がついていけない所も、この人ならついていける。私以外の抑止があっても良いハズだ。


「お願いします。だめ、ですか?」


 なんの反応もないオネェの人をみて、だめ押ししてみる。オネェの人は驚いたように頬に手をあてて私を見ていたが、何かに得心がいったように、ぷふっと息を吐いた。


「……完全なる一方通行だと思ってたけど、両方通行だったのねェ。面白ォい。いいわ、アタシこの人の足元にも及ばないみたいだけど、何とかしてみるワ」


 今度は面白そうに、唇に左手をあてた。な、なんだろうこの気持ち悪さ。まあ、でも、見ててくれるみたいだし、結果オーライ?


「あなた、名前は?」

「へっ? あ、神凪(かんなぎ)、です」

「そう、神凪ちゃん。アタシの事は、よしのって呼んでねェ。面白い事になりそうだし、お友達になりましょ」


 オネェの人が、右手を差し出す。

 正直、迷うんだけど。本当に、この人と友達とやらになって良いものだろうか。判断を仰ぎたいみつはまだ半目で心ここにあらずだし。……ええい、どうにでもなれ。この仕事が終わったら会う事もないだろう、と腹をくくり、右手をとって握手した。


「うふふ、楽しくなりそうねェ」


 楽しいのはこの人ひとりだけじゃなかろうか。

 とりあえず、オネェの人改め、よしのと友達とやらになってしまったようだ。まあ、人間だし、オネェだし、大丈夫、よね?


「ああ、そうだ。鷹也くんも、この人たちについて行くなら、気を付けてね。私ここで待っているから、危なくなったらここまで引き返してくるのよ」


 興味なさそうに山を見ている鷹也にも、声をかける。この子も、危なっかしい。いきなり話しかけられてビックリした様子だが、鷹也は、


「……うっす」


 そう言って、頷いた。うん、良い子良い子。マルちゃんや玉葉くんなら頭を撫でている所だが、さすがに男子高校生は嫌がるだろうと、ぐっと手を我慢する。かわりに、にっこり微笑んでおいた。鷹也は、ぷいっと恥ずかしそうに顔をそらした。照れてかわいいなあ。





 そんなこんなで交流を深めていると、みつが不意に、カッと目を見開いた。


「いた。主じゃない所にいる」


 そう呟くと、胡坐を崩し、立ち上がった。すごい、しびれてないなんて。

 みつが立ち上がったのを見て、オネェ改めよしのも、鷹也も立ち上がった。私は、立ち上がれない。思った以上に体力を消耗しているようだ。


「かおちゃん」

「私は、ここで待ってるから。玉葉くんの事、みんなの事、お願いね」


 みつが私を振り返り、困ったような顔をしたので、先手を打った。私の言葉に、みつはちょっとだけホッとしたようだった。さっきの会話、やっぱり聞こえてなかったみたい。よかった。そして、よしのを見る。よしのもわかっているという風に頷いた。

 それを目ざとく見つけたみつが、私たちを交互に見る。


「え? え? なに、何かあったの?」

「アタシ、神凪ちゃんとお友達になったのォ。ねッ」


 よしのの言葉に、みつがビックリしたように私を見た。


「本当、かおちゃん。だって、オネェだよ、山伏だよ??」


 その要素は、友達にしたくない要素になりえるのだろうか。友達いなさすぎてわからないが、先ほどそういう事になってしまったらしいので、曖昧に頷く。


「ほんとう、みたい」

「そォよゥ。アタシ、女友達ほしかったのよねェ」

「はぁ?!」


 しゃがんだよしのに手を取られるが、同じくしゃがんだみつがすかさずぺいっとよしのの手を引きはがした。しまった、みつの拒絶反応を考えてなかった。まあ、よしのもへこたれてないみたいだし、良いよね。このままにしとこう。

 私が思考から逃げていると、鷹也が呆れたような声をあげた。


「あの、行かないんスか」


 ああ、一番大人なのは鷹也、あなたよ。みつを託す人を間違えたかもしれないと思いつつ、急いで出発する皆に、手を振った。

 みつが手を振り返し、言う。


「かおちゃん、待っててね。すぐ戻ってくるから」

「はいはい、気を付けてくださいね。前見て歩くのよ」

「わかってるよー」


 元気に手を振って、みつは歩き出した。

 その後ろ姿に、みんなの無事を祈って、そっと手を合わせた。

 どうか、無事に帰ってきますように。


薫の体力のなさは折り紙付き

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