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朝日と共に来るもの




 朝日がまぶしい。

 どうやら、昨日カーテンを閉めずに寝ていたらしい。なんでそんな初歩的なミスを……と、思ったところで、目が覚めた。

 そうだ、昨日あの後そのまま事務所に泊まったのだった。

 えーと、みつは自宅に戻ったし、あのオネェの人どうしたんだっけ。と、考えた所でようよう思い出した。


「アタシ、一回お山に帰るワ。おシショーさまも帰ってるかもだし、報告もあるし」


 そう言って、朝まで待ったらという私の言葉にやんわり礼を言い、深夜の町に出て行ってしまったのだ。震えてたけど腰が抜けたりはしていなかったみたいだし、精神力はたいしたものだと思う。私は、正直抜けていたので立ち上がるまでちょっと時間がいった。普通そうだと思うけどね!


 東日が入ってくる窓を見つめ、時計を探した。今は、七時。寝た時間を考えればまだ睡眠が必要だが、こう明るくては寝るに寝れない。仕方なく起きて、みつが来るまで待つ事にした。

 玉葉くん、無事だろうか。みつは朝探しに行くと言っていたが、どうするつもりなんだろう。


 そんな事を思いながらお茶を淹れていると、トントンと階段を下りてくる音がした。珍しい、こんなに早いなんて……と思ったが、ふと、思った。私が事務所に泊まった日は、みつが事務所に来るのが早くないか? しかし、頭を振ってその考えを打ち消した。

 そんな事をしている間に、カランコロンとベルが鳴った。顔を出したのは、やっぱりみつだった。


「おはよ~、かおちゃん早いねえ。もうちょっと寝てても良いんだよ~」

「おはようございます。カーテン閉め忘れて、目が覚めちゃったのよ。せっかく起きたから、このままで良いわ」


 そーおー? と言いながら、いつの通りの支度をしてきたみつは、自分の机に行く。寝るのかしら、と思っていたが、どうやらやる事があるらしい。


「みつ。今日はどうするの?」


 私の問いに、みつは何かを用意しながら返事をした。


「んー、とりあえず、玉葉が見つけたか見失ったかで対応が変わるんだけどー、とりあえずあの子を呼ぼう」

「あの子って、鷹也くん? 今日は平日だから学校があるんじゃあ」

「そうだねー。でも、あの子は来ると思うよ。かおちゃん、電話番号ちょうだい」


 妙に自身に満ちたみつの言葉に首を傾げながらも、彼の電話番号を探す。すぐに見つかったそれは、ケータイの番号で、彼の年齢なら持っていてもおかしくないが、家の番号を書かないところに、ちょっと思うところがあった。……うまく、いってないのかな、家族と。

 私の沈む思考を、みつの能天気な声がかきけす。


「かおちゃーん、まだー?」

「はいはい。これですよ」


 みつに、電話番号が乗ったファイルを渡す。まだ、世間じゃ早朝と呼ばれる時間帯だが、良いのだろうか。

 そんな私の心配をよそに、心臓の強いみつは電話番号を押していく。

 呼び出し音が鳴っている音がする。起きているだろうか。電話に出るのだろうか。そんな心配をしながらみつを見ていると、はい、と受話器の向こう側で声がした。鷹也だろう。


「あ、もしもしー? 不破探偵事務所だけど。今日弟くんを探しに行こうと思ってるんだけど、君も来る?」


 電話口の向こうで驚いた声がした。そして二三言葉を交わすと、みつが電話を切った。


「鷹也くん、なんだって?」

「すぐ来るって。バイトと学校には休みの連絡入れるってさ」

「そうなの? 親御さんはそれで良いって?」


 私がそう聞くと、みつは微妙な顔をしながら、受話器を置いた。


「うーん。その辺の事は聞いてみないとわからないけれど、でも、たぶん、あの子は来るよ。唯一の大事な物の為なら、なんだって投げ出せるから」


 みつは、独り言のようにそう呟いて、俯いてしまった。顔は見えなかったけれど、なんだか辛そうだと思った。何か、鷹也に対して思う事があるのだろうか。


「さーて、鷹也が来るまでに準備しようかなー」


 パッと、空気をかえるようにわざとらしく明るく言って、みつは伸びをした。


「かおちゃん。かおちゃんは一回帰って、着替えをしてきて。動きやすい恰好と、風をしのげる上着と、プラスして厚着してきて。山に入るから。靴は、私の貸してあげる。同じぐらいだったよね?」


 みつが私を振り返って言った。はて、と思い返す。


「靴は、みつの方が少し大きいんじゃなかった? まあ、でも履けない事は無いと思う」

「よかった」

「じゃあ、私は一回着替えに帰るわね。何時までに戻ってきたら大丈夫?」

「いつでも、大丈夫。待ってるから」

「なるべく早く戻ってくるわね。鷹也くんを待たせても悪いし」


 苦笑しながらみつは、うん、と言った。

 さっさと帰る支度をして、朝日があふれる街に出る。

 眩しい。

 とりあえず、今日は晴れそうだ。

 そう確信して、家への道を急いだ。











 薫が事務所を出て行ったのを見届けて、みつも自宅に戻った。

 前々から準備していた、軽めの登山グッズを取りに戻るためだ。

 自分と鷹也の分は用意していたが、かおちゃんの分は用意してないんだよねえ、どうしよう。

 みつは少し悩んだが、とりあえず、その二つを持って下りた。


 事務所の扉を開ける前に、何か変な気配がした。しまった、鷹也が来るかもしれないからと事務所のカギを開けておいたのだが、変なものが入り込んだか。

 みつは少し用心しながら、扉を開けた。すると、


「あらァ、遅いじゃなァい。それにしても不用心ねー、カギ開いてたわよォ」


 勝手にソファーでくつろいでいる、あのオネェ。

 急に頭痛がした。山登りの装備を事務所の中に置きながら、その人物を見やる。


「あのねえ、勝手に入っておいて何か一言ないの?」


 あきれたように言うみつに、オネェはふふんと踏ん反りかえるようにして、


「お邪魔してるわよ」


 そう言った。

 もう、本当に、こいつ苦手。

 みつは頭に手を当てた。正真正銘の妖怪の類なら力で黙らせられるが人間だし、こっちの力の優位がわからないぐらいには弱いし、人間としての質量はみつよりあるし、何よりへこたれないこの精神力が、苦手だ。


「あなたねえ……はあ。もういいや。今日は何の用? 私今日忙しいんだけど」

「山に入るのね」


 みつが机の上で準備をしながら投げやりにそう言うと、わりかし真剣な声が帰ってきた。おや、と思いオネェを見ると、ちょっと真剣な顔をしていた。


「アタシのカラスちゃんを盗ってしまうぐらいのアンタなら、もう察しがついてるんでしょうけど」

「ん?」

「あの山の主は、もう正気じゃないわ」

「そうだろうね」

「そうなった主の始末は、こちらに任せてほしいの」


 みつは、真剣な顔で話すオネェを見て、ちょっと眉を寄せた。


「私は、そもそも主をどうしようなんて、思ってないよ。最初に言ったデショ、人を探してほしいって。あなた達が何であれ、その子が見つかったら、あとは好きにしたらいいよ。関わるつもりも無い」


 みつのその言葉に、オネェはホッとしたように少し息を吐いた。

 が、みつは自分の言った言葉に首を傾げ、独りごちた。


「でも、なんであの主は贄とやらを探していたんだろう。あんなに必死になって。お気に入りだからその子を側に置いてると思ってたけど、その子が贄なら、とっくに食べてると思うんだけどなぁ? 探してるって事は側にいないんだろうし、面倒な事になってるのかなぁ? ねえ、あなた達は、主がそれを食べたから、始末したいの?」


 急に独り言から問いかけられて、オネェはうっと詰まった。少し顔を青ざめさせている。みつが平然と出した話題に慣れていないようだ。


「そ、れは、わからないけど。寺院は、主が山を統治する事が出来なくなっていると結論を出したワ。正気ではないって。それが、いったいなにが原因かは、わからない。ただ、山にとって良い事では無いから、排除する、って」


 ふぅん? と、みつは不思議そうに言ったが、それ以上の追求をするつもりは無いようだった。かわりに、少し意地悪く笑った。


「そんな事私に言っていいの? もっと上の者、例えばあなたのおししょーさまとかは隠したい話じゃないの」


 何気なく問うと、オネェはうっと詰まったように目線を逸らした。


「おシショーさまが、まだ帰ってこないの。だから、これはおシショーさま抜きの寺院の総括。アンタはアタシ達に関わっているから、これ以上邪魔しないように釘を刺しておいた方が良いだろう、って。アタシはただの窓口よ」

「へえ。あの強そうなからすまだ戻ってきてないんだ」

「鴉なんて無粋な呼び方しないでよッ! おシショーさまはそんじょそこらの奴よりカッコいいんだから!」


 怒ったように頬を膨らますオネェを、みつはマジマジと見た。感心しているようだ。


「なによ」

「いや……本当に、あの鴉が好きなんだなぁ、と思って。人の世界であっても、同性を好きになる事は茨の道だ。さらにそれが次元の違う種族だというのに、諦めてない所が凄いなぁ、と思って」


 本当にその言葉の通りの事を思っているであろうみつに、オネェは気持ち悪そうに眉を寄せた。


「何よそれェ。アタシを馬鹿にしてるのォ?」

「いや、そこだけは本当に凄いなあって、思ってるよ。ふつう諦めない? 同性で、しかも相手は妖怪の類だよ?」

「そんなの、諦める理由にならないワ。それは人だって同じよ。アタシは、ただあの人が好き。諦めるのは、振られてからよッ」

「前向きだなぁ」


 そう言って、みつは苦笑した。それは、どことなく打ち解けたような雰囲気で。オネェは、あらと首を傾げた。


「あんたは、気持ち悪がったり否定したりしないのね。おかしな事だって、無理だって」

「だって現に今、あなたはその人の隣に居場所があるじゃない。そういうの、凄い大変だったと、思うから」

「なになに、あんたも何かあった風ねェ? このよしのに話してみなさいよォ。人のコイバナって好きよォ!」

「やだよ」

「なんでよォ、言いなさいよ! ほらほら」

「やだってば!」


 はたから見たら、きゃっきゃと遊んでいる風に見えるだろうが、本人たちはいたって真剣に言い合いをしているこの姿を見たら、薫はやっぱり喧嘩友達じゃないか、と苦笑していた所だろう。


 カラン コロン


 だが、入ってきたのは、薫ではなかった。


「はよーッス……って、あれ」


 成人女性と成人オネェが、言い合いをしている姿は、男子高校生の鷹也には理解不能の領域だったのだろう。扉を開けたまま、固まってしまった。


「ああ、君か。おはよう、適当にかけて」

「あらァ。また会ったわね、ボク。おはよォ」


 二人同時に見られて、特にオネェのハートマーク付きの挨拶に、ますます固まってしまった。手はドアノブにかかっている。このまま閉めて帰りそうな雰囲気に気づいたみつが、言い合いをやめて、鷹也に近寄る。


「やあ、早い所呼び出して悪かったね。とりあえず、入って」

「あ、ああ」


 だが、鷹也はなかなか中に入ろうとはしない。目線はおびえたよに、オネェを見ている。ああ、とみつは得心がいったように、

鷹也に言った。


「大丈夫だよ。あのオネェにはちゃんと想い人がいるから、君をとって喰ったりはしないよ。何かされそうなら、言いな」

「何よそれェ! アタシが節操無しみたいじゃなァい。その子がアタシの好みになるまで、あと十五年はかかるわよォ」

「だってさ。ほら、安心して、早く入りなよ」


 オネェの抗議を完全に信用していいのか迷いながらも、鷹也は一歩足を踏み入れた。

 そうして、ソファーに座るオネェの対角線に座った。何事も警戒するのは、悪いことじゃない。かおちゃんならここで何かフォローいれるかもしれないけど、面倒くさいからこのままで良いか。みつは一人でそう納得した。


「あの、この人」

「アタシは、よしの。よしのって呼んでねェ。あなたは?」


 鷹也はみつに話しかけたはずが、オネェ本人から回答があったのでビックリしたようにそっちを見たが、


「お、俺は、都森 鷹也……です」

「鷹也くんねェ。格好いい名前ねっ」


 礼儀正しく名乗るところが、基本的に良い子なんだよなあ、とみつは思った。


「で、あなたは言う事言ったんだから、帰らないの?」


 鷹也が来たというのに、全く動く気配のないオネェに、帰れの意味を込めてみつは言った。これ以上ややこしい事になるのはごめんだ。


「あらァ、冷たい事言わないでくれるゥ? アタシも、山に入るワ。主の異変を確かめて報告までが、アタシの仕事なのよォ」

「はぁ?! ついてくるの?!」

「よろしくねン」


 みつは、オネェの言葉に頭痛そうに額に手をあてた。そして、その言葉に驚いていたのは、みつだけではなかった。


「あの、よしの、さん? も一緒に行くんスか?」

「一緒にって、事は、鷹也くんも入るのォ? なんで? 危ないわよォ、理由はわかンないけど、やめときなさい」


 鷹也の驚いたような言葉に、オネェも驚いたように顔を見る。顔を見合わせる二人は、同時にみつを見た。みつは、頭が痛そうに額に手を当てたまま、ヤレヤレと口にした。


「……前に、子供を探してほしいって言ったデショ。それが、この子の弟なんだよ」

「えー!? 何よそれ、なんでそれを早く言わなかったのよ!」


 オネェの驚きように、みつはおやと顔を見た。


「なんで、あなたに言う必要があるの」

「そっ、それは、その。ほらっ、将来イケメンになる可能性がある子なら、モチベーションも違ってくるじゃなァい」


 ごまかし方が凄く怪しかったが、追及しても言わないだろうし面倒くさいので、みつはそのままにしておく事にした。


「さて、鷹也。この人は無視するとして、君にいくつか言っておかなければいけない事がある」


 みつは自分の机に戻り、登山用のセットを一つ取り出してきた。大きなリュックと、帽子と防寒具。鷹也は、それを見ながら、頷いた。


「はっきりと、君の弟が見つかったとは、まだ言えないんだ。それに、見つかったとして、ものすごく厄介な事に巻き込まれている可能性が高い。その厄介を、取り除けない事も考えられる。それでも、君は、付いてくるかい?」


 みつは、あのなんでも見透かすような瞳で、鷹也を見た。見られた鷹也は、今度はうっとせずに、しっかりとみつを見返して、頷いた。それは、決意の証のようだった。


「行く。少しでも可能性があるなら、それにかける。もし、大変な事になってるなら、助けてやりたい。俺は、あいつの兄ちゃんだから」


 それは、痛いほどの決意だった。張りつめてるなあ、とみつは思った。本当は危ないのだが、彼の気持ちがわかるだけに、置いて行く事が出来ない。大事な一つのものを守る為に、自分はどうなっても良いという、覚悟。痛いほど、わかる感覚。


「あんた達ねェ、思いつめ過ぎよォ。なんとかなるわよォ」


 そんな二人を見て、オネェはわざと大きな声で言った。本心から。みつは器用に片方だけ眉を上げ、鷹也はビックリしたように、オネェを見た。


「アタシだって、おシショーさまが帰ってこなくて、不安よォ? でも、大丈夫だもの。あの人なら、絶対。あんた達も信じなさいよ、己の中の何かを」


 オネェの言葉に、目をぱちくりさせている鷹也。全く知らない人物からの、よくわからない励まし。どうしていいのかわからずみつを見ると、みつは苦笑していた。


「だってさ。年長者の言う事はとりあえず聞いといた方が、うるさくなくていいよ。ま、盾ができたと思おうよ。ほら、鷹也。これ着てこれ背負って。かおちゃんが来たら、行くよ」


 みつはそう言って、鷹也に登山道具を渡した。何と言っていいのかわからなかったので、とりあえず鷹也はうなづいた。


「あなたは、いらないよね。道具」

「当たり前でしょォ。どこで修行してると思ってンのよ」


 そう言ってオネェは、山伏の衣装を見せびらかすように踏ん反りかえった。はいはい、と言ってみつも上着を持った。まだ本格的に秋とは言えず、暑さが残るこの時期に上着は暑いが、山に入ったらそうは言ってられないだろう。靴も履き替える。


 と、そうこうしているうちに、


 カラン コロン


「ごめんなさい、待たせちゃった……って、あれ」


 薫が、扉から顔を出した。









 ビックリした。正直、ビックリした。

 鷹也がいるのまでは想定内だったが、オネェの人もいるとは。そして、事務所の雰囲気が混沌としておらず、何故か穏やかなのが。私がシャワーと着替えに手間取っている間に、みんな打ち解けたのだろうか。


「あ、お帰りー、かおちゃん。大丈夫だよー」


 みつが、ごつい靴を持って近寄ってくる。


「そ、それなら、良かった。えと、これ、どういう状況?」


 私が聞くと、みつは私に靴を渡しながらも、苦笑して後ろを振り返った。


「なんか、あの人も行くって。おシショーさま探すってさ」

「そうなの? あのお師匠様って、まだ戻ってなかったの?」

「みたいだねー。ま、邪魔しないっていうから、連れてく事にした。ねっ」


 最後の言葉に、何かしらの圧力を感じたのは、気のせいなのかそうじゃないのか。オネェの人は、苦笑しながらひらひらと手を振った。


「そ~なのォ。今日はよろしくねン。でも、山は危ないわァ、残ってた方が良いと思うンだけど」


 オネェの人の言葉に、みつが小さくコクコクと頷く。ここまできて、引き返せなんて殺生よ。


「最後まで、見届けたいんです。だめですか? 危なくなったら、足手まといになるようでしたら、引き返しますから」


 たぶん、山伏だし山で修行してるだろうし、山の専門家のようなオネェの人に言われると、ちょっとビビるけど、行きたいのだ。みつを見ると、みつは最初から仕方ないなあという顔で笑っているので、多分わかってくれてるのだと思う。一応、今までみつの指示に従わなかった事無い、はず、だし。


「危なくなる前に引き返してもらうかもしれないけど、良いよね、かおちゃん」

「まあ、みつがそう判断するなら」


 私の渋々のうなづきに、ホッとしたように笑うみつ。私もそれで安心して、ようやく靴を履き替えた。

 と、ここまで空気だった鷹也が、立ち上がった。


「その助手の人が来たら、行くんだろう」

「ああ、そうだね。お待たせ。じゃあ、行こうか」


 そうして、なんだか変なご一行様は、事務所を後にしたのだった。

山登りをする事になった薫の運命やいかに!

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