出発
ガチャリ、と鍵の閉まる音がする。
扉を閉めた小さな鍵は、鈍く光り私の手の中に納まった。
「かおちゃん、戸締り終わった~? 早く行こーよー」
廊下の少し向こう、階段に足をかけながら、私-神凪 薫-の雇い主である、不破みつが声をかけた。その顔は、浮かれている。浮かれきっている。
「はいはい、今行くわよ」
「楽しみだねー! かおちゃんと旅行いくの三回目だけど、海は初めてだね!」
そう、この雇い主、今から行く旅行、それも海、にはしゃいでいるのだ。いい加減、良い年した大人なんだから、少しは落ち着きを持ったらどうだろう、とは思うのだが雇われている身なので言葉は慎む。態度は慎まない。
呆れたように見ても、みつはどこ吹く風で、さっそく階段を降り始めていた。
私も、もう一度、探偵事務所のドアの鍵がきちんと掛かっている事を確認し、遅れないようにみつのその後ろ姿を追った。
みつが、海に行こうと言い出したのは、あの狐の奥さんの依頼を解決してすぐだった。反対はしなかったが、こんなにすぐ実行に移すとは思ってなかった。あの依頼が解決?してから、一週間も経っていない。いつもこの素早さで依頼を解決してくれればいいのだが、気が乗らないと本当に全く何もしなくなるのだから困る。
今回は、慰安旅行という事で、交通費も宿泊費もみつが払ってくれるそうだ。さすが、金持ちは太っ腹度が違う。有難く、その好意に甘え私も久方ぶりの海に少し心が弾んだ。
いくつかの電車を乗り継ぎ、更に一時間ほどバスに揺られ、およそ半日がかりで辿り着いたのは、青い海と白い砂浜が輝く綺麗な場所だった。遠浅、というのだろうかだいぶ先の方まで、エメラルドグリーンに光る海の揺らめきは、普段街中にいる私には新鮮だった。
心が洗われるようだ。
「キレーな所だねえ。これは正解だったなあ」
みつも、横で目の上に手をかざしながら、海を眺めていた。
ふと、周りを見回すと、こんなにも綺麗で砂浜が広い海水浴場なのに、人気がまばらだった。地元の人しか来ないような穴場なのだろうか。
「さ、かおちゃん。とりあえず宿に行こうか。今回の宿はね、なんと民宿なんだよ~。新鮮な海の幸が美味しいんだってー」
ウキウキと、みつが私の手を引いた。そういえば、今回泊まる場所を聞いていなかった。民宿とは、お嬢様のみつにしては珍しいチョイスだ。
とりあえず、大人しくついていくが、手はひっぺがした。
夏が終わりそうなときにアップする勇気




