君のために
無限のような有限の繰り返し。
最後の鍵は僕が持っている。
けれど、君には秘密にしている。
初めは抗っていた君。
『敷かれたレールを走ってやるもんか!』
そう言った君はかっこよくて、愛しかった。
次第に弱っていく君。
『どうやったらレールから降りれる……?』
そう言った君は弱っていて、胸が痛かった。
ねぇ。そろそろいいでしょ?
最後のレールを走ろうよ。
僕と君の最期のレール(物語)を。
*
桜並木はまるでトンネルのようだ。太陽の光さえ、桜色に染めている。
あぁ……何度見ても、この桜は見事だなぁ。
「どうしたんだ。立ち止まったりなんかして」
僕の前を歩いていた君が振り返った。
混じりけのない艶やかな黒い髪。桜の中ではそこだけ切り取ったかのような存在感を発している。
君は変わってない。
思わず笑ってしまった。
「いや……桜が見事だと思ってただけだよ?」
「……そうか」
視線を桜にずらした君の眉間には深い皺が刻まれている。
まるで親の仇のように見ている。元凶の僕が悪いのに。桜もとんだとばっちりだ。
「行衛は桜が嫌いだよね」
僕はわざと苦笑した。
理由なんて知ってる。167回前からずっと問い続けているから。あの頃はどちらかというと、鬱陶しい感じだったけど。
「……そうだな」
君は学校へ足を向けた。
おや、今回は卒業式に参加するつもりだろうか?あの手この手を使って、このレールから降りようとしてたくせに。
まぁ、全部見当違いだったけれど。
僕は何も知らないフリして、君の隣を歩く。
これで中学も終わりかぁ。
高校にいっても行衛と同じクラスがいいな。
言い方は違うけど、毎回同じ内容を話す。そろそろ気づいてほしいなぁ。君がどんな言動をしようが、僕が変わってないことに。
「なぁ、屋上行かないか?」
あれ?卒業式サボるんだ。
「それって怒られない?」
僕は笑った。サボるのを誘われた時はいつもこう言う。
「……あんなガチガチの卒業式なんかに出てられっかよ」
「う~ん。ま、それはそうだね。それに、僕も一回はサボってみたかったし」
今回の君は真面目だったからサボった事なんてなかった。前は……族潰しなんてしたっけ?
「それじゃ。先生たちに見つからないように行こっか」
―――タイムリミットは退場の君が代が終わるまで。
*
君と出会ったのは今日みたいな桜の咲いている麗らかな入学式の日だった。
一目見た瞬間、目が奪われた。
目を輝かせ、真っ直ぐに校舎を見つめていた。僕なんか、知らない人がいるだけで緊張して、学校に来るのが恐ろしくて堪らなかったのに。
同じクラスだと知ったときは嬉しかった。
今思えば、あれは僕の × × だったのかもしれない。
―――ギィイ……
少し抵抗する金属の扉を開けて屋上へ出る。
手をかざして空を見上げた。なんか、空が近いような気がする。12階建てのビルの屋上よりも近いかもしれない。
あぁ……、嫌味なくらい青い空。
~♪
あ、君が代だ。
「始まった、か」
「そうだね。最後の日だっていうのに、サボっちゃったね」
フェンス越しに体育館を見下ろす。先生とか、両親に怒られてしまう、なんて事は僕らの中には無い。
だって、もうすぐ終わりが来るのだから。
「でさ、結局これからどうするの?」
適当な所に腰かける。
「……俺はとりあえず寝る」
そう言った君はコンクリートの上に寝そべる。春になったとはいえ、まだ冷たいはずなんだけどなぁ。
しかしあっという間に、スー、と寝息をたて始めた。もしかしたら今日が怖くて寝れなかったのかもしれない。
君の髪を手で鋤く。さらさらな髪はいつまでも触っていたくなるような感覚だ。僕はクスリッと笑った。
学ランを脱いで君にかけておく。風邪はひかないだろうけど保険に。
さて、僕はどうしようか。
少し震えながら考える。さすがにYシャツだけは寒いなあ。
鞄の中を漁る。入ってたのは筆箱とカッターとノートだけ。
卒業式に使わないのに、毎回持ってきてしまうのはなんでだろう。
考えた僕はノートとカッターを手に取った。それからシャー芯とシャーペン。シャーペンに関して言えば、必要ないかもしれないけど。
終わりは近い。
だから、これくらい許してくれるよね。
*
真っ赤に染まる交差点。
泣き叫ぶ人。
大混乱な昼下がり。
僕は逃げも隠れもできなかった。僕の手が血で染まってることより。僕の足元に歯が折れて顔面が血だらけな人が転がっていることより。
何よりも、顔がグチャグチャになって倒れているのが―――
「おい、起きろ!」
!!
揺さぶられて、目が覚めた。
僕の周りにはノートを切り出して、折って作った桔梗の花や薔薇が何個も転がっている。手に持った切れ端を見て思い出した。目が疲れてきて閉じた時に寝ちゃったのか……。
「行衛。どれくらい寝てた?」
「お前がどれくらい寝てたかは知らないが、卒業式がそろそろ終わりそうな時間だな」
「そっか……」
とすると、おおよそ30分前後寝てたことになるのかな。
手に持った切れ端をぐしゃぐしゃにする。時間がもう無い。ヒントなら散りばめておいた。
だから、早く気づいてよ、行衛。
「……なぁ、一つ訊いていいか?」
「ん?どうしたの、行衛」
僕は君にかけておいた学ランに袖を通す。鞄の中に仕舞うのが面倒だったから、シャーペンやらカッターやらがそこらに転がっている。
「お前、これの折り方どこで知った?」
桔梗と薔薇を手にとり、僕に問いかける。
薔薇はつまようじの代わりにシャー芯を使ったけれどなかなかに上手くできたと思う。
不安そうに揺れる黒曜の瞳。
やっと……、気づいてくれた。
あとは、最後の仕上げだけ。
「何言ってるの、行衛。桔梗も薔薇も全部、教えてくれたのは誰でもない。君でしょ?」
僕は無邪気に笑う。
ねぇ、本当は、僕は、
「お前……覚えているのか?」
覚えているんだよ。
「……何を?」
「とぼけるなよ!」
僕に掴みかかろうとした君を避けた。
君は目を見開く。そりゃそうだね。今までの繰り返しの中で僕が君を避けれたことなんて、一度もないんだから。
「ねぇ、行衛。何を、僕が、覚えてるって言いたいの?」
君に背を向けて立ち上がる。
一歩。
「12階建てのビルの屋上のフェンスが古くて行衛が落ちちゃったこと?」
二歩。
「それとも、潰した族の残りに金属バットで殴り殺されたこと?」
三歩。
「それか……」
「交差点で通り魔に顔をグチャグチャされて、死んじゃったこと?」
振り返った僕は笑う。ねぇ、ちゃんと笑えてるよね?顔を赤くして、握った拳が震えてるのは怒ってるからだよね?
「っ!なんで言わなかったんだよ!」
「えー?普通、言っても信じてもらえないじゃん。だから、行衛も僕に言わなかったんでしょう?」
少しおどけて言う。神経を逆撫でするように、正常な判断なんて出来ないように。
「あーあ……。あともう少しで今回が終わったのに。結構楽しかったんだよ?行衛の見当違いな行動」
わざとらしく肩をすくめる。
―――終わりの君が代が始まった。
「ねぇ、知ってる?いつも君が代の演奏が終わると最初に戻ってるんだ。やっと正解に近づけたのに、残念でした!」
僕は声をあげて嘲笑う。
ほら、最後の鍵は揃ってるよ?
「ちょっと待て!正解ってなんだよ!」
「もう……行衛って本当に馬鹿。正解は正解だよ?正解したらこの繰り返し(遊び)は終わり。でも、正解は教えてあ~げない!」
カランっ。
殴りかかろうとした行衛の足にアレが当たった音。君の目がアレに向けられる。
ねぇ、迷う必要はないでしょ?
そこからはまるでスローモーションだった。
アレを手に取った君は立ち上る。
そして、その勢いのまま僕の胸に突き刺す。
君を見下ろす形になって思った。
君の目は血走っていて、もう限界だ。
アレ――カッターが突き刺さった心臓から血が溢れでてくる。刃を伝う血は行衛の手を赤に染めていく。
痛い。
刺されている心臓が。
君にこの想いを伝えられない事が。
「ぃ、たいよ」
思わず口から零れた言葉。君が息を飲んだ音が聞こえた気がする。
頭がぼやけて立っていられなくなってきた。
ゆっくりと、頭を君の肩に寄りかかる。一層、カッターがめり込んだ気がするけれど、関係無い。
―――君が代が、終わる。
重くなった目蓋が下がってきた。
約束があるから、君には伝えられない。
でも、心の中で伝えるのはアリ、だよね?
まだ感じていられる君の体温。
ねぇ、行衛。
僕は、行衛のことが × × だよ。
―――君が代が。僕らのレール終わった。
―――――――――――――――――――――――――――
ジリリリリッ!!
バシッ、と騒ぎ立てる目覚まし時計を少し乱暴にだが、黙らせる。
微睡んでいたいが、今日は入学式だ。布団から這い出ると空気がひんやりとしていて少し頭がスッキリした気がする。
昨日のうちにハンガーにかけておいた制服に袖を通す。小学校の頃は私服だったが、中学からは制服、学ランといわれる制服になる。大人に近づいたような気がして、なんか誇らしいような、照れくさいような、そんな気持ちになる。
次に鞄を確認する。
今日は入学式だから持っていく物は多くない。しかし忘れ物を初日からするのは嫌なので最終確認をしておく。
ふと、机の端に乗っているものが目についた。
「あれ?こんなのあったか?」
見覚えのないソレ。妹がイタズラに置いていったのだろうか?
そして、ソレに手をのば、
「ゆくえお兄ちゃーん!早く降りてきてー!」
「あ、あぁ。今、行くー!」
ソレにのばしかけていた手を引っ込める。時計を見ればいい時間になっている。
急いで鞄を手にし、部屋を飛び出した。
今日から中学生活が始まる。高鳴る胸を抑えながら、俺の朝は始まった。
誰もいなくなった部屋。
その机の上には、ノートの紙で作られた桔梗と薔薇が乗っていた。