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第3話

 王女は目に入るもの全てが昨日より大きくなっている事に驚きました。王女が呆然と部屋の中を見回していますと、ルーカスと名乗った男が暖炉のある部屋から入って来て、王女の横に立ちました。

 ルーカスはひとつしかないベッドを王女に貸したので、昨夜は暖炉の傍に食卓テーブルの椅子を移動させて寝ていたのでした。


「お目覚めの気分はいかがですか」


 ルーカスが穏やかな声色で訊ねると、王女は答えました。


「まるで巨人の国に連れて来られたみたい。どうしてベッドも部屋も……そして、あなたも大きくなってしまったのかしら」


 ルーカスは何も答えず微笑みを浮かべると、その大きい両手で王女を掬い上げ、縁の装飾が素晴らしく美しい鏡の前に王女をそっと降ろしました。


「ほら、ご覧下さい。周りが大きくなったのではなく、あなたが小さくなってしまったのですよ、王女様」


 王女は目を疑いました。なぜなら、鏡の中央に映っていたのは一匹の小さなオレンジ色をしたトカゲだったのです。醜いボコボコとした鱗が身体中にびっしりと付いていて、背中には翼がありました。王女が余りの事に驚いて、両手で顔を覆って泣くと、鏡の前の小さなトカゲも短い両手で目を覆って泣いています。

 鏡に映ったトカゲの後ろから、ルーカスが顔を出しました。


「これが、わたくしなの……」

「そうですよ」

「どうしてこんな姿になってしまったの」

「呪いがかかってしまったのです」

「呪い……」

「昨日、僕が差し上げたお茶を飲んでしまったからですよ」

「どうしてそんなことを」

「僕は貴女を助けて差し上げたかったからです。貴女が昨日おっしゃったように、今日お城にお帰りになれば、今度は確実な方法で命を狙われますよ」

「まさか……」

 

 王女は血の気が引くような思いがしました。


「本当はお気付きなのでしょう?」


 優しく諭すようにルーカスは言いました。そこで、王女は継母に疎まれていることや、侍女の自分に対する態度などを思い出しました。父王以外に王宮に味方は無く、自分の居場所が王宮に無い事を悟りました。


「貴方は何者なの」


 王女が聞くと、ルーカスは答えました。


「……昨夜も申し上げた通り、私はこの森に一人で住んでいるルーカスという人間、ただそれだけですよ。まあ、国の人達は私の事をリンデンの魔法使いと呼んでいるようですがね」


 王女は目の前が真っ暗になったような気がしました。

 それもそのはず、王女が王宮で聞かされていたリンデンの森にまつわるお話は、森に迷い込んだ人間は一人残らず魔女に喰われて死んでしまい、二度と森の外には帰れないというものだったのですから。


「ここがリンデンの森? 貴方が魔女なの?」

「魔女に見えますか?」

「……いいえ、貴方は男ですもの。でも、リンデンの魔法使いは魔女だと聞いています」


 ルーカスは、その問いには答えませんでした。ただにっこり笑って、王女を掬い上げ籐の籠に入れると、緑色の扉を開けて森の中へと入って行きました。

 王女はルーカスが手に提げた籐の籠から頭を出して外を見ていました。

 朝の森の中は、生まれたての太陽の清々しい光に満ちていて、木々も樹の幹に蔓を伸ばした花も生き生きと喜びに満ちているようでした。


「どこに行くのですか?」


 王女がルーカスを見上げながら、問いました。

 ルーカスは歩みを止めずに、王女を見ると言いました。


「今日の食事の準備ですよ。昨日のスープは貴女がお召し上がりになったので最後でしたので。今日からは貴女のお食事も用意しなくてはいけませんからね」


 王女はその言葉を聞いて、居た堪れない気持ちになりました。王女がスープを飲んでしまったために、ルーカスは昨夜、夕食を摂ることが出来なかったのでした。

 

「わたくしにお手伝い出来る事があれば、なんなりと仰ってくださいね」


 ルーカスは王女の言葉を聞いて、口元を微かに綻ばせました。


「ええ。ありがとうございます」


 ルーカスの言葉を聞いて王女は胸の中心がぽわんと温かくなるのを感じました。

 ルーカスは、樹の幹に巻きついた蔓や、下生えの草を摘んでは籠に入れていきました。

 王女はそれを踏まないよう注意しなければなりませんでした。


 木々の茂る森の中を進むと、落ち葉の沢山積もった柔らかな土の上に、キノコがたくさん顔を出していました。王女は、ルーカスの為にと籠を飛び降りて小さくなってしまった身体でキノコを一生懸命もいでは籠に入れました。ルーカスが道々摘んでいた野草とキノコで籠はたちまちいっぱいになってしまいました。

 これでは、王女の入る場所がありません。王女が途方に暮れておりますと、ルーカスは王女をそっと自分の肩の上に乗せたのでした。

 ところが、ルーカスが歩き出すと、王女はルーカスの肩から転げ落ちそうになりましたので、王女は小さな鉤爪の付いたその手で、ルーカスの銀色の髪の毛を一束掴むことにしました。


 そうして森の中の小さな家に帰ってくると、ルーカスは大きな鍋に水瓶から汲んだ水を入れ、暖炉の火でそれを温めました。キノコや、摘んできた野草も鍋に入れ、なにやらハーブのような物も入れて、ぐつぐつとそれを煮立てました。やがて、美味しそうな匂いが立ち込めましたので、王女はルーカスの肩から身を乗り出して、鍋の中を覗き込みました。


「危ないですよ」


 ルーカスは、王女をそっと食卓テーブルの上に降ろしました。


 テーブルの上に、小麦の粉を練って焼いたパン、そしてスープの入った皿が用意されました。パンは王女が王宮で食べていた白くて柔らかいそれとは違い、ぼそぼそとして固いものでしたが、ルーカスと会話を楽しみながら食べたからでしょうか、王女にはとても美味しく感じたのでした。


 トントントン……。


 王女が漸くひと肌に冷めたスープをどうやって飲もうか思案していると、森の中の小さな家の緑色のドアがノックされました。

 リンデンの魔法使いが住むと恐れられ、誰も近寄ろうとしないこの森の家に、誰がやって来たというのでしょう。

 ルーカスは別段驚いた様子もなく立ち上がると、王女を抱き上げ籠に入れました。

 ルーカスは籠を上から覗きこんで、優しい声で王女に言いました。


「お客様が来たようです。静かにしていてくださいね」


 そして、ふわりと籠の上に目隠しの布を掛けてしまいました。


ルーカスを訪ねてきたのは……?

次話に続きます。

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