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第2話

 王女が眠ってしまうと、侍女はせめてもの情けにと王女の肩にケープを掛けました。

 そして、王女を森の中に置き去りにしたまま、騎士と共に糸を手繰って森を抜け、お城に帰ってしまいました。


 お城に戻った侍女と騎士は、王妃にこれを報告しました。

 王妃は満足げに笑うと、本当の事は他言しないように二人に誓わせました。

 そして、侍女達の目を盗んで度々城を抜け出していた王女は、ある日突然行方不明になったということにされてしまいました。

 戦から戻って来た王は、王妃の言葉をすっかり信じ込み、行方不明になった王女を想って悲しみました。国中に御触れを出し、王女を捜そうとしましたが、見つかりません。それでも王は、恐ろしい噂のあるリンデンの森には捜索隊を出す事はありませんでした。

 そうして、王妃の願い通り、王位継承権はまだ幼い王子のものとなったのでした。





 さて、森に置き去りにされてしまったかわいそうな王女は、眠り薬が切れると目が覚めました。さっきまで柔らかく降り注いでいた木漏れ日はすでになく、リンデンの森は鬱蒼とした暗い森へとその姿を変えていました。

 王女は辺りを見回しましたが、侍女も騎士の姿もありません。

 王女の胸は置いて行かれたことへの悲しさと一人で森の中にいる心細さで胸が潰れそうになりました。

 するとその時、木の間から一頭の若い鹿が、王女の前に飛び出しました。 鹿は森の奥に向かって駆けだそうとしましたが、少し進んだ後、首だけで振り返りじっと王女を見つめていました。

 王女が鹿に少し近づくと、近づいた分だけ鹿は先に進みます。

 また王女が数歩近付くと、鹿も数歩進みます。

 そうして、付かず離れずの距離を保ったまま、王女は鹿に案内されるかのように徐々に森の奥へと足を踏み入れて行くのでした。


 王女と鹿が森の奥へと進んでいくと、小さな家がありました。

 煉瓦造りのその家には煙突がひとつ屋根の上に付いておりました。

 白い木枠の窓には、白いカーテンが掛けられていて中を覗いてみる事は敵いません。

 

「ここはきこりの家かしら。ベッドを一晩貸してもらえるといいけれど」


 王女は森の中を歩いてヘトヘトに疲れていましたし、お腹が空いていました。そこで、王女はその小さな家の緑色に塗られた玄関のドアを叩いてみることにしました。


 王女がいくらノックをしてみても、誰も出てくる様子はありません。

 玄関から屋根を見上げてみると、煙突からは誰かが暖炉に火を点けて煮炊きをしているのか、煙が細く出ています。

 王女はそっと緑色に塗られたドアに取りつけられた真鍮のドアノブを握って、回してみました。すると、ドアがキィっと小さな軋みの音を鳴らしながら開きました。

 

 王女は、戸口から家の中に向かって声を張り上げました。


「ごめんください、誰かいらっしゃいませんかー」


 しかし、返事はありません。

 戸口を入ったすぐそこには、小さな食卓テーブルがありました。椅子は2つきりしかありません。食卓テーブルの上には、温かそうな湯気を昇らせたスープ皿がひとつ。王女がそれを覗きこむと、それは王女が今まで食べた事のない種類のキノコが入ったスープでした。不思議な、しかし美味しそうなスパイスの匂いがしました。

 王女は、その匂いを嗅ぐと食べてみたくて仕方がなくなりました。


「一口だけならいいかしら。だってお腹が空いてしまったのだもの。誰かが帰ってきたら一晩泊めて貰えるようにお願いしてみましょう」


 王女は磨かれた銀のスプーンを手に取ると、スープを一口飲みました。

 やはり今まで王宮で飲んだ事のない不思議な味がしました。でもそれは、一口飲めばまた一口飲みたくなる美味しさで、たちまち王女はお皿のスープを全て飲んでしまったのでした。


 お腹が満たされると、王女は家の中を見てみたくなりました。

 それほどこの小さな家は、王女にとっては見た事がないもので溢れかえっていたからです。

 2階に上がる階段はないようでした。戸口を入ったすぐには食卓テーブル。その奥には暖炉があり、パチパチと薪が爆ぜていて、暖かな火がお鍋をぐつぐつと熱していました。

 続きの部屋には大きなテーブルがあって、様々なハーブの入ったガラスの入れ物や、乾燥した植物の様なものの束が乱雑に置かれていました。その隣には、白い清潔そうなシーツが掛けられた粗末なベッドがひとつ。


 家の中を歩き回っていた王女の耳に、キィっとドアの開く音が聞こえました。

 王女が玄関の方を見ますと、そこには籠を手にした灰色のローブを着た若い男が、戸口に立っていました。男は、王女を胡乱な目つきで見ていました。

 男がローブのフードを取ると、銀髪の髪がさらりと零れ、天頂に昇った月の光に照らされてキラキラと輝きました。

 

「あの、わたくしはサラ・ロザリア・ローゼンウルフと申します。勝手にお邪魔してしまった失礼はお詫びいたします。どうか一晩泊めて頂けないでしょうか」


 王女はおずおずと男に頼みました。男は、手に持っていた籠を食卓テーブルの上に置くと、空になったスープ皿をちらりと見ました。


「サラね……。ええ、あなたの素性は存じ上げておりますよ。王女様がどうしてこんな夜にお供も連れずに、こんな森にいるのですか」


 男は王女に尋ねました。そこで、王女は身の上に起こった事を全て男に話しました。


「なるほど、事情は分かりました。一晩お泊めするのは構いませんが、その後はどうなさるおつもりですか」


 王女は答えました。


「城に帰ります」

「……そうですか」


 男は王女に食卓テーブルの椅子を勧めると、王女の前にそっとハーブティーの入ったカップを置きました。


「お疲れになったでしょう、どうぞ。ああ、スープをお召し上がりになってしまったのですね」

「とてもお腹が空いていて、一口のつもりが全部食べてしまったのです」

「構いませんよ。さあ、お茶をお召し上がりになったら、今日はもうお休み下さい。森暮らしで何のおもてなしも出来ず申し訳ございません。小さなベッドですが、良かったらお使いください」


 男はにこりと微笑みました。

 王女は男の優しい表情と、おもてなしにすっかり気を許してしまいました。


「ありがとう。あの、貴方のお名前を伺ってもいいかしら?」

「ルーカスですよ」


 男はそう答えました。

 家名を名乗らなかったことに、王女は不満げでしたが男はそれ以上のことは何も言いませんでした。ただ静かに微笑みながら、王女を見ているばかりでした。

 王女はくたくたに疲れていましたので、ベッドに入るとすぐに眠りについてしまいました。




 次の朝、王女が目覚めるとベッドはとても大きいものに変わっていました。

 王女が驚いて部屋の中を見回してみますと、大きなテーブルに、ハーブの入ったガラスのケース……全てが寝る前と同じ室内のままです。ただひとつ違うところは、それらが全て大きくなっているということでした。

 まるで一夜にして巨人の国に迷い込んだようだと王女は思いました。


王女の身に何が?

次話に続きます。

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