第1話
古典的な童話風味で物語は進みます。
リンデンの森の中には、魔法使いが住んでおりました。
リンデンの森に住んでいるその魔法使いに、国中の人々は恐れを抱いておりました。
なぜなら、その森の奥深くに入って行った人は皆、誰一人として戻って来ていないからです。
リンデンの森のあるその国で、ある日大きなお葬式がありました。その国の王妃が亡くなられたからです。国中の人が悲しみに包まれました。
喪があけた頃、愛妾の一人であったある女性が、王子を産みました。
王と前の王妃との間には、王女が一人だけありました。
王は何人かの愛妾を持っていましたが、その誰もが子宝に恵まれておりませんでしたので、王は王子が生まれた事をとても喜んで、その愛妾を次の王妃に迎えました。
その国では、女性の王位継承権が認められておりましたので、王女は次第に継母に疎まれる様になりました。
そんなある日、王は軍隊を引き連れて戦に出掛けて行きました。
王の留守をいいことに、王妃は自らの息の掛かった王女付きの侍女を使って、王女をリンデンの森へと誘い出すことを考えました。
王宮に勤めているその侍女は、上流階級の家柄の令嬢でしたが、行儀見習いの為王宮で働いていたのでした。その実家は、王妃の実家の援助が無くては没落してしまうような状態でした。そのため、王妃の口利きで王宮に行儀見習いにあがれることとなった侍女は、王妃の頼み事に、卒倒してしまう程の恐怖を感じましたが、実家の恩を差し引いても、王妃の頼みとあっては聞かないわけにはいきません。
侍女は王妃の指示通り、天気の良い日を選んで王宮のコックに戸外で摘まめる軽い食事とお茶の準備を用意させ、同じく王妃の息のかかった王妃付きの近衛騎士を一人、護衛に手配し、王女を言葉巧みに誘いました。
「王女様、今日はお天気がよいので、お外でお茶になさってはいかがでしょうか」
侍女のいつにない発言に王女は驚きました。
母妃が亡くなったあと、仲良くしていた侍女はすべて入れ替えられ、新しく王女付きになった侍女たちといったら、仕事はきちんとこなすものの必要な時以外はずっと黙っているばかりで王女は気鬱になりそうなのでしたから。
「でも、お父様が戦でお出掛けになっているのよ。とても恐ろしくて」
「ちょっとそこまでお出掛けするだけでございますよ。護衛の者も手配してございます」
「そう。ちょっとだけなら大丈夫かしら。ではそうしましょう。よろしく頼むわね」
王女が侍女に微笑んで返事をすると、侍女は深く腰を折って礼をすると、王女の外出着を用意し始めるのでした。
侍女と騎士に付き従われて、王女が案内されたのは王宮の北の門でした。
ここは母妃が王家の墓所に埋葬される時に、母妃が通った門でした。
王女は悲しい記憶を思い出して、小さく震えました。
そして、この北の門に馬車が用意された事を不思議に思いました。
「ねぇ、どうしてこの門を使うのかしら。いつもは西の門なのに」
侍女は微笑みを絶やさずに、幼子に諭すように言いました。
「王が戦にお出掛けになっている時に、王女様が公に遊びにお出掛けになるお姿を王妃様がご覧になられましたら、何とお思いになることでしょう。少しの間の事ですし、ここはお忍びと参りましょう」
王女は侍女の最後の言葉に、目がキラキラと輝きだしました。
「そうね。お義母様はきっとお許しにならないわ。それにお忍びなんて、楽しそう」
王女は騎士に手を借りて、馬車に乗り込みました。
お忍び用に用意された馬車は簡素な物でしたが、ガタゴトと揺れる振動を沢山のクッションが和らげてくれるようでした。
やがて馬車は、王妃の指示の通りリンデンの森までやってきました。
騎士は、森の入口の樹に王女に気付かれないように長い糸を結わえ、それを垂らしながら森へと入って行きました。
やがて、王女と侍女と騎士はリンデンの森を少し入ったところにある、太陽の光が木陰の隙間から柔らかく差し込む空間に着きました。
小鳥のさえずりと、葉擦れの音だけが耳を慰めてくれる静かな場所でした。
そこには大人の男が5人手を繋いで取り囲めるほど大きな樹が切り株になっていて、まるでテーブルのようになっていました。
侍女はその場所にお茶の準備を始め、騎士はベンチのように倒れた木に王女のドレスが汚れないように布を掛けて、王女に勧めるのでした。
樹のテーブルの上には、小さなタルトの上に季節のフルーツが乗せられたプチガトーと、小さなサンドイッチ、それに美味しい紅茶が用意されました。
「せっかくここまで来たのに、ひとりで頂くのは寂しいわ。おまえたちも一緒に如何かしら」
上機嫌な王女の言葉に、騎士と侍女は顔を見合わせました。
王女と侍女たちが一緒のテーブルにつく事は、階級制度を堅固なものにするためにも、通常ありえない事だったからです。
それに……。
「ですが……」
侍女の言葉が、遠慮の言葉を吐く前に、王女はさらに言葉を重ねました。
「お忍びなのですもの、誰にも言わないわ。ここでお前たちに見られながら、ひとりでお茶をするのなら、お部屋でお茶をしているのも同じことよ。わたくしの命令です。一緒にお茶をなさい」
高圧的な物言いの中に無意識に王女が滲ませた、普段の生活で感じている寂しさを侍女と騎士は感じ取ったのでしょう。ふたりは、王妃の命令とはいえ王女の最期の頼みくらいは叶えてあげたいと思ったのです。
侍女と騎士は並んで王女と同じテーブルにつきました。
嬉しそうにお菓子に手を伸ばし、紅茶を飲む王女と会話を楽しみながら、二人は決して紅茶には口を付けませんでした。
やがて、久しぶりに楽しい時間を過ごした王女は、樹のテーブルに突っ伏すように眠ってしまいました。