内臓もぐもぐ結婚 下
京介は背中に広がる固い感触に目を覚ました。
冷たいそれは金属のようだ。視界は暗い。金属の箱の中に閉じ込められている。重力を背から感じるに、箱は寝かされている。
全身には、着ていたものとは違う衣服の触感を感じた。ごわごわする。線維が固く、着慣れないが、晴れ着のようなものだろうと推測できた。高級なめし革独特のにおいが鼻をつく。
――くそ、体の自由がきかねえ。
相変わらず体はビリビリと痺れている。指一本動かすのが精一杯だ。
――あのガキ、どこ行きやがった?
いきなりおかしな薬を飲まされたと思えば、拉致されている。少年の正体を考えるが、京介には皆目見当もつかない。ただ、これから何をさせられるのか分からず、底知れない恐怖を感じるだけだった。
突如、箱が持ち上がり、回転し、京介は起立させられていく。正位置になると、金属の箱の四方が割れ、壁が展開された。
そこは教会だった。京介は祭壇の前にいる。目の前のマリア像の腹からは、イエスを模した悪魔像が片顔をのぞかせていた。
京介は黒タキシードに黒ネクタイを締めている。足にはスニーカーでなく高級黒革靴を履かされている。
――いったいどうなってんだ? まるで結婚式の支度じゃねえか。
京介が辺りを見回すと、祭壇から少し離れたところに例の少年が立っている。少年は神父服を着て、白手袋をはめていた。
彼は恭しく一礼すると、
「開式」
と宣言した。ピアノの前に座り、静かに弾き始める。
重々しい不協和音が響く。同時に教会の扉が開き、一人の女の子が歩み出してきた。
白いフリルのついた花嫁衣裳を着て、ガラスの靴を履いている。手には白バラのブーケを抱きかかえていた。しずしずと一歩一歩幸せを噛みしめるように進み、京介の元に近づいてくる。
「ぅ……ぅ」
下顎が残っていれば京介は呼びかけていただろう。遠目にも分かった。彼女は京介の妹の蛇子だった。頭にしらみが湧いていたころの面影はなく、清潔そのものだった。
残念だが、上あごだけを動かしても発声はできない。
蛇子は兄の前に陣取ると、顔を見上げた。
「兄に……しゅき」
溶けたチーズフォンデのようなにやけ顔をしていた。状況に酔っているのか、顔は真っ赤に染まり、舌がうまく回っていない。目は嬉し涙で濡れている。
ピアノを演奏していた少年は、やおら手袋から手を抜いた。手袋だけがそのまま演奏を続け、少年は祭壇の前まで歩いてきた。
彼は空中に落書きをするように紫スペクトルを描き、何もない場所から聖書を取り出した。二人の前に着き従うと、再び礼をした。
「これより婚儀の誓いを立てます」
京介の着る衣服が勝手に動き出し、彼は神父の前に連れて行かれる。巻き角の少年は心の死んだ目で彼を見つめ、口を開いた。
「新郎、鬼瓦京介。あなたは蛇子様と一つになり、永遠に分かれぬことを誓いますか」
――下顎がないのに誓えるか!
そう言いたくても言えず悶々としていると、京介の咽頭にスペクトルが描かれる。顎が形成されていく。
「さあ、誓いなさい」
京介は口が再生されるや否や、舌を噛みちぎる。彼は悟っている。悪魔の少年に自分は敵わない。絶対的な強さを誇ってきた京介だからこそ、絶対というものがどれだけゆるぎないものか理解している。悪魔の少年の強さはけた違いなのだ。
だから、少年に反乱する方法は一つだけだ。死ぬしかないのだ。
どくどくと血があふれ出し、喉を満たしていく。京介は咽頭蓋を調節し、溢れた血を肺へと流し込んで窒息を図った。
直後、口から紫の光が漏れだした。腹腔内の粘膜にスペクトルが描かれる。京介は小さな咳払いをした。それが終わるころには、全ての傷が癒え、血液は血管内に戻り、自殺の痕跡は跡形もなくなってしまった。
悪魔の少年は京介を生き返られることもできると言っていた。京介の顔が絶望に歪む。
「さあ、誓いなさい」
悪魔は相変わらず冷淡な目で京介を見つめるばかりだ。抑えきれなくなった苛立ちで京介は力任せに悪魔の少年に襲い掛かる。
一ミリ動いた瞬間、羽織るタキシードが鋼鉄のように固くなり動きを封じられる。
「さあ、誓いなさい」
――断る。
せめてそう言おうと口を動かそうとすると、スペクトルが唇に走り、口輪筋が固く縮まり動かなくなった。
「さあ、誓いなさい」
何度目だろうか、数十回の京介の抵抗を悪魔は全てひねりつぶした。ただひたすら、誓いの言葉だけを求めてくる。
執拗に、執拗に。
蛇子は何を考えているのか、その間、幸せそうにえへへと口を開けて京介を見上げている。
――クソッ……狂ってる。なんなんだよ、このガキと蛇子は何がしてえんだよ。そもそもなんで蛇子がここにいやがる!
京介は訳が分からない恐怖におびえていた。
「さあ、誓いなさい」
悪魔は顔色一つ変えず、同じ言葉を繰り返す。まるでそれが事務的に必要な通過儀礼とでも言わんばかりに。
とにかく、誓わないことには先に進まないようだ。京介はそれをなんとか認識した。
――だけどよ、実の妹相手に結婚なんて誓えるわけねえだろ。
意地になり、抵抗を更に続けること、数千回。呼吸を止めて自殺を図ったり、蛇子に襲いかかろうとしたり、紫のスペクトルを消せないものかと画策したりしたが全て徒労に終わった。
何せ悪魔は何もかも一瞬で定常状態に戻してしまうのだ。そしてひたすらに誓いの言葉を……。
数十万回に至り、ようやく京介は気づいた。日の光はまったく沈まないし、蛇子はまったく飽きを見せないし、ピアノの演奏は永遠に続いている。
悪魔の少年は京介だけでなく、この空間全体にスペクトルを描いているのだ。そして、この空間を固定している。
まるで、クリア条件を満たさないゲームが永遠に同じステージばかり繰り返すかのように。
まるで、壊れたパソコンが、CDを抜き去らない限り同じ曲ばかり永遠に繰り返すように。
この空間では死ぬことさえ許されない。すべては悪魔の少年の思うがままなのである。
一つ、京介の頭に疑問が浮かんだ。
なぜ、悪魔は京介に無理やり結婚を誓わせないのか。
口輪筋や舌筋を操れば悪魔にとって造作もないことだろう。京介自身に言わせることに固執する必要はない。
つまりは言わせるだけの理由が彼にはあるのだ。
京介に推測できるのはここまでだった。まさか、蛇子が大魔王で、悪魔の少年が彼女の忠実なしもべなどとは思いもつかない。
抵抗が百万回を超えたあたりから、京介の集中力は次第に失われてきた。同じ状態の繰り返しにより、一種の催眠状態に陥っていく。
精神的疲労が限界に達す。
「誓います」
心をずたずたにされた彼の口からその言葉が漏れたのは、まもなくのことだった。途端に、蛇子の顔がぱっと花咲くように輝いた。空間はループから解放され、再び時を刻み出す。
悪魔神父は蛇子の方を向く。
「花嫁、鬼瓦蛇子様。あなたは京介様と一つになり、永遠の存在となることを誓いますか?」
「うん!」
蛇子は京介を見つめたまま頷く。全身をぷるぷると震わせて、今にも溶け出してしまいそうなほど歓喜していた。彼女は気づいているのだろうか。小っちゃいお口から銀色のよだれがべとべと滴っていることに。大っきいお目目が兄をねっとり視姦していることに。
「では、誓いのキスを」
衣服が勝手に動き出し、京介は蛇子の前に跪かされる。白バラのブーケ越しに蛇子の陶然とした顔が見える。
ふっと口の筋肉のこわばりが解かれた。京介は機会を逃さぬように、慌てて蛇子に声をかける。
「おい教えろどうして結婚式なんて始まってんだ――」
「兄にとあたしが、愛し合ってるからだよ」
刹那、蛇子の薄桃色の唇が、京介の唇に添えられる。触れたか触れないか分からないほど、一瞬のキスだった。
その瞬間、京介の背筋に電撃が走った。彼の脳裏に人間の歴史が駆け巡る。
さまざまな地理、あらゆる時代、全ての季節で、
人は太古の昔より愛し合い、
共に結ばれんと願い、
キスを重ねてきた。
起源はアダムとイブに遡る。その人間の歴史が今、終わりを迎えるのだ。なぜそうと分かるのか、京介には分からない。ただ、直観的に京介は知った。自分と蛇子が、人類同士で唇を重ねた最後のペアとなるのだ。
熱い涙が目尻から溢れ出す。止まらなかった。人類の歴史を惜しみ、新世界の到来を悲しむ涙だとは彼には分からなかった。
妹の唇は柔らかかった。
蛇子は恥じらい頬を染め、すぐさま唇を離す。
悪魔の少年が初めて微笑んだ。
蛇子は四肢からびりびり震えが走り、体幹で凝縮され、脳に伝わったかのように、体を順次震わせていく。頭の震えに至り、彼女は目を蕩けさせる。
「誓えた……ありがとう、悪魔さん。やっと適ったよ。ようやく兄にと結婚できたよ。ずっと、ずっとこの日を待ってて……お布団の中で妄想したりして……うぐっ、兄にと結婚できたよおぉ……ウっ……エグゥゥウッ……」
蛇子はにやけた口から嗚咽を漏らす。ぽたぽたと嬉し涙を溢れさせる。女の子にとって最高の喜びの一つは好きな人と結婚できることだろう。蛇子は今、それが適ったのだ。
巻き角少年悪魔は聖書を閉じ、蛇子に問いかけた。
「蛇子様、どうぞ『しゅうえん』の宣言を」
「ウェンッ……グスッ、えぐっ……むふゅぅっ……ウヘヘ、あともう一つあるじゃん」
泣くと同時に笑いつつ、蛇子はいぢわるそうに口角を持ち上げた。
悪魔の少年は思い出したように頷く。
「そうでした。私としたことが世界終焉を焦り、大切なことを忘れておりました」
少年はパチリと指と弾く。ピッケルが一本蛇子の前に落ちてきた。同時に、京介の体の拘束が解かれ、四肢が自在に動かせるようになる。
「これより、お二人の初めての共同作業に移ります。これには私は介在できませぬ。蛇子様と京介様。お二人のみの力で一つの存在になってください」
蛇子はブーケを床に置くと、ピッケルを持ち上げた。七歳児の筋力では重いのか、足腰がふらついている。こけた拍子にピッケルが彼女に刺さりそうで、見ているだけで危なっかしい。
「食べるのです! 人が神話の時代に知恵の実を食べたことで、人類の歴史が始まりました。蛇子様が京介様を食べ一つになることで、大魔王様が生まれ、悪魔の歴史が始まるのです!」
悪魔の少年はそう高らかに宣言すると、黒い霧の粒子に囲まれ、いずこともなく消えてしまった。
蛇子はピッケルを掲げてふらふらと京介に走り寄ってきた。
「兄にを食べさせて!」
呆けていた京介は一瞬よけるのが遅れたが、なにぶん七歳児の動きである。横に振られたピッケルは彼の服をかすめ、体には届かなかった。
「はぁっ、はぁっ、兄に、速いよ」
蛇子は荒く息をし頬を上気させ、舌を垂らして兄を見つめている。食欲と性欲の混ざったような目で視姦され、京介の背筋が凍りついた。
「あ……」
その時、彼はようやく悪魔の言っていたことを理解した。悪魔はもはや謎の術で京介を縛りつけることはできないのだ。
「こ、こうなっちまえば、こっちのもんじゃねえかよ」
凍りつく背筋を我慢して溶かして、足に力を溜めていく。
蛇子が再びピッケルを振りかざし、よちよち走りで兄に迫る。無防備なお腹を、京介は思い切り蹴りつけた。蛇子は口から泡を吹いてその場に倒れる。
「ク、くはっ……弱えよ、なんだいつもの蛇子じゃねえか。あはははは」
「ケホ、うぅ……ガン、ばる」
蛇子が痛みに顔を歪めながら立ち上がった。ピッケルは握りしめて離さない。
「あたしは……兄にと一つになりたいの。兄にをいじめて、ぐちょぐちょにして、愛してるって伝えるの……。兄にのことが大好きなの!」
きっ、と目を食い締め、蛇子は兄に立ち向っていく。ただ、兄としてはもはや戦っている感などない。
ピッケルのような頭の重い武器は、一回振ってしまえば大きく隙ができる。その間に、蛇子の体に渾身のけりを叩き込み続けた。
「いだいよぉ」
「兄に!」
「がぁっっ」
「あきらめない!」
「ごぽッ」
みるみる蛇子の体があざだらけになっていく。吐き出す涎の泡に血が混じり始めたころ、彼女の動きが緩慢になっていった。
「あ? 最初の威勢はどうした? 散々人のこともてあそびやがってよー」
そもそも京介は不良五人相手に余裕で勝てるだけのポテンシャルを持っているのだ。七歳児がピッケルを持ち出したところで勝てるはずもないのは明白だ。これは戦いでなく、一方的ななぶり殺しであった。
ただ、それでも、京介の心には一抹の不安があった。今は悪魔がいないが、そのうち帰ってくるかもしれない。
蛇子に味方されようものなら、また京介は束縛の身となる。自分の命がかかっている中、万に一つも負ける要素は残してはいけない。
この際、蛇子を殺そう。
ピッケルがあれば楽に殺せる。
京介はピッケルを奪うため、蛇子がピッケルを振り切ったさま、蛇子の間合いに飛び込んだ。蛇子の腕を狙い、ピンポイントで蹴りつける。
ボキリと嫌な音が鳴った。骨が折れる音だ。蛇子の腕がだらりと垂れ、ピッケルが手のひらから滑り落ちる。
ピッケルを拾おう。そう京介が思い、少しかがんだとき。
蛇子の顔が視界に入った。
激痛で悶えるとばかり思っていた彼女は、なぜか笑っていた。
「兄に。やっと一瞬止まったね」
蛇子は折れた腕も気にせず、兄の脛に噛み付く。七歳児とは思えないほどの顎の力で肉を締め上げ、犬歯を深々と突き刺していく。
ぶちり。肉が噛みちぎられた。
「ウガァァァっ!」
京介の絶叫が教会に響き渡る。
「ぐちゅ……ばちゅ……じゅずっ……おいしい、兄にのお肉ってすごくおいちいよ」
涎を垂らしながら、蛇子は満足気に肉を咀嚼していく。
彼女の体に変化が訪れた。
頭髪が割れたかと思いきや、オウムガイのように巨大な巻き角が二本、頭から飛び出した。花嫁衣装の背中がばりばりと割け、蝙蝠のように薄く破けた黒い羽が八本飛び出した。目は赤く充血していき、目の前の獲物である兄をねっとり凝視する。舌なめずりをする口角には、サメのようにびっしり歯が並ぶ。
蛇子を中心に黒い粒子がぐるぐると回り始めていた。腕が再生をしていく。
「……がぁ、な、なにが……」
苦痛で脛を抑える中、京介は必至に教会の門へと逃げた。
蛇子は立ち上がり、ピッケルを持つと、羽をはばたかせた。ぶわっ、とそよ風が彼女の足もとにそよぎ、次の瞬間、彼女は浮き上がり、兄の背中を追っていた。
「逃がさないよ、兄に」
ピッケルを投げつける。京介の肩甲骨に刺さり、どさりと彼は倒れた。
「アァッ、ギャアァァァっ! 許してくれ、蛇子」
「ダメ。兄にってすごくおいしいんだもん!」
京介を足で踏みつけ、彼女はピッケルを抜いた。ピッケルの先端からポタポタ鮮血がしたたり落ちている。白い花嫁衣装に少し落ち、赤い染みを作った。
「悪魔さんが言ってたの。兄にを食べるごとにあたしは大魔王に戻れますよって。だから残さず、おいしく食べなさいって」
「……狂ってやがる」
京介は逃げ出そうと必死にもがくが、蛇子は先ほどとはうって変っての怪力で兄を踏みつけ離さない。
黒い羽を生やした花嫁は、ピッケルで兄のお尻を優しくこしゅこしゅ撫でた。
彼女の口から涎が垂れると、京介のズボンにかかり、泡を出して服を溶かしていった。彼の尻があらわになっていく。
「えへへへ、兄にの内臓が食べたいなあ。お尻の穴から……いただきます!」
ピッケルを片手で高々と頭上に掲げ、次の瞬間、尻穴めがけて振り下ろした。
「ひぎゃあああああ!」
京介の尻がきゅっと恐怖ですぼまった。ピッケルは菊穴に穿たれるぎりぎりで寸止めされる。彼の股間がじっとりと湿っていく。尿道括約筋が恐怖で馬鹿になってしまったのだ。
「あははは、兄に? お漏らししちゃった? あたしも兄にに蹴られすぎた後、よく赤いお漏らししちゃうんだ。お漏らしって気持ちいいよね」
蛇子は思い出し笑いを浮かべる。彼女の中では痛みと快感はイコールで結ばれるのだ。図らずもそう彼女を調教してしまったのは、他でもない兄の京介である。
この時、初めて京介の心中に後悔がよぎった。もっと妹に優しくしておけば良かった、と。
「ごめん、ごめんよ、蛇子」
京介は泣きながら謝る。
もう何もかも遅かった。
「えへ!」
今度こそ、妹はピッケルを掲げ、兄の菊穴を穿った。
京介の断末魔が響き渡る。蛇子は腕をぶんぶん振り回し、京介の肛門にピッケルを振りおろし、掘削を進めていく。
直腸膨大部が五センチほど顔を出したところで、蛇子はピッケルを止め、内臓に手をかけた。途中で切れないように優しく引きずり出していく。
「おげえぇぇぇっ! おげえぇぇぇ!」
「兄に……よだれを口からあへあへ垂らしてすごく気持ち良さそう」
結腸膨起、結腸ひだの末端まで引きずり出されると、虫垂が顔をのぞかせる。
「兄にの内臓ってぴんくで、透明で、すごくぷるぷる。とってもおいしそう。ばちゅっ」
蛇子はサメ歯の並ぶお口をぱっくり開け、兄の内臓にかぶりついていった。
「じゅるっ、こくっ、はむはむはむ、ばちゅばちゅべちゅ、ふふん、おいひい」
「ごげぇぇうぇえぇぇっ!」
蛇子の兄への愛は、大腸の固形物から小腸の未消化物にまで及ぶ。ストローを吸う要領で中身をすすると京介のお昼ご飯まで味わえてしまい、二重にお得なのだ。
食べ進め消化管を引っ張っていくと、細くうねうねした小腸がお尻から出てきた。小腸の壁は単層円柱上皮というものでできていて、栄養を吸収するためにとにかく薄い。蛇子は慎重に引っ張って、途中でちぎれないようにした。
「ぺちゅぺちゅぱちゅぱちゅ。しょうちょうっへもちもちぷりぷりしてるのへ。ちょっとくはくて、くせになっはいちょう」
ある程度まで行くと、腸がぶちりと切れてしまった。仕方ない。消化管そのものがそもそも長さに限界を持つ。
蛇子は兄のお尻の穴から手を突っ込むと、内臓を一つずつぶちぶち取り出して賞味していった。
肝臓は少し臭みがあるが濃厚な味だ。噛めば噛むほど胆汁が出た。
脾臓は鉄の味がした。造血のための鉄分が多いのだろう。
膀胱と腎臓はしょっぱかった。残尿もおいしくすすっていただいた。
膵臓と胃は酸っぱい。嘔吐物特有の発酵臭が鼻を刺激し、食欲を増進させてくれた。
肺と心臓はもちもちして弾力があった。するめのように、何度噛んでも味が出てくるので飲み込むのが非常にもったいなかった。どろどろになるまでお口の中でくちゃくちゃしてしまった。
内臓を食べ終わるころには、兄は冷たくなって死んでいた。
皮膚も剥がして食べ、肉も余すとこなくいただき、骨もむしゃぶり尽くした。
「ごちそうさまでした」
全部お腹に収め、蛇子はきちんと手を合わせて挨拶した。最後、デザートとして残しておいた目玉を口の中で転がしていると、背後の空間が歪曲し、悪魔の少年が現れる。
「おお、凛々しき角、麗しき羽、おなつかしきお姿です。蛇子様……いや、もう大魔王様で在らせられますね。さあ、今こそ世界終焉を」
「いいよ、しゅうえんさせてきて」
悪魔の少年は瞬きする間だけ消えると、地上全土を焼き尽くした。
地の底から悪魔たちの歓喜する声が聞こえてくる。ただ、蛇子にとってそんなことはどうでも良い。
「兄にと、これからずっと一緒にいられるんだ」
満腹のお腹はまるで妊娠した母体のように膨れ上がっていた。彼女はそのお腹を優しくさすりながら、幸せそうにして、地上が火の海になっていく様子を眺めた。
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