~再会~ 洞窟の奥
町の教会の裏手には山がそそり立っている。そこは深い森と獣たちが巣食う危険な場所で、めったに人が立ち入る場所ではない。
バイン・アウトーにまたがった三人の少女たちは頭上の枝葉を潜る様に腕で払いのけながら、道なき道を突き進んでいく。伸びきった林をバイン・アウトーの鋼鉄の脚が踏みつけ、細い枝をへし折っていく。
「柾、ここって狩りの時にしか来ない場所よ? どうして、こんな危ない場所に」
「ちょっと探検してて……」
「変わらない……ね」
柾の照れ笑いに、フォノは心配性な顔をして、結子は口元をほころばせる。
教会の配達を終えてそのまま柾の言うがまま深い森の中に来たが、フォノと結子にはこれから見るだろうモノを想像できなかった。二人にとっては柾の行動そのものの方が凄いと思っていた。幼い日から変わらない探究心と好奇心、行動力は常に良くも悪くも驚きを呼び込む。
だから、今回も何もないとしても彼女の行動が何かを呼び込む予感があった。
急勾配になり始めた山道を三人は腰を上げて重心を前に置きながら、バイン・アウトーが一歩一歩進んでいく。
お昼近くだというのに森の木々が日光を遮り、夕方のような薄暗さ。じめじめと湿った空気が地面から湧き立ち、町の澄みきった空気とは違う。
「そろそろかな……」
柾はきょろきょろとあたりを見渡して、ハンドルに備え付けられている小型羅針盤を一瞥する。方角に間違いはなく、木々に刻んだ印も確認できた。少しスロットルを捻り、速度を上げる。
バイン・アウトーが跳ねるように歩を進ませ、三人は腰が浮く感覚を覚える。
と、さらに急斜面。壁に等しい角度の土壌が目の前に立ちふさがる。木々の根っこが今にも抜けて倒れそうになっている。ところどころむき出しになっている土の壁は粘土上で雨が降ったら土砂崩れが起こってもおかしくないものだった。
「ちょっと、危なくないかしら?」
「これまで大丈夫だったから、大丈夫でしょ? それよりも、ほら。あそこだよ」
柾は機体を止めて、右手に見える傾斜を指差した。
フォノと結子はその方を向いて目を凝らした。
「洞窟の入り口?」
結子がそう言って、柾は振り向いた。
「そ。もう少し近づくから、体を右に傾けて」
そういって、先頭の柾に合わせて後ろに連なるフォノと結子が体を横に倒す。
重心移動を感知して、バイン・アウトーも右へそれて柾の運転に合わせて歩き出す。ぬかるんだ足場をしっかりと踏みしめて、滑り落ちないよう慎重に傾斜を移動する。
木の幹の下に当然のように開いている横穴は崩落しないのが不思議なくらいだった。木の根がしっかりしているのか、幾重にも絡んだ根っこは柱のように露出している。
三人を乗せたバイン・アウトーはその横穴の前に停車し、逆関節の脚を折り畳んで降着する。
「さ、この中だよ」
「危ないんじゃ……」
「大丈夫だって。何度か来てるし、中の方は思ったより頑丈にできてるよ」
心配そうに横穴からその上の木へと視線を上げるフォノ。
それをしり目に、柾は真っ先に降り立った。
続いて結子も神妙な顔つきで降りて、横穴へと近づく。
「危ないよ、結子」
「平気、たぶん」
フォノの心配する声に、結子は一度振り返って答える。
横穴はちょうど人が通れる程度の大きさで、縁に触れてみると粘土質な土の感触とその下に埋もれた硬いものの感触があった。
「……この穴を避けてる?」
結子がつぶやく横に、持参したザックを背負った柾がついた。その手にはガスランプが握られていた。
「どう?」
「これ、どうやってみつけたの?」
結子が興味津々に聞く隣で柾は屈んでランプに火をつけていた。
「うーん……。実は迷子になったら偶然」
「迷子になって見つけたって柾らしいけど————、あの時ね? 深夜になってひょっこり帰ってきたとき」
背後で慎重にバイン・アウトーから降りるフォノが不機嫌そうに突っかかる。
柾は火のついたガスランプを持って立ち上がる。申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべる。
「あの時はさすがのミトさんもカンカンだったからね。言うに言い出せなくて」
「もういつもそうなんだから……」
フォノはぬかるんだ足場を気にしてスカートのすそを持ち上げながら、しっかりと踏みしめて近づく。
「この先、何があるの?」
柾とフォノのやり取りを待って、結子は質問する。
横穴は風を吸い込んで背中を撫でる様な空気の流れを感じる。呼吸するような、低い鳴動が奥の方から聞こえてくる。
と、柾は結子の前でて一歩先に横穴へと足を踏み入れる。
「来ればわかるよ」
「…………」
先を行く柾の背中を見ながら、結子も決心して後に続く。
「ちょっと、二人とも……」
「フォノ~、置いてっちゃうよ~」
暗い通路に光るランプの光が一度止まって、出入り口で逡巡するフォノを待った。
フォノは周囲の陰湿な雰囲気に心細くなりながらも、この奥に行くことを躊躇う。寒々しい気温とじめじめとした空気がさらに彼女の警戒心を強くする。いくら柾の言葉でも震える足や悪寒を無視することはできない。
瞬間、頭上で鳥たちがけたたましい羽音と鳴き声を発してて飛び去っていく。
「————ひっ。ま、待って」
フォノはブーツについた泥で滑りそうになりながら、逃げ込むように横穴に飛び込んだ。
三人はランプの光で足元を照らしながら進んでいく。照らされた壁は湿り気を含んで、てらてらと光を反射している。足元も踏みしめるたびに水たまりのはじける音が鳴る。
結子が壁に触れて、指をこすり合わせて感触を確かめる。
「粘土にしては、さらさらしてる?」
その呟きが通路の闇に吸い込まれていく。
先頭を歩く柾はじっと暗がりの先を見つめて、ザックを担ぎなおす。そのあとに続くフォノは結子に寄り添う形で彼女の背中を見つめる。
結子はフォノの震えているのを感じて、自分も不安な気持ちになってしまう。
どれくらい歩いただろうか。
フォノたちが漠然と考えている間にも、柾が笑顔でランプを壁の方へ向けた。
「ほら、見て。この辺の壁って鉄でできてるみたいなの」
ランプの明かりに照らしだされた壁面はキラキラと輝く銀色をしていた。無機質な感じと冷徹な威圧感があった。先ほどまでの土の壁とは打って変わって、しっかりとしたつくりのように見えた。しかし、ところどころ亀裂が走り、そこから水が滴っている。
結子はまた壁を触ってみた。今度は滑らかに指を磨くかのような感触。冷たく、氷のようだ。
「鉄、なのかな?」
フォノが歩きながら、壁面を見てつぶやいた。彼女は自分の猟銃を思い浮かべて、その銃身に使われている黒い鋼鉄とは違うように感じた。
すると、彼女たちの前方から風が吹いた。
「風? こんな場所で?」
結子が疑問の声を上げると、柾が正面にランプを翳す。
「さ、ついたよ」
誇らしげな声ともに、三人は開けた空間い足を踏み入れる。横穴から通路、そしてこの空間に至って空気が澄んでいることに気が付いた。湿り気もない。喉を焼くような冷たさもない。
不純物を感じさせない空気が満たされていた。
フォノと結子は柾の両隣について、彼女が指差す先を見上げる。
「これを見せたかったの。すごいでしょ?」
柾の能天気な声とは別に、フォノと結子は絶句して視線を釘づけにされる。
ランプの光では全体像を捉えきれない。淡い火の光を受けたそれは無機質な横顔を見せている。柾たちよりも大きく、上下に別れた二つの目のようなものが明かりを反射させている。
彼女たちの立ち位置からでは見えないが、二対で四目をしている。加えて一対の巨大なレンズのようなものが少し上にあり、兜のような武骨さなフォルムがあった。巨大な頭だ。さらに角が四つ。正面へ二本、斜め上を指し示す二本で構成されている。
四つ目と四つの角、二つのカメラを持ったその顔に覇気はなく、静かに項垂れていた。
「アーデル・ヴァッヘ……」
「それもナイト級よりも巨大な機体だよ。ね? すごいでしょ?」
口元を戦慄かせる結子に、柾が胸を張って付け足す。
「悪魔、みたいね……」
フォノはその禍々しい横顔にそんな印象を受けた。二人の勇者の手によって死んだはずの悪魔の骸が目の前にあるような気がする。
しかし、柾は不服そうに言った。
「違うよ。絵本で呼んだ黒の勇者っぽいよ」
その声が響いて、フォノと結子は目を白黒させて柾の方を見た。
彼女は自分が何を発見したのか、わかっていない。いや、そもそも横穴の奥に前代未聞の〔AW〕があることが不可解なことだ。
二人の呆れと怒りを宿した視線に、柾は両者を見て小首をかしげる。