~再会~ 自由を求める者たち
木々が生い茂る深い森の中。
そこには三隻の船が身を隠していた。鋭利で長細く、ぼっこりと膨らんだ船底を有した巨大な船体には野太い足が六本ある。あたかも岩に擬態する昆虫のよう。無機質な外殻が小山のように木々からはみ出ていても遠目からでは見分けがつかない。
脚式歩行船、バイン・シフと呼ばれる船で〔ガング〕と呼称される艦艇だ。
その見張り台にはつまらなそうに一人の男が双眼鏡を手にして、山間にある町を見据えていた。
「どうだ?」
艦橋につながる伝声管から声が響き、見張り台の男は呆れた風に双眼鏡を目から離した。時刻は正午になろうとしている。うららかな日差しが心地よかったが空腹感が押し寄せて、男からやる気をそいでいた。
男は伝声管に顔を近づける。
「ダメです。動きはありません」
「わかった。監視を続けろ」
艦橋では艦長の男が伝声管に向かって指令を出すと、横にあるデスクに視線を移した。そこには羊皮紙に書かれた地図が広げられ、測量器械が散らばっていた。
すると、一人の艦橋スタッフが気怠そうに言う。
「艦長、こんな田舎にまで来て人集めしたってどうにもならねぇでしょ?」
「仕方ないだろ。修道騎士団の動きもあって、こういう辺鄙なところから手を付けるしかねぇんだからよ」
艦長の男は地図を見ながら愚痴る。自分も好きで北の僻地にまで遠征するなど、気分の上がらないことだ。
スタッフたちも当分することがなく、ガラス窓の向こうに見える森林に目を向けてはあくびを噛み殺している。田舎の方は手つかずの航路ばかりで、船体も森林で引っ搔かれて傷がつく。逆に言えばそれだけ生い茂った場所だからこそ巨大な船体を沈めて隠すこともできるのだが。
「フライハイトもまだ軌道に乗ったわけじゃないんだ。北東領から徐々に勢力を拡大するしかない。王政派も神経過敏になってるしな」
艦長はそう言ってスタッフを諭す。
彼らフライハイトはまだまだ新興組織の域を脱していない。北東の市民革命を機に組織は拡大しているが、如何せん王政を行う領主たちからは目の上のたんこぶ。
政教一致の世だからこそ教会組織と根付く彼らはフライハイトを異端として、修道騎士団を動かすに至っている。
「魔女狩りの手もあるし、慎重に越したことはない」
艦長は一人つぶやく。
魔女狩りは異端者を排斥するよりもたちが悪い。不必要な領地を理由もなしに破壊する悪行。フライハイトにしてみれば、虐殺以外の何物でもない。その力は排除しなければならない問題ではある。だから、力を蓄えているのだ。
そうした当面の目標上でもっと障害となるのが修道騎士団である。
修道騎士団は性格上、信奉者たちの安全を守る誉れ高い騎士であり、熱心な信仰と安寧を与える修道士である。そんな彼らが異端として断罪、更迭した団体は数知れない。若い芽を摘むように、彼らは自分たちの信仰心を支えに剣を奮い、各地に点在、巡回している。
「こちらだって、いつまでも手をこまねいているわけにはいかない……」
艦長の男はつぶやいて、窓の方へ移動する。
「偵察はどうなってる?」
「現在、三名が帰艦。残りはまだ偵察中かと」
一人のスタッフが先ほど船内格納庫から来た報告を言った。
三人も戻れば、町の規模や人口もわかる。重要なのは町の中に組織で役立つ人材がいるかだ。
艦長は深い森を眺めて目を細める。偵察に出した乗組員全員が来なければ、狙いの町がノード教を信奉をしているか完全にはわからない。希薄であるなら穏便にことは済むことだろう。しかし熱狂的であった場合、武力を行使する可能性もある。
なぜ三隻ものバイン・シフを連れだって辺境に赴いたのかと言えば、有無を言わさず屈服させるためである。戦艦三隻、さらにその腹には鋼鉄の巨人をかかえている。
艦長は内心逸る気持ちを抑えて、とにもかくにも報告を待つしかないと目を伏せた。
その時、見張り台の伝声管から上擦った声が響いた。
「艦長っ! き、騎士団です!! 騎士団のバイン・シフ!!」
「何!?」
艦長は驚愕して、伝声管に駆け寄る。
スタッフたちにも動揺が走り、互いに目配せしている。
「状況!?」
「方位は……、西南西。機影は三隻。あっと、距離は推定五キロ前後。完全に鉢合わせのコースに入ってます」
見張り台の男は双眼鏡で遠くの山の尾根を歩く鋼の船を見つめて声を張る。
彼の瞳に映り込む光景は最悪の権化そのものだった。
向かってくるバイン・シフは三隻。同数だが、〔ガング〕二隻を連れ立った旗艦を張る一隻はこれまでに見たこともない機体だ。甲板は平べったくその上にはいくつもの木箱が積み上げられていた。歩行脚部は細い四本足。あたかも足の長い蜘蛛のように、木々を踏み越えていく。通常より大きいが、男の目からは艦載機を積んでいるようには見えなかった。
「輸送船か? それも新型の……。艦長、〔ガング〕二隻に、一隻見慣れない機影あり。輸送船と推測」
見張り台の男は伝声管に向かって言う。
一方で艦橋では艦長は伝声管を前にして思案する。想定外の戦力の登場。普通なら撤退をするところだが、まだ戻ってきていない乗組員もいる。戦力差はない。仮に持てる火力をぶつけての勝算はまだ未熟者の多いこの艦隊では微妙なところだ。
「どうする? こちらの戦力でどうにかなるのか?」
逃げようとすれば、まず修道騎士団はこの艦隊を追撃してくるだろう。修道騎士団のことだ。異端者を放置してはくれないだろう。
「田舎までご苦労なこった。迎撃態勢に入るぞっ!」
「それは性急すぎます」
スタッフの一人が反論する。彼の言うことは正論で、艦長も予想していた通りの指摘である。だが、艦長は決定を覆そうとはしない。
「向こうも三隻。幸い、一隻は輸送艦かもしれないのだ。好機と考えるべきだ。アーデル・ヴァッヘ、出せるようにしておけ」
アーデル・ヴァッヘ、〔AW〕と呼ばれる鋼鉄の巨人だ。フライハイト、修道騎士団が所有するもので全高十五メートルほどの機体をポーン級、二十メートル弱までナイト級が確認されている。しかし、ナイト級の数は少なく彼らの艦隊には当然あるはずもない。
「ここで功績を上げるのも、必要だ」
野心が沸き立ち、艦長は様々な不安材料を頭から排除する。人の行き交いも少ない田舎町まで足を延ばして成果なしでは艦隊を任された立場がない。
修道騎士団の艦隊を捕獲しようかと前向きな考えに移行する。一個艦隊を拿捕できれば、組織は彼らを大きく評価する。フライハイトは身分で貧富を決めるのではない。行動によって生まれる結果で富と役職を与え、豊かにする競争組織。野心が芽生えるのも無理はない。
「総員、戦闘配備! 警報発令」
彼の号令を渋々了解したスタッフが一つ頷いて、緊急警報のスイッチを押す。船内にけたたましい警報音が鳴り響く。
格納庫に、船室に、調理場に、病室に、甲板に、発射管室に。そこここで暇そうにしていた乗員たちが身体を強張らせると、てきぱきと持ち場に急いだ。
艦長はそれを見て響き渡る艦内警報の中、レトロな内線から電信式マイクに持ち替える。
「総員、第一戦闘配備。敵は三隻。アーデル・ヴァッヘの起動準備、急げっ」
彼はこの時一つの覚悟をしていた。
彼らの艦隊と修道騎士団の艦隊、その間に挟まれて存在する町を戦場にすることをだ。このままでは修道騎士団が先に町へとぶつかる。そうなった時、彼らはこの町を駐留地として兵を配備させる可能性が出てくる。
「町一つよりかは戦艦三隻を捕獲する方がいい。戦力の補充になる」
艦長は小さくつぶやいて、自分のやろうとしていることを正当化しようと言い聞かせる。
フライハイトには戦力が必要だ。規模も人員も兵器も莫大な組織に立ち向かうには、少しでも敵性戦力を削ると同時に我が物にしなければならない。目の前には勝てる戦がある。あまつさえ鹵獲可能ならそれを優先させる。
「所詮は小さな町の田舎者たちだ。バイン・シフとアーデル・ヴァッヘに比べれば……」
機械技術を量産する力を人間は持っていない。すべては神様から授けられた神聖なる力である。
だからこそ、その力をフライハイトが正しく使おうというのだ。時に人以上に協力で即効性のある力は本質を見失わせてしまう。
魔性と言っていい。艦長は今機械の魔性に心を奪われている。
「立ち向かわなければ、自由は手に入らない」
それがフライハイトの考え方だ。
この時、誰も町に偵察に出た偵察員のことを努めて忘れようとしていた。命令は下された。それも強行的な形で、より強い意志のもとで。この艦隊にいる全員が思うのはたった一つ。
勝利して自由を掴むこと。そのためには犠牲もいとわない、と。