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~思い出~ 柾・カイリ

 遠い記憶を思い出す。


 まだ幼い、四歳のころ。小さな世界しか知らなかった頃のこと。


 うららかな陽気と涼やかな風を切って、石畳の道を駆け抜けたころ。周囲から立ち込める鉄の焼ける臭い。精練する鉄の響きを胸に刻んで、立ち並ぶ赤レンガ造りの工場を横目にする。


 そして、巨大な工場地帯の大通りへと躍り出た。


 ふわりとした浮遊感。青い空といくつもの煙突が煙を上げている地上。そして、湧き上がる地上からの驚愕の声。


「ごめんよーっ」

「ひゃぁ——」

「うぅ……」


 少女、(マサキ)・カイリは二足歩行型機械、バイン・アオトーを巧みに操り、友人二人を乗せたまま機体を着地させる。


 バイン・アオトーは大型バイクの胴体に逆関節の脚部をつけた原動機付き機械だ。その姿はまるでダチョウのよう。逆関節の足がしなやかに屈伸して、衝撃を吸収する。


 周囲で働いていた人々が目を丸くして、すくっと姿勢を正すバイン・アウトーに注目する。その大きな機械の鳥の背に、十代にも満たない少女たちが乗っているのは不釣り合いだった。


 三人の体がぴょんと浮き上がって、シートにお尻を打ち付ける。


「ごめんなさい。オジサンのお使いの途中なの! 二人とも前にっ」


 (マサキ)は元気よく言って、手に収まりきらないスロットルを回した。そして、バイン・アウトーが乗り手の体重移動を感知して少し前かがみになると走り出す。


 バッと石畳を蹴る鋼鉄の脚は一気に、数十メートル先まで跳躍。やがて、歩幅を整えて走る。


 姿勢を正して鋼の駿馬を操る子供は、自然工場で働く人々の目に嫌でも止まった。驚きこそしても、彼らは乗っているのが三人の少女たちと知るや否や、いつものことかと眉を開く。


「怖いよぉ」


 (マサキ)の背中にしがみつく少女が言った。まるで人形のような女の子。きれいな金髪をなびかせて、来ている可愛らしいエプロンドレスがはためく。巻いているストールを抑えるので、必死だった。


「大丈夫! あたしに任せてっ」


 (マサキ)は小さな手をいっぱいに使って、指先に括りつけたタコ糸を使って左レバーを引く。クラッチだ。エンジンギアが空回りして、ニュートラルの状態になる。それでも、三人の重心が前に傾いていれば、機体は嫌でもその足を進める。


「怒られちゃうよ……」


 エプロンドレスの少女の後ろにくっつく黒髪の少女が震える声で言った。みすぼらしい麻の服を着て、短い黒髪につけたリボンが揺れる。


 激しく上下するバイン・アウトーの上で少女たちが跳ね上がる。惰性で歩を進めて、左右のバランスも怪しくなる。勢いがなくなっている。


「大丈夫!」


 二人の少女の反応を背中で受けて、(マサキ)は言った。


「三人一緒だから、大丈夫!」


 それだけで楽しくて、幸せな日々を送れる。バイン・アウトーの時速を示すメーターを一瞥して、次の行動に移る。


 急ごしらえで宛がった鉄パイプの右ペダルを踏みつけると、下部にあるギアチェンジが入った。そして、レバーのクラッチを戻して、グリップを捻る。


 唸るエンジンは甲高い音を発して、弛緩しだした足に喝を入れる。


 踏み出した足が一気に地面を蹴った。


 三人の少女たちを乗せたバイン・アウトーは大きく跳ねて、人々の視線を集める。空へ飛ぼうとする鳥のように高く、高く跳んだ。


 それはただそうしているだけで幸せだったころの、幼い記憶。


 忘れもしない幸せな時。罪の意識を知らない、無垢な頃の記憶だ。




「あれから、もう十年か……」


 やんちゃな女の子だったと思い返す(マサキ)・カイリは新しく作ったバイン・アウトーを撫でてつぶやく。


 今はまだ暗がりの早朝。冷たい空気が肌を凍てつかせて、冬を告げる風が寒気を呼んだ。


 (マサキ)は身震いして、首に巻いているマフラーを口元まで上げる。鼻頭がひりひりしているのを感じる。その証拠に鼻のてっぺんは赤くなっていた。幼少期よりは背が伸びていても、小柄な体はやはり小さい。ワイシャツにチョッキ、ぶかぶかのパンツをベルトで固定して、動きやすい格好をしている。


 とはいえ、秋の早朝には厳しい格好だ。


「うぅ……」


 (マサキ)は寒さに震えながら座席のカバーを外して、発動機のハンドルを展開する。

 

 かじかむ手でハンドルの柄を掴んで、全身全霊をかけて回す。


 表情が自然と険しくなり、足腰に力を込める。重いハンドルはゆっくりと動きだし、次第に滑らかになる。片腕だけで回せるようになると、(マサキ)はクラッチを繋げた。


 瞬間、カチリッと接続する音が聞こえて、ハンドルから手を放す。ハンドルが彼女の手から離れると回していた方へひとりでに回転をしている。


「よしよし」


 (マサキ)は白い息を吐いて、回転するハンドルを外し前部にあるパニアに仕舞う。


「寒いけど動いてよぉ」


 座席のカバーを戻すと右グリップを捻る。


 ギュィイイ————!


 エンジンが景気よく回転数を上げだす。元気な音、と彼女は微笑んでバイン・アウトーを眺める。


 幼い日に使っていた機体ではなく、背部には巨大な保温装置がつけられている。ダチョウというよりは、亀のような鈍重さを連想させる。


 (マサキ)はまだ暗い空を見上げて、徐々に群青色に染まり始める色をその瞳にに映す。


 輝く星々が消えていく。朝日が昇り始めて、山間からこぼれだす。


 丘の下に広がる民家から徐々に立ち上る煙を見て、彼女はほっと息をついた。白い吐息が宙に溶けていく。


「さて、そろそろパンも焼けたかな……」


 鼻をくすぐる香ばしい匂いに誘われるようにして、(マサキ)はバイン・アウトーの後部にある装置の起動させて、ログハウスに戻っていく。

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