パパは心配性 1
ふたりがまだ小さな頃のお話。
ある月の無い夜のこと。
突然の主からの呼び出しに、ダハクトは緊張していた。
いたの――――だが………、
「だから、どうというわけでもない」
「はあ」
話が進むに連れて、自分の声から気が抜けていくのを自覚していた。
そんな彼の態度に気付きもせず、見た目わかりにくく興奮している主は、低い声音に静かな熱を込めて語りを続ける。
「しかし、あの年頃の子ども等がすることだ。多少、世の常を弁えぬ愚かな行いに走ることとてあろう。我々から見れば、自らに害を及ぼすことが明白であると瞬時に判断づけることが可能なものでさえ、世を知らぬ雛たちの目には、魅力に満ちたものとして映るのだからな。些細なそれが元で己が身を滅ぼす者も多いのだと、長き人の歴史を紐解けば明らかであるというのに……嘆かわしい」
「ええ、まあ、それはそうですが、あのお二人に限ってそのようなことは……」
「甘い! ダハクトよ、お前はそのような楽観的な観測を、一体何を基にして立てた? よもや、何の保証もない言葉を口にしたのではあるまいな」
「え、いえ、そんな」
「今この時、四聖家存続の危機ともいうべき、由々しき問題に直面しているのだぞ、我々は! この私に進言するからには、あの年頃の人間の心理状態および行動学等の研究記録や、あの二人に関する日常的な情報を収集したのちに」
「あああああっ、いえ! 申し訳ございませんッ!! 軽々しく口にした私が愚かでした。早急にお二方の身辺を調査し、今一度、正確に報告させて頂きますゆえ!」
「ふむ、よろしい。だが、お前は当主である私の、第一秘書という立場にあるのだ。先ほどの様な失言は、決して許されるものではない。今後、安易な発言を慎み、己を律し給え」
「…………はい」
「では頼んだぞ。お前の双肩に、我が一族の未来が掛っているのだからな」
「……………………………御意………
転職しようかな、と時折考える、ダハクト・デダイス29歳独身。
+ + + + + +
「お待ちくださいッ、マーセル御嬢様!」
とある小さな店の前。
小銭を握って伸ばした腕を、背後からがしっと掴まれた幼女は、パチクリとした目で彼を見上げてきたのち、ポヤポヤとした笑みを顔一杯に広げた。
「あれー? こんにちは、ダハクトのおじ様」
「……こんにちは」
ほんわかした空気を周囲に振りまく少女の横で、黒髪の小柄な少年がボソッと小さく挨拶の言葉を口にし、ペコリと頭を下げた。
幼児とはいえ、ゴートガード家当主の実娘で神子姫候補の少女と、その婿となる〈柱〉の少年。
この二人に揃ってお辞儀をさせておいて、自分はしないなどということは神殿に籍を置く身としては有り得ない。―――たとえ、おじさん呼ばわりされたとしても。
慌てふためいて、深々と頭を下げた御歳29歳・大の男の姿を、通りすがりの人々がひそめき合いつつ胡散臭げに見つめていたが、そんなことで挫けるわけにもいかず……。
「こんな時間にこんな所にいらっしゃるなんて、珍しいですねー。今日は、お父様とお仕事じゃないんですか?」
「ええ、今日は別件で用がございまして」
「そうなんですかー、おつかれさまです。いつもお父さまをたすけてくださって、ありがとうございますっ」
「お嬢さまっ!」
にっこり笑顔で照れながら言葉をくれたマーセルの姿が、感涙でボヤけていく。
ふるふると肩を震わせ始めたダハクトは、声を噛み殺して男泣きに泣いた。視界の隅に掛っていた〈柱の君〉が、慄くように身を引いたように見えるのは、まあ気のせいだろう。
「あ、え? ダハクトおじさま、泣かないで! ど、どうすればいいかな、ルカ〜!?」
「ぼくに振らないでよ」
「えぇ!? うー……―――あ、そうだ! おじさまも、コレをいっしょににたべようよ」
いい思い付きだと言わんばかりにマーセルが指差した、その先には―――――、
「あああああっ、だ、駄目です! いけません、マーセルさまっ!!」
蒼の聖都・エルヴェルク。
その街の大通りに立つ、一軒の駄菓子屋。
赤、青、黄、緑―――虹色に取り揃えられた、いかにも「着色料&添加物がてんこ盛りです」と云わんばかりの綺羅らかな菓子が並ぶその店は、最近、街の子供たちに絶大な人気を誇っていたが…………、
「むー、何であのお店での買い食いが禁止になっちゃうのよー」
「いいじゃない。代わりのお菓子をレミナさんが作ってくれるんだから」
「でもでも、なんかくやしいじゃない。ルカだって、あのお菓子好きだったでしょ!?」
「僕はレミナさんが作ったヤツの方が好き。お小遣い使わなくて済むしね」
「う、うらぎりもの――――――ッ!!!!!!」
過保護な父親の手まわしにより、おやつ生活を強制的に改善させられた子供たちだった。