入学
いよいよ本編になります。
春。
なんとも柔らかい気持ちにさせてくれる花の甘い香りと、舞い散る桜の花びらの中、
その男、達花伽凜は校門の前に立っていた。
今日はこの学校の入学式である。
たくさんの新入生が、立ち止まっている伽凜を追い越して門をくぐっていく。
伽凜は落ちてきた桜の花びらを上手く手のひらに乗せ、握りしめた。そして、ようやく自分も門をくぐる。
クラス分けのプリントを貰い、なれない校舎に戸惑いつつも、教室に入り自分の席に座る。
5分もしないうちに入学式のため、体育館に移動させられた。
皆、知っている人がまだほとんどいないせいか、会話もなく機械的に動いていた。
誰かに話しかけられたりするイベントを密かに期待していた伽凜だが、そんなことはなく、ただただ皆と同じように無言で動くだけだった。
式も、何事もなく着々と進み、『3年生代表の言葉』になった。
名前を呼ばれた男子生徒がステージに上がる。その人が背が高いのが遠くからでも見て取れた。
彼は一礼して、紙に書かれた文書を読み上げる。
「新入生の皆さん。
ご入学おめでとうございます。
えー…と、あんまり長々と話しても飽きてしまうので僕が伝えたいことだけ完結に。
…この学校は、睡眠を重視しています。そのことで、最初は色々戸惑うこともあるかもしれません。だから、もし困ったことがあれば、上級生を頼って下さい。
必ず力になってくれるはずです。…以上!
3年A組 池宮忠熾」
あまりにも完結にまとめられた言葉を聞き、
へぇー…カッコいいなぁ。と伽凜は思いながら、この学校を受験するときのことを思い出していた。
『睡眠を重視している』
そんな教育方針の学校があると聞いた伽凜はすぐさま飛びついた。
もちろん、授業中寝放題じゃん!という邪な考えがあったのは言うまでもない。
その一点のメリットの為に、それまでやる気の起きなかった受験勉強を必死に頑張った。偏差値は以外と高く、かなり努力すれば受かるかも…くらいの学校だったため、伽凜にしては珍しく相当努力した。
その結果、今ここにいる訳だ。
正直、もはや忘れかけていたものの、今の言葉で思い出した。この学校は睡眠を重視しているはずなのだ。
きっと授業中に寝ていても成績が取れるんだろうな…と、伽凜は淡い期待を膨らませていた。
式は続いて『生徒会長の言葉』となっていた。
先程の男子生徒と同じようにステージに上がり、一礼した生徒会長は、メガネにツインテールの女子だった。遠目から見る限り、スタイルも顔も抜群に良い。
「新入生の皆さん。
ご入学おめでとうございます。
では、私からもある程度完結に…。
皆さん、現実はそんなに甘くはありません。
ここは授業中に寝るだけでは成績は取れないのです。授業中に寝て、且つやるべき事をこなし、テストでしっかりとした点数を取る。この全てをこなさなくては良い成績は取れません。頑張って下さい。
新入生の皆さんには期待しています。
生徒会長 武堤疾紗」
生徒会長が微笑みながら放った言葉により、
伽凜の淡い期待は裏切られたのだった。
その後の式は、何故か校長ではなく副校長が、くだらなすぎる長話をして、終了した。
もう一度、機械的に無言で教室に戻る。
自分の席に座り、暇だなぁ、と辺りを見回していると、
皆、話す相手がおらず個々の席に静かに座っている中、1人だけクラス名簿を持ったまま立ち歩いてキョロキョロしているメガネの男がいた。
なにやらブツブツ独り言を言っているようだが、やがてスッと立ち止まると
「っ…もういいや面倒だし。伽凜ちゃん!達花伽凜ちゃんいるー?」
とか、わけのわからない事を叫び始めた。
「名前からして、絶対可愛いと思うんだけどなぁ…。知らない人ばっかりだから探せなくて。伽凜ちゃーん!居たら返事してっ」
伽凜は、このパターンは嫌というほど体験してきた。
名前が女の子っぽい為に、性別まで女だと勘違いされることが多すぎるのだ。
こういうときほど親を恨みたくなるときはない。
「…あれぇ?…読み方間違えてるかな。伽凜ちゃん~、いたら返事してよー!」
伽凜は意を決した。
「…はーい」
静かに挙手する。
そして、伽凜の顔を見たメガネの男の表情が凍りつく。
「伽凜…ちゃん?」
「うむ」
「男?」
「男」
「マジ?」
「まじ」
瞬間、メガネの男が気を失って床に倒れ込んだ。倒れ方がなんとも綺麗だった。






