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第五話『 お姫さま、おそろし谷をくだるのまき、うえ 』

この作品は、舞さんのホームページ、Arcadiaにも投稿しております。

 http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=original&all=21573&n=0&count=1



さて、怪物の住まうジャングルから、小さな女の子の足で、西に一万歩あるいたところに大きな竹林がありました。

そこに生える竹は、いずれも丈夫で美しく、しばしば王さま達に送る家具や船の材料になりました。

ところが、今日、この竹林を悲劇が襲いました。

どこかの乱暴者が、とくに立派な太い竹を四本、細い竹を無数に切り倒し、おまけに竹の子を二本、引っこ抜いていったのです。


その竹林から、さらにとことこ、太っちょの小人の足で西に一万歩あるくと、そこに広がるのは緑の大草原。

優美な花や草が、風にあおれて揺れる様は、まるで植物でできた大海原のようです。

しかし、この草原も、何者かの乱暴狼藉を免れることはできませんでした。

かつて、若者の髪のようにふさふさだった草原はあわれ、無残に刈り取られ、あっちこっちに大きなはげをさらしています。


草原の一万歩先には、大ガラスたちの巣があったのですが……。

巣の主たちは、すでにどこかへ逃げ去り、あとに残された悲しげな泣き声のこだまと黒光りする大きな羽だけでした。


変わり果てたカラスの巣から、また一万歩、西へあるくと……。

そこはもう、魑魅魍魎たちが住まう、悪名高き『おそろし谷』のふちに行き当たります。

火で焼いた土器の縁のように、『おそろし谷』の周りには、ぎざぎざした禿山がいくつも並んでいました。


その山の中でも特に大きく、もっとも鋭かったのが、地元のお百姓さんたちが『魔女のとんがり帽子』と呼ぶお山でした。

日ごろは猟師どころか獣すら近寄らぬ、その斜面を、なぜか今日に限って、じりじりとはい上がる影がありました。

『とんがり帽子』の山肌を登っていたのは、子供たちが遊びに使うような大きなそり。

そりの上には、竹林の竹や草原の草、ジャングルの蔦、大ガラスの羽などが高々と積み上げられておりました。

そして、その小山のように荷物を満載したそりを、小さなお姫さまと太っちょの小人が引っ張っていたのです。


「お前さんはわしと同じくらい小さいのに、何でそんなに歩くのが早いのじゃ」と小人がうめきました。

「あんたはわたしと同じくらい小さいのに、何でそんなに歩くのが遅いのさ」とオパーレは元気に答えました。


二人はようやく『とんがり帽子』のてっぺんにたどり着いたのは、空を旅するお日様がうっすらと頬を染め始めたころ。

かわいそうに、重たい荷物を引っ張ってきた小人はもう息も絶え絶えです。

真っ白なお髭は先っぽまで汗にぬれ、地面に倒れるやそのままぐーぐー、大いびきかいて眠り始めました。


一方、お姫さまはまだまだ勇気凛々、元気一杯。

小さな体には溢れんばかりの力が、頭にこぼれんばかりのアイディアが詰まっていました。

その思い付きの命じるまま、オパーレはナイフを振るい、見る見る間にそりの上の材料をくみ上げていきます。


大きな太い竹は強くしなやかな四本の足、細かい竹をジャングルの蔦でくくり、たくましい肩と胸に。

二つの竹の子は、雄牛の角代わり、お尻でぶらぶらゆれるのは、縄で作った蛇の尻尾。

竹でできた骨を草原から刈り取った黒い草の毛皮でおおい、たてがみには豪勢にも怪物自身の髪の毛を使いました。


岩のベッドでぐっすりと眠っていた小人がおきると、そりのあったところに黒々とした影が立ち上がっていました。

それは、竹と草とガラスの羽で作られた、怪物のニセモノでした。

しかし、そのニセモノのなんと大きく、またなんと恐ろしくできていたことでしょう!

空を飛んでいたワシの一羽が、その張りぼてを見るなり、本物の怪物と見間違えて、あわてて逃げていったほどです。


「こりゃ、またすごいもんを作ったのう」小人はため息を漏らしました。

「だって、わたしはパン作りの習い事を受けたことがあるもんっ!」お姫さまは得意満面のようです。

「最近のパン屋さんはすごいんじゃのう……」


パン作りの先生が聞いたら、卒倒しそうなことを話しながら、二人は張りぼての仕上げにかかりました。

二本のたいまつを、怪物の顔に突き刺して、黄金に燃える目の代わりにしたのです。


「さて、お前さん、この案山子のバケモノをどうするつもりなんじゃ?」

「こいつをそりで、山の反対側、『おそろし谷』に続く、坂のところまではこんでちょうだい」

「また、このいまましいそりをひっぱるのかっ!」

「あと少しだけだから、文句言わないの! それに切ったり削ったりして、これでもちょっとは軽くなったんだから」


とは言うものの、ばかでっかい張りぼてをのせたそりは決して運びやすい荷物ではありませんでした。

二人はうんうん唸りながら、なんとか日の沈みきる前に、そりを坂の上に乗せることに成功しました。

このとき、太陽はすでに遠くの山肌に、半分顔を隠し、世界は薄紫色のベールに覆われようとしていました。


夕闇に冷やされた空気が、『とんがり帽子』が山頂から一陣の涼しい風となってかけおりてきました。

その風に髪をなびかせながら、オパーレはこれから自分たちが赴く場所を見下ろしました。

何人もの英雄と、たくさんの人間の命を呑み込み、そして誰ひとりとして返さなかった真っ黒な器。

日暮れどきを迎えて、『おそろし谷』は腐った牛乳のような濃い霧に満たされていました。


さて、お城にいたとき、お姫さまはよく大きな石をひっくり返して、遊ぶのが好きでした。

石をひっくり返すたびに、その裏に隠れていた小さな生き物たちが、右往左往するのが面白くたまらなかったのです。

そして今、あの虫たちのように、太陽という名の巨大な重石を取り除かれて、闇の中で『おそろし谷』の住人たちが一斉にうごめき始めました。


白くうねる霧の中で、無数の鬼火が浮かんでいます。

あの緑色や黄色の炎のひとつひとつが、怪しく邪まな生き物たちの目なのです。

鬼火が数を増やすにつれ、オパーレの身体が小さくふるえ始めました。


「ほほう、武者震いか、おちびさん」

「あんたもようやく私のことが分かってきたじゃない!」にかっとお姫さまが笑いました。

「さあ、たいまつに火をつけて、そりを押し出して、『怪物号』の出航よっ!」



力を込めて押すと、張りぼての怪物を乗せたそりは、ゆっくりと動き始めました。

そのスピードは歩く程度の速さから始まり、瞬く間に駆け足ほどの速さに変わりました。

そりと並んで走っていたお姫さまが、その上に飛び乗りました。

ついで隣りにいた小人のベルトを掴んで、引っ張り込みました。


砂利を跳ね飛ばし、文字通り両目を燃え上がらせながら、『怪物号』は加速していきます。

跳ね回る駿馬のように、獲物におどりかかる豹のように、あるいは本物の怪物のように……。

最初は頬をなでる程度だった風は、今や身体を叩きつける強風の壁です。


しかし、この程度でひるむ小さなお姫さまではありません。

そりで王国の坂という坂を、征服した経験は伊達じゃないのです。

押し寄せるつめたい夜の空気を胸いっぱいに吸い込んで、



  ――オパーレは吠えました。




 ◆  ◆  ◆




一方変わって、こちらは『おそろし谷』の谷底。

夕暮れと共に始まった妖怪たちの宴は、ますます盛り上がっておりました。

こちらに毒キノコをかもした酒で酔っ払う者があれば、あちらに泥沼で水泳大会を開く者らあり。

人間の頭蓋骨でボーリングをするやつらがいれば、墓場から盗み出したお金でばくちをするやつらもいます。

獣に似たもの、鳥に似たもの、魚のような者に虫そっくりの者、あるいは誰にも似ていないモノ。

その数、百をはるかに越えて、千に届こうかというほどです。


たくさんいる妖怪のうち、特に年経ていた数匹が膝をつき合わせて、悪だくみをしておりました。

さあ、今宵はどんな風にして、あの人間どもを痛めつけてやろうか?

家畜を流産させてやろうか?

せっかく搾った牛乳を腐らせてやろうか?

ゆりかごの中の赤ん坊を、子豚と取りかえるのも面白そうだ。

さらった赤ん坊は、酒のつまみに食ってやろう……などなど。

きのこ酒の盃を回すうちに、酔いの回った一匹が言いました。


「それにしても、最近は平和になったよな……」

「ああ」ともう一匹がうなずきました。「それというのも、あのでっかい怪物が、いなくなってくれたおかげよ」

「おうさ、わしら皆、あいつには酷い目に合わされたからのう。噂によると、あやつめ、人を食わなくなったせいで餓え死にしかけているらしいぞ」

「馬鹿なやつめ、良い気味じゃ」

「馬鹿なやつよ、良い気味じゃ」


これでもはや畏れるものはない、千里四方は我らの『おそろし谷』衆の天下よ!

そう、妖怪たちが得意の頂点に至った、そのときです。



『ぐううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』



突然、凄まじい雄叫びが、宴会の騒音を真っ二つに断ち切りました。

その場にいた全ての妖怪たち、沼で泳いでいたものも、賭け事をしてものも、悪だくみをしていたものも、一匹残らず、その場で凍りつきました。

やがて、ぶるぶる震える椀から酒をこぼしながら、年寄り妖怪が言いました。


「は、はは、だれじゃ、あの怪物の吠え真似をした奴は……」

「ま、まったく、わしらが妖怪だからって、無作法にも限度ってものが」


そこへ二度目の雄叫びが、そこにいる妖怪どもの頭をなぐりつけました。

驚いたやつらは酒の盃を落とし、吠え声の源、『とんがり帽子』の山肌を見上げました。


妖怪たちが一番この場にいて欲しくないものが、そこにいました。

ああ、忘れたくても、悪夢の中まで追いかけてくるその姿!

獅子のたてがみ、雄牛の角、何より恐ろしいあの燃える黄金の目が、坂を一直線に駆け下りてくるじゃありません。


「ひぃ、ひああ、バケモンじゃあ、あのバケモンがもどってきたぞ!」


誰かが悲鳴を上げたそのときでした。

山を吹き下りてきた夕暮れの風が、怪物のたてがみの匂いと一緒にもう一つのにおいを運んできました。


「ほんとじゃあ、あの化け物のにおいじゃ!」

「それだけじゃないぞ、龍のにおいもするぞ!」

「なんてこったあ、あいつら、俺らを晩飯か、おやつか、夜食にする気だっ」

「に、逃げろ、みんな、逃げるんだっ!」


あっという間に、『おそろし谷』は蜂の巣を突っついたような有様になりました。

誰も彼もが、手に持っていたものを投げ出し、目に前にいた奴を押しのけました。

足で、羽根で、ひれで、腹の鱗で、できるかぎりあの怪物から遠ざかろうと逃げ出しました。

すし詰めになっていた、谷の広場が空っぽになるまで、じつに十秒とかかりませんでした。


無人になった宴の後に、怪物の影が雄叫びと一緒に雪崩れこみました。

と、このとき、奇妙な事が起こりました。

がらがらと派手に音を立てて、走っていた怪物の身体から、尻尾が抜け落ちました。

それから、角のような形をした竹の子が置いてきぼりになり、カラスの羽で作った翼や草で作った毛皮などが次々に脱落。


どんどん、みすぼらしくなった怪物は、そのまま広場を数メートル走った後……。

とうとう、ぺちゃっと走り疲れた猫みたいに、その場に突っ伏しました。

もはや、たてがみと骨組みだけになったその身体、その一部がもぞもぞと動き出して、


「ぷはあっ」小さなお姫さまが這い出しました。「んもう、このまま『月酔い草』のところまで、一気に行こうと思ったのに、こんなに早くこわれるなんてっ!」

「まあ、世の中、予定通りに進むほうが少ないもんじゃよ」おなじく這い出した小人が言いました。「さて、これからどうするんじゃね?」

「そうね……とりあえず、この怪物の髪で作ったたてがみを、被ってちょうだい。それから、そのたいまつを手に持って、火を消さないように気をつけてね」


ほどなく、そりの残骸の中から、新しい怪物が現れました。

だけど、今度の怪物は、前よりもずいぶん小粒……。

というよりも、頭の部分しかありませんでした。

しかも、よく見ると黒々とした、たてがみの中から、キラキラ光る目がのぞいているのです。


とは言え、ここまで来れば、この頭の張りぼてだけでも充分でした。

『おそろし谷』の妖怪たちは死ぬほど、あの巨大な怪物を恐れているのです。

だから、彼のに張りぼてを見ただけで、逃げ出し、金色に光る目が見えているうちは(たとえそれがたいまつのニセモノであっても)絶対に近寄ってきません。

もう、『月酔い草』とオパーレたちを隔てる障害物はなにもない……そう思われました。


しかし、小人が語ったとおり、この世で予定通りことが運ぶことは滅多にありません。

物事が順調に進んでいるときに限って、運命という名のに意地悪ばあさんは大きな罠をしかけているものなのです。

オパーレの運命の罠は、広場に延びる大きな溝の中に潜んでおりました。


その日、怪物たちの宴に、一匹の年経た化け猫が参加していました。

この化け猫は、大した妖力こそありませんでしたが、年を取った分、余計な知恵を蓄え、その根性は、真っ黒な尻尾と同じようにねじくれておりました。

怪物の張りぼてが、宴の場に乱入したそのとき、この化け猫はもっと若く力の強い妖怪に蹴り倒され、溝の中に落ちてしまいました。


すわっ、三百年の命もこれまでか、と化け猫は溝の中で伏せて覚悟を決めました。

しかし、待てども待てども、あの怪物はやってこないじゃありませんか。

それどころか、じっと地面に耳を押し当てていると、怪物の足音が何かおかしいことに気づいたのです。


金色の明かりが遠ざかると、化け猫は溝から這い出しました。

恐る恐る、つま先で張りぼての残骸を突っつき、さきほどの奇妙な足音が聞こえたあたり、なめるように調べました。


むむぅ、やはりっ!

地面に残されていたは、怪物とは似ても似つかぬ、小さな足跡が二つっきり。

それとうっすらと虹色に輝く白い髪の毛が一本だけ。

化け猫はふんふんと匂いをかいだ後、その髪の毛を慎重に口の中に入れました。

するとどうでしょうっ!


「あっ――まぁい!!」


化け猫は長い生涯で、こんなに甘いものを味わったことはありませんでした。

これは噂に聞く、お姫さまの味に違いありません。

まさに棚からウェディングケーキ、振ってわいた幸運とはこのことです。

溝に突き落とされたおかげで、化け猫はこんな珍味を独り占め出来るのです、


これから口にするごちそうの味を想像するだけで、涎がだらだらこぼれました。

黒い肉球で、ぬき足さし足しのび足。

音を立てずに、化け猫はお姫さまたちの足跡を追いかけ始めました。




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