Dragon Tail ~しっぽをかむりゅうのおはなし~ 第一話
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山と湖に囲まれ、水と森に恵まれた土地に、美しい平和な王国がありました。
お百姓さんたちはみんな働き者で、商人たちは頭が回り、お大臣やお役人たちは(ときおりわいろを受け取ることもありましたが)おおむねまじめに仕事をこなしておりました。
人々はめぐる季節ごとに大地の恵みと自分たちの幸運に感謝し、穏やかな日々をすごしておりました。
しかし、ある日、平和な日々が突然終わりを迎えました。恐ろしい竜が、王国へやってきたのです。
この竜は鷹の翼にライオンの爪を持ち、その鱗は鉄のように硬く、口から鋼鉄を溶かすほどの火を吐くことが出来ました。
不死身の上に無敵で、その上たいそうな乱暴者でした。
竜がやってきてから、一日と経たぬうちに、それまで笑い声の耐えなかった王国は、悲鳴や嘆きの声に満たされました。
竜はお百姓さんたちから家畜を盗んで畑を焼き、商人たちから宝石を奪っては自分の鱗に埋め込んで飾り立てました。
さらに悪いことに、この竜は城壁を越えて、街の中に入っては、よく太った人間を一人、二人とさらって食べてしまうのでした。
怒り心頭に達した王さまは、王国のうちと外から、勇者を募りました。
竜を退治したものには、豊かな王国の半分と王さまの娘が与えられることになっていましたので、お城の庭はたちまち、鏡のように輝く鎧や剣で武装した戦士たちで一杯になりました。
しかし、竜が火を噴くと銀色の鎧兜は真っ黒に焼け焦げ、立派な戦士たちはむき海老のように殻をむかれて、食べられてしまいました。
次に王さまは、やり手の猟師たちを集めました。
猟師たちは罠と毒で竜を倒そうとしましたが、ずる賢い竜は罠を見破り、不死身の身体には毒も通じません。
最後に異国からやってきた怪しげな坊主が、竜を追い払うためのお祈りをしました。
だけど、いくら祈っても何も起こらず、怒った王さまは坊主を国から追い出してしまいました。
とうとう打つ手も策もなくなり、国中の人々が途方にくれたころ、一人の男が王国へやってきました。
男は畑の側で泣いている農民を見かけ、声をかけました。
「お百姓さん、一体なにをそのように嘆いているのですか?」
「聞いてください、旅のお方」農民は顔を上げて言いました。「あの悪どい竜が、おらの村へやってきて悪さをしたのです。あんちくしょうは、おらの自慢の牛を全部食っちまった上に、あんなものを残していったんです!」
農民の指差すほうに目を向けると、なるほど、家畜小屋には骨が転がり、丹精込めて耕した畑には山のように大きな、竜のふんが残されていました。
男は村の惨状をつぶさに目の当たりにすると、慰めるように農民の肩に触れて、
「なるほど、貴方がたの事情は、よく分かりました。その竜が毎朝、どの方角から飛んでくるか、教えてください。私は、貴方がたの悩みを取り除いてあげましょう」
「いけません、旅のお方! お気持ちはありがたいですが、あの竜は不死身の化け物です。今まで数え切れないほどの勇者がやってきましたが、みんなあいつに食べられてしまいやした」
農民はなんとか旅人を引きとめようとしましたが、男の決心はかたく、最後には仕方なく、竜が毎日、東のほうから飛んでくることを教えてしまいました。
◆ ◆ ◆
さて、ここで旅人の男の話をしておきましょう。
この男の瞳は夜の黒、髪は使い古された鋼の色、手足はほっそりとしていましたが、力に溢れていました。
顔立ちは見る角度によって、若いようにも、また途方もなく年老いているようにも見えました。
男は地上にある人間のすべての言葉を知っていました。
また、獣の言葉や木々の言葉、風や水の言葉までも心得ていました。
そう、旅人の男は魔法使いだったのです。
男は、農民に教わったとおり、東にある山に登り、その頂上に腰掛け、じっと待ちました。
夜が来て、また朝がやってきました。
東の空がばら色に染まり始めたとき、太鼓のような羽ばたきの音が聞こえ、太陽よりも早く真っ黒で大きな影が地平線から現れ、一直線に王国目指して飛んできました。
魔法使いは、恐ろしい竜がまっすぐ自分のほうへ飛んでくるのを見ると、両手を挙げて叫びました。
「竜よ、竜よ、私と勝負をしないか!」
竜は突然、耳に飛び込んできた声に驚き、羽ばたきをとめました。見下ろせば、生意気にも小さな人間が、こちらを挑戦してくるではありませんか。
「なんだ、おまえは? ちびの人間が、俺さまになんのようだ?」
「竜よ、か弱い人間を相手に暴れまわるのも飽きただろ? 私と力比べをしないか。負けたほうが、勝ったほうの言うことをなんでも聞く、というのはどうだ?」
「ばあっ!」、と竜は口から火の粉を吹いて笑いました。「なら、今日の朝ごはんは、おまえで決まりだ!」
その言葉が開戦の合図になりました。
竜は翼をたたむと、弓から放たれた一本の矢のように魔法使いめがけて急降下しました。突き出された爪と牙が、残酷な光を放ちます。
ところが、魔法使いが土の言葉を口にすると、山肌を割って大地の底から、この世で最も硬い金属が現れ、壁となって竜の爪を防ぎました。
竜は怒りに震えると、口からものすごい勢いで火を吐き出しました。
竜の火は鉄をも沸騰させ、この世のどんな金属でも防ぐことはできません。
しかし、魔法使いは王国を囲む湖から、たくさんの水を呼び出し、自分の身を守りました。
半日の間、竜と魔法使いは戦い続けましたが、決着はつきませんでした。
とうとう、疲れた竜は、荒い息の中で言いました。
「はぁ、はぁ、な、なかなかやるじゃないか。だが、俺は疲れたし、腹も減った。今日はこのぐらいにして、明日決着をつける、というのはどうだ?」
「いいとも。では明日、この山のふもとでまた会おう」
次の日、日の出と共に、竜は大きな山を引き抜いて持ってきました。
その山を使って、魔法使いを押しつぶすつもりだったのです。
魔法使いは少しも慌てずに、かわいた風と太陽の光を送りました。
山は風と光に当たって、砂となり、竜の指からぽろぽろと零れ落ちました。
悔しがった竜は、その次の日、角から稲光を放つと、巨大な嵐を起こして、魔法使いに襲い掛かります。
魔法使いも雲を呼んで、竜の雷雲にぶつけました。二つの大きな雲はくっついて一つになりました。
すると抱えている水滴の重さに耐え切れずに、雲は雨となって全部、大地に降り注いでしまいました。
こうして、竜と魔法使いは何日も、戦いましたが、いつまで経っても決着はつかず、勝負はいつも引き分けに終わりました。
そうする内に、竜が来ないことに気づいた王さまたちが、様子を見にやってきました。
王さまは王国を竜から守ってくれた魔法使いに、自分の娘を与えようとしましたが、魔法使いは断りました。
ならばと、たくさんの金貨を与えようとしましたが、魔法使いはこれも断りました。
「王さま、わたしは竜を倒しても殺してもいないので、報酬を受け取ることはできません。しかし、これからも貴方がたの国を、竜から守るために、この山のふもとにある土地をいただき、耕すことを許してもらえないでしょうか?」
王さまやお大臣たちは、魔法使いの無欲なことに驚き、喜んで彼に一番いい畑を送りました。
そのとき、畑と一緒に小さいけれども、綺麗で住みやすい家も与えました。
王さまたちが帰った後、一人だけ残った農民が魔法使いに聞きました。
「貴方ほど偉大な力の持ち主なら、あの竜を殺すことも出来たはずです。なぜ、そうしなかったのですか?」
魔法使いは微笑んで答えました。
「あの竜は、大雨や洪水のようなものだ。雨や洪水をこの世から消すことができないように、誰もあれを殺すことは出来ない。だが、水路を引いて雨水を利用したり、堤防を作って洪水を防いだりすることはできる。わたしがしているのは、つまりそういうことなのだよ」
農民は魔法使いの言ったことが良く分からず、頭をひねりながら、家に帰りました。
◆ ◆ ◆
それから、長い、長い時間が過ぎました。
平和な日々が続いたので、王国の人々はいつしか、竜に悩まされていたことを忘れてしまいました。
毎朝、東の空に見える稲光や火柱の由縁は忘れ去られ、竜と魔法使いはもう伝説の住民になっていました。
ただ、魔法使いが最初にやってきたあの村の人々は、まだ魔法使いたちのことを覚えていました。
なにしろ、ちょっと歩けば、本人たちに会うことができたのですから、忘れようがありません。
年月は魔法使いの姿もすっかり変えてしまいました。鋼色の髪は灰色に染まり、顔や手には時間の流れが刻み込んだ深いしわが残されていました
しかし、不死身の竜は時間の流れもなんのその。相変わらず、東の空から飛んできては、大きな声でこう叫ぶのです。
「魔法使いよ、魔法使いよ。今日も俺はやってきたぞ!」
すると魔法使いは、愛用の杖を取り、地面を揺るがし、空を割るような激しい戦いが始まるのです。
もう何百回、何千回も同じ戦いを繰り返しているのに、竜と魔法使いの勝負はいつも引き分けに終わるのでした。
今では、竜も昔のように大暴れをしたりすることは、少なくなりました。
魔法使いと全力をかけて戦う楽しみを知った後で、どうして爪楊枝のような剣を抱えた人形のような騎士たちと戦う気にもなれるでしょうか?
毎朝、日の出と共にやってきては、魔法使いと思う存分戦い、午後には畑仕事をする魔法使いの側で、昼寝をすることが竜の日課になりました。
ある日、竜が昼寝から目を覚ますと、畑仕事で疲れた魔法使いが、鍬に寄りかかって一息ついているのが見えました。
このとき、竜ははじめて、魔法使いの髪の色が薄れ、腰が少し曲がり始めたことに気がつきました。
苦しそうに汗を流し、息を吐く魔法使いの姿を見て、竜の胸の中に今まで感じたことのない思いが生まれました。
「おい、魔法使いよ」竜は声をかけました。「俺たちは、もう長い付き合いだ。俺たちの勝負はまだついていないが、一つだけ、お前の願いごとを聞いてやろうじゃないか」
しかし、その後、心配になって急に付け加えました。
「だけど、暴れるなとか、人間を食べるなとか、そんな願いは聞けないからな!」
魔法使いは布で滴る汗を拭くと、笑って言いました。
「私はそんなことをお前に願うつもりはないし、できるとも思ってはいないよ。私が頼むことは唯一つ、人でも獣でも、これからお前が食べる生き物のうち、口をきける者とは、最後に言葉を交わしてあげなさい。たった一言二言でも良い。そのものと話をしてやりなさい」
竜は疑わしげに魔法使いを見下ろした。
「ほんとに、そんなことでいいのか? 俺はその気になれば、金や銀や珍しい宝をこの山よりも高く積み上げられるんだぞ?」
「私はそんな宝よりも、この緑に溢れた山のほうが好きだね。さて今、言ったとおりのことができるかい? それともお前さんには、ちと難しすぎたかな?」
魔法使いのいたずらっぽく輝く目を見た瞬間、竜の中で反抗心がむくむくと頭をもたげました。
「出来るに決まっているだろ。ぱくりと食べる前に、ちょっと話をすればいいのだろう? 簡単なことじゃないか!」
ところが、これがちっとも簡単なことではなかったのです。
◆ ◆ ◆
次の日、竜は誓ったとおり、獲物を捕まえても、すぐには食べず、話をしようとしました。
ところが、人間も、言葉の分かる賢い動物も、竜の恐ろしい姿を見るなり、悲鳴を上げるか、或いは気絶をするか、とても言葉を交わすどころではありません。 狩りは失敗続き、腹は立ちますが、お腹はぺこぺこです。
何度、約束を破って、一口に獲物を食べしまおうと思ったことでしょう。
しかし、誓いを破ろうとするたびに、「そらみたことか?」と言わんばかりの魔法使いの顔が頭に浮かび、竜は仕方なく気を失った哀れな生き物を捨て、次の獲物を探しに出かけました。
そして、百の山を走り、川を飛び越し、竜が最後に捕まえたのは、チビでデブで年寄りの小人でした。
「やめてくれ! わしには二十歳を頭に、六十人の子供がおるんじゃ!」
「おい、待て。それは少しおかしいぞ。お前が一年に一人こさえたとしても、六十人子供がいるのなら、一番年上は六十歳じゃないのか?」
魔法使いと付き合っているうちに、少し頭がよくなった竜が聞きました。小人はしどろもどろになりながらも、答えます。
「そ、それはそのう、わしには女房が二人、いや三人おってなあ。それから、三つ子や四つ子、五つ子もおって……」
なんだか、納得がいきませんが、一言以上言葉を交わしたのは間違いありません。
年寄りの小人はあんまり美味しそうに見えませんが、ここはぜいたくを言わずに、我慢することにしました。
ところが、頭からまる呑みにしようとしたとき、竜の目に小人の真っ白な頭が飛び込みました。
さいきん、魔法使いの髪がすっかり白くなったことを思い出して、竜のお腹から食欲が半分、どこかへ逃げてしまいました。
ならばと、今度は小人をひっくり返して、足のほうから食べることにしました。
「やめてくれ! おケツから食われるぐらいなら、一思いに頭から食べてくれえ!」
年寄りの小人は、短い足を振り回して暴れました。
すると竜は、魔法使いが少し足を悪くしたこと思い出して、残った半分の食欲も消えうせてしまいました。
哀しげにため息を漏らすと、しかたなく竜はちびの小人を放り出して、遠くへ飛び去っていきました。
◆ ◆ ◆
そしてふたたび月日は巡ります。
春の上に夏が積み重なり、秋の上に冬が積み重なりました。
ぶあつく降り積もった時間のせいで、魔法使いの髪はとうとう雪のように白くなりました。
このころ、竜はもう昔のように暴れることはなくなりました。また魔法使いとの約束を守るために、人間を食べることもなくなりました。
魔法使いも、もう畑仕事に出かけることはなくなりました。
冬に氷で滑って、足の骨を折ってから、普通に歩くことができなくなったからです。
年をとった魔法使いに代わって、村の親切な若者が、魔法使いの畑や家畜の面倒を見ていました。
今では、朝は昔のように火と呪文を比べあい、午後は畑を耕す代わりに、お気に入りの安楽椅子に腰掛けて、竜に話を聞かせることが魔法使いの日課になりました。
あるとき、魔法使いは大きな本は、竜を見せてあげました。
「よくごらん。美しいだろ。これが文字というものだよ」
「へえ、そいつは食べられるのかい?」と、このところ魚や草しか口にしてない竜が聞きました。
「いや、食べられないよ。でも、文字こそは人が生み出した最高の魔法さ。文字を使えば、私たちは自分の言葉や知識を残すことが出来る。見たこともない遠い国のことを知り、死んだ人に会うこともできるんだよ」
竜は長い首を伸ばして、魔法使いが開いて見せた本を覗き込み、
「はあ、こりゃまるで死にかけた芋虫じゃないか! こんな不味そうなものは食べたくないね!」
鼻から黒い煙を吹き出すと、そっぽを向いてしまいました。
魔法使いは、怒りもせずに、にこにこ笑いながら、本を閉じました。
それからも、魔法使いは竜に色んなことを教えようとしました。野に咲く花と木々の秘密、その草花を使って作る薬や毒、渡り鳥のように飛び立っては戻ってくる季節のこと。
そして言葉、さまざまな国の言葉や動物の言葉、火や水の言葉を伝えようとしたのです。
教えはどれも地の底にある金銀よりも貴く、海のそこにある真珠よりも珍しいものばかりでしたが、竜ときたら、まったく耳を傾けようとしません。
それどころか、魔法使いの言葉を子守り歌に、毎日ぐうぐう、だらしなく眠りこけるばかりでした。
年をとることもなく、死ぬこともない竜にとって、時間の流れはあってないようなものでした。
しかし、人間である魔法使いは、そうでありませんでした。
◆ ◆ ◆
畑が黄金色に染まり、ルビーのようなトンボたちが飛び回るようになったころ。いつものように、竜と力比べをしていた魔法使いが倒れました。
驚き慌てた竜は、倒れた魔法使いの周りをおろおろと歩き回りました。
「おい、魔法使い。どうした? 大丈夫か?」
魔法使いは顔を真っ青にし、胸を押さえながら、長い間横たわっていました。 息をするのも辛いのか、瞼を閉じてじっと息を堪えていましたが、しばらくすると目を開けて言いました。
「竜や、今日はお前に一つ、魔法を教えてあげよう」
竜は魔法使いの瞳に宿る、冬の星にも似た澄んだ光に一瞬ひるみました。
しかし、すぐに好奇心に負けて、顔を近づけました。
「本当に魔法を教えてくれるのか? 俺は前から魔法を使ってみたいと思っていたんだ」
「ああ、とっておきの呪文を教えてあげよう。さあ、耳かしてごらん」
竜は言われたとおり、耳を差し出し、魔法使いは自分の頭がすっぽり入りそうなその穴の中に小さな声で何事かささやきました。
すると竜は顔をしかめて、
「なんだ、それは? そんな呪文があるものか! 魔法使い、さてはおまえ、俺のことを馬鹿にしているんだろ?」
「いや、本当だとも。でも、みだりに使ってはいけないよ。言うべきときを間違えると、その呪文は何の役にも立たなくなるからね」
おこった竜は、魔法使いの言うことにも耳を貸さず、鷲の翼を広げると空へと舞い上がりました。
魔法使いもそれ以上は何も言わず、大きな竜の影がカラスのように、スズメのように、そして豆粒のように縮んで消えるまで見守っていました。
空の上では、太陽の光が海の潮のように、赤から藍へ、藍から紺へと色を変えながら、飛び去った竜を追いかけて、地平線の果てへと退いて行きました。
日の光が去った後には、秋の月や星が涼やかな光を大地へと投げかけています。
しかし、魔法使いの目は、もうその光景を見ることはできませんでした。背中に大地のぬくもりを感じ、枯れた草花がしわ深い頬をくすぐるのを感じながら、
……魔法使いは、ゆっくりと瞼を閉じました。
第二話に続く。




