Wish Master ~いさましいちびのおひめさま~ 第一話
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さて、大きな大きな海の上に、広い広い大陸が浮かんでいました。
この大陸の上に、また広くて大きな国がありました。
国の東側には鉄や銅や銀の出る鉱山があり、西側は魚がたくさん泳いでいる海岸に接していました。
そして東と西の真ん中には、麦や米、お芋やトウモロコシの畑が広がり、まるまるに太った家畜たちがそこら中を歩いています。
こんな豊かな国の王さまにはきっと、悩み事など何もないと思われるでしょうね。
でも、この大きな国を治める女王さまと旦那さまには、大きな頭痛の種があったのです。
女王さまご夫婦の頭を悩ませているのは、一粒種のお姫さまのことでした。
もしかして、大切なお姫さまが病弱だったのでしょうか?
いえいえ、違います。
女王さまの一人娘は、とっても元気な女の子でした。
正直なところ、元気すぎて、ちょっと手に余るぐらいだったのです。
では、元気なお姫様が、あまり可愛くなかったのでしょうか?
いえいえ、違います。
女王さまの愛娘は、お人形さんのように愛らしい女の子でした。
お姫さまの皮膚はまるで焼きたてのマシュマロみたい。
白くて柔らかくて、お姫さまを見た人は誰でもその頬にキスしたくなりました。
髪の毛と大きな目は、降ったばかりの雪の色で、見る角度を変わるたびに、七色に光を放ちます。
その綺麗な瞳を見たお父さまは、虹を閉じ込めた白い宝石にちなんで、お姫さまに『オパーレ』と名づけました。
こんな風にオパーレは、王さまや女王さまなら、誰でも欲しがる完璧なお姫さまでした。
ならば、お姫さまの何が、お母さまやお父さまを悩ませていたのでしょう。
実は完璧なお姫さまには一つだけ、普通の人間と大きく違うところがありました。
元気で可愛らしいオパーレは、とてもとてもとても、とっっっても小さかったのです!
オパーレが生まれたその日、お城は喝さいを叫ぶ声に満たされました。
しかし、間もなく喜びの声は、驚きと戸惑いを示すどよめきに変わったのです。
待望のお世継ぎは、ちょうど大人の男の人の掌に収まるぐらい。
生まれたばかりの子猫ほどの大きさしかなかったのです。
落ち込んで泣く女王さまを、お父さまは慰めて言いました。
「何、気にすることは無いさ。僕たちは生まれてきたとき、みんな小さかったんだ。この子だって、いつか僕たちと同じくらい大きくなるよ」
しかし、ご両親の期待とは裏腹に、オパーレはちっとも育ちませんでした。
生まれてから七年たっても、お姫さまは七ヶ月の子猫ほどの大きさしかなかったのです。
こんなに小さな子供を育てるのは、たとえ女王さまにとっても、大変なことでした。
何しろ、小さなオパーレと来たら、何かをするたびに、必ず大事件を起こしたのですから。
最初の事件は、生まればかりのお姫さまのお披露目パーティで起こりました。
この宴会の席で、オパーレはいきなりカラスに攫われかけたのです。
怒ったオパーレが、大事な羽根を三本も抜いたので、カラスは驚いてお姫さまを取り落としました。
お父さまがとっさにマントを広げて受け止めてくれたおかげで、オパーレは地面に頭をぶつけずにすみました。
ご両親がほっと息をついたのも束の間、一年もたたないうちに次の大事件が起きました。
ハイハイができるようになったオパーレが、さっそく揺りかごから脱走したのです。
たちまちお城は大騒ぎ、みんなが血眼になって小さなお姫さまを捜しました。
洗濯籠の中ですやすや寝ているオパーレを見つけるまで、城中の人間が、お姫さまを踏み潰さないように、半日も床を這い回るはめになりました。
愛娘の将来を心配した女王さまは、オパーレをおしとやかで大人しい女の子に育てようとしました。
ところが、オパーレが小さいのは体だけでした。
小さなお姫さまの体の中には、百人の大男の勇気とガッツが詰まっていたのです。
オパーレは高いところを見れば登り、狭いところをあれば潜り込もうとしました。
坂道などあろうものなら、泥んこになるまでそり遊びをするような元気のよさ過ぎる子供でした。
何とか、女の子らしくなって欲しいと思った女王さまは、娘に習い事をやらせてみることにしました。
そこで呼ばれて来たのが、やせ細った編み物の先生でした。
しかし、オパーレは先生を糸でぐるぐる巻きに縛ると、部屋中に編み糸を垂らしました。
そして、お猿みたいに糸にぶら下がって、あーあー叫びながら、あっちこっちに飛び回ったのです。
それならばと、女王さまはよく太ったお菓子作りの先生を呼んできました。
これは最初、上手く行っているように見えました。
オパーレは途中まで大人しくクッキーを作っていたのですが、途中で芸術の神さまが降りてきたのか、お菓子そっちのけでおかしな小麦粉人形を作り始めたのです。
何時までもクッキー焼きが始まらないので、太った先生はお姫さまに聞きました。
「恐れながら、姫さまは何を作ってらっしゃるんですか?」
「ベッポとポットとトッピィよ」鼻の頭に白い小麦粉をくっつけてオパーレが言いました。「三人はとても悪くてざんこくな海賊なの。お腹の中はチョコレートみたいにまっくろよ。ベッポは大きな鼻をして、どきどき鼻くそを食べるの。ポットは一年間に一回しか靴下を変えなくて、そのせいで足がすごくくさいのよ」
「はあ……」と、背中に鳥肌が立つのを感じながら、先生は尋ねました。「見たところ、トッピィさんの頭は、まだ出来あがってないみたいですね」
「いいえ、トッピィの頭はないの。恐ろしい人食い族にちょん切られちゃったのよ」と悲しそうな声で言った後に「ねえ、トッピィの頭をぐつぐつ煮る人食い族を作りたいんだけど、小麦粉もっとないかしら?」
お姫さまの豊か過ぎる想像力は、冒険家だったお父さまから受け継いだものでした。
女王さまは何とか娘の頭の中に、お砂糖やスパイスや可愛らしいものを詰め込もうとしました。
しかし、そのたびにお父さまが、お姫さまの頭の中を盗賊や砂漠や血に餓えた猛獣でいっぱいにして、女王さまの努力を全部無駄にしてしまったのです。
女王さまは、お父さまに馬鹿なお話は止めるように、何度も何度も言いました。
お父さまも今度こそ止めると、何度も何度も女王さまに約束しました。
しかし、可愛い娘にせがまれると、ついつい自分が昔した冒険の話をしてしまううのです。
ある日、とうとう堪忍袋の緒が切れた女王さまは、お父さまを黒い犬に変えてしまいました。
そうです。実は、女王さまはとても力の強い、世界一の魔女だったのです。
オパーレはふさふさした犬の毛皮が大好きでしたが、お父さまのお話が聞けないのが、寂しくてたまりませんでした。
お父さまが犬になって以来、女王さまはオパーレをお城の塔に閉じ込め、外に出さなくなりました。
これを見たお姫さまの教育係である爺やが、女王さまに文句を言いました。
お城勤めを始める前、ならず者やら船乗りやらお医者さんやら、山ほど経験を積んだ爺やは、魔女も女王も怖がりませんでした。
「小さな子供を動物のように閉じ込めるとは、のちのちどんな悪い影響があるかわかりませんぞ!」
「お黙り! にゃーにゃーうるさく鳴きおって、お前など猫にでもなるがいい!」
こうして、はげ頭の爺やは、背中に大きなハゲのある年寄りの猫になってしまいました。
お城で一番肝っ玉の太い旦那さまと爺やが、文句の言えない体になってしまうと、もう誰も女王さまに逆らうことが出来なくなりました。
みんな、台風が来たときのように頭を下げ、厄介ごとが通り過ぎるのを待つことにしました。
と言うのも、怒った女王さまが誰かを動物に変えてしまうのは、珍しいことではなかったのです。
そして、いつも女王さまの頭が冷えた後、みんな人間に戻してもらうことが出来ました。
ところが……。
緑色の夏が去り、茜色の秋が来て、とうとう冬が真っ白な服を着て王国の中に足を踏み入れても、女王さまのご機嫌は良くなるどころか、ますます酷くなる一方でした。
女王さまはとうとう、お姫さまが逃げ出せないように、塔を鉄よりも硬い魔法のイバラで覆い隠してしまいました。
そしてオパーレが食べる料理や着る服も、ぜんぶ自分の手で作り、誰も娘に会えないようにしてしまったのです。
「なあ、今回の女王さまのご病気はずいぶんと長続きするな?」ある召使が不安げに言いました。
「もう、そろそろ一年になるか。前に女王さまがお冠になったときは、どうしたものだったか」別の召使が、困ったような声で聞きました。
「旦那さまに頼んで、お怒りをなだめてもらった」
「で、旦那さまが、ものの言えない動物になったときは?」
「あの頑固な爺やさまに、おいさめしてもらった」
「なるほど、でも、確か、今は爺やさまも……」
ちらっと召使たちが、目を向けたその先では、黒犬が猫じゃらしを使って、年寄り猫と遊んでいました。
不機嫌な猫は前足も使わず、しっぽでやる気のなさそうに、猫じゃらしをぺちぺち叩いていました。
旦那さまと爺やも可哀相でしたが、それ以上に哀れだったのはオパーレでした。
誰も味方のいないお姫さまは、女王さまがやってくるたびに、同じ質問を繰り返しました。
「ねえねえ、母さま、わたし外に出たいよ」
「だめよ」と女王さまは同じ返事を繰り返します。「お外の世界はとても怖いのよ。お前みたいな小さな子が、外に出たら竜に食べられてしまうわ。怖い怪物がやってきてお前をさらってしまうよ」
「わたし、竜も怪物も怖くないわ。外に出たら、みんな、やっつけてやるんだから!」
「馬鹿なことを言わないで。お前みたいに小さな子が、そんなことできるわけないでしょ」
食べきれないほどのご馳走や山のような可愛いドレスに取り囲まれていましたが、お姫さまは幸せではありませんでした。
塔には本も置いてありましたが、これが全部愛らしい動物や女の子の絵本ばかりで、ページをめくっただけで読む気がなくなります。
オパーレが読みたかったのは、悪い魔法使いや崖っぷちの脱出、火あぶりとか命がけの決闘とか、とにかく血沸き肉躍るようなお話でした。
このままではいけません。
きっと、その内、退屈に息が詰まってしまいます。
オパーレは檻に閉じ込められたライオンみたいに、部屋の中をぐるぐる歩き回りました。
そして、何百周か何千周目かに、こう考えるようになりました。
「もう頭にきた! お母さまの気が変わるのを待つぐらいなら、こんな塔、自分で出て行ってやる! でも、ここを出た後に備えて、まずは冒険のトレーニングよ!」
一度決心したときの、オパーレの行動の速さたるや、カミナリさま顔負けです。
お姫さまは読む気のない絵本を積み上げて、険しい山を作り上げました。
また広いベッドを海に見立てて、枕の船で航海に乗り出すこともありました。
そして、恐ろしいぬいぐるみの妖怪や海賊を相手に、激しい戦いの特訓を繰り広げたのです。
こうして、血の滲むようなトレーニングを始めてから、さらに数ヶ月が過ぎました。
ある晩、オパーレが槍のようなフォークとベッドに使えそうなお皿で、お夕飯を食べていたときのことです。
塔の壁の中から、石を擦り合わせたような、甲高い変な音が聞こえてきました。
「何かしら? ま、まさかネズミ!」
竜も怪物も怖がらないお姫さまでしたが、ネズミだけは大の苦手でした。
オパーレは銀のフォークを掴むと、お布団の中にもぐりこみ、じっと壁のほうを見つめました。
お姫さまの目の前で、大きな石の塊が動き、白い壁に四角い真っ黒な穴が開きました。
闇の中から、まず最初に見えたのは赤い帽子。
それからもじゃもじゃの眉毛に長いお髭、でっぷりしたお腹を締めるピカピカのベルト……。
塔の壁の穴から現れたのは、チビでデブな年寄りの小人でした。
小人は黒い星のようにキラキラした目で、部屋の中を見回しました。
そして、布団とベッドの隙間から覗く、七色に光る目を見つけたのです。
「おや、わしと同じくらいちっちゃな女の子がおるぞ」小人が言いました。
「あら、わたしと同じくらいちっちゃなお爺さんがいるわ」お姫さまが言いました。
次の瞬間、オパーレはライオンのように勇ましい雄叫びをあげて小人に襲い掛かりました。
がおおおー!!!
今こそ、醜いトロル(クマさん)や恐ろしい山賊、死の湖の海賊たち(ワニさんとカメさんとカエルさんと……)を相手に鍛え上げた格闘の技を見せるときです!
お姫さまは小人を噛み付いて引っ掻いて押し倒して、その長くて白い髭でぐるぐる巻きにしてしまいました。
「お、お助け! わしには二十を頭に四十人の女房が……」
「おだまり!」
オパーレは小人のお腹をぷにっと踏みつけて、命乞いの声を悲鳴に変えました。
「おまえは泥棒ね! わたしのお部屋に忍び込むなんて、いい度胸しているじゃない。このまま、お母さまにつきだしてやるわ。そしたら、お前なんか石と小バエにかえられちゃうんだから!」
「ま、魔女の女王をお母さまと呼ぶとは……さてはお前さん、あの有名な小さなオパーレ姫じゃな?」
「おまえ、わたしが誰かも知らずにやってきたの?」小人をフォークでつんつん突っつきながら言いました。
「いてて、やめてくれ! この部屋がお姫さまのものに見えなくてな。これじゃ、まるで動物園の檻じゃ。なあ、お前さん、この檻から出たいと思ったことはないかな?」
小人は唯一動かせる目で、お姫さまに慈悲を訴えかけました。
オパーレは必死なその目線を、ふんっと鼻で笑い飛ばしました。
壁にあいた大きな穴をフォークで指して言いました。
「別におまえの手助けなんかなくても、今なら、ひとりで抜け出せるわ」
「たとえ、ネズミがおってもか?」小人が意地悪そうな声で言いました。
「ネズミ! それって大きいのっ?」お姫さまは震え上がりました。
「うぅぅんと大きな奴じゃ。しかも、このわしの二倍は太っておる。わしなら、そのネズミを近づけない方法を知っておるんじゃがのぉ……」
この踏み心地のよいお腹をした小人より二倍も太ったネズミとは!
確かにこれは由々しき事態です。
お姫さまは、真っ暗な穴の中で、ネズミと二人っきりになるところを想像しました。
冗談ではありません!
この小人の力を借りるより他に道はないようです。
「わかった……おまえを連れていくから、ちょっとそこで待ってなさい!」
その場に小人を残して、ごそごそベッドの下にもぐりこみました。
しかし、三つも数えないうちに、またちょこっと顔を出して、
「ちゃんと待っているのよ。逃げたら、しょうちしないんだから!」
「逃げやせん。逃げやせんから、わしが年を取ってくたばる前に戻ってくれ」
さて、ベッドの下にもぐりこんだオパーレは、背負い袋を取って戻ってきました。
中にはお父さまが七歳の誕生日に、こっそり送った探検家の七つ道具が入っていました。
お姫さまは袋の紐を解いて、中身を確認しました。
望遠鏡……よし!
ロープ……よし!
火打石……よし!
たいまつ……よし!
たいまつの油……よし!
山登り用のピッケルもよし!
袋の中には、オパーレの手にぴったりな小さくてよく切れるナイフまでありました。
中身を確認し終わって、袋の紐を閉じようとしたとき、手を止めました。
「なんてことなの! 冒険の旅に出かけるのに、お弁当を忘れるところだったわ!」
オパーレは、小さな女の子用に作られた梯子を使って、テーブルの上に登りました。
そして、お夕飯の皿から、デザートのチョコクッキー(お姫さまの頭ぐらいあります)を取って戻ってきました。
クッキーを背負い袋の中に突っ込んで、今度こそ準備ばんたん!
もう忘れものはありません。
「さあ、出発よ!」
「……で、どこへ出発するんじゃ?」
――と思ったら、一つ抜けていました。
お父さまも言っていたではありませんか。
『一番大事なのは、行き先と道順と地図。出かけて帰って、ドアを敷居をまたぐまでが冒険』だって。
しかし、どこへ行ったら、良いのなら。
たんに行ってみたい場所なら、砂漠に、無人島に、古代の遺跡に、山に谷に川に海に……とキリがありません。
むむむっと口をへの字にして悩みましたが、ちょっと考えれば答えはすぐに出ました。
そう、他ならぬオパーレ自身が、お母さまが言ったじゃありませんか。
「竜と怪物のところに行ってくるわ!」
「なんと、おちびの姫さん、お前さん、正気か!」小人は驚きに目を丸くしました。
「本気も本気よ。竜と怪物のところに行って、あいつらをやっつけて、お母さまを見返してやるんだから!」
かくして、小人を連れたお姫さまの小さな小さな、大冒険が始まったのです。
第二話『お姫さま、竜をやっつけるのまき』に続く
と言うわけで……(どういうわけなのやら)
Dragontail第三部にして、三部作最後のお話が始まりました。
前回はちょっと切ないお話だったので、今度は明るくて楽しい話にするつもりです。
というわけで、これまで読んで下さった皆さまも、今回始めて読んで下さった方も、最後までよろしくお願いいたします。