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土塀の町でわたしは兄の親友に恋をした。凍る国からの帰還兵はメープルホテルで出会う。  作者: レモン


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第9話  翠

道場から家に戻った碧伊は、居間にいた妹の翠に、今日のことを話した。

翠は女学校の課題の裁縫をしていたが、昨日からあまり進んでいない。今夜あたり、碧伊が手伝うことになるだろう。


開港祭の催しと招待の件を、さくら茶舗から受けたことを話すと、翠は課題を放り出して言った。


「ええ! 陸さんから? 招待されたの? お姉ちゃんいいなあ。」


「翠は、陸さん好きなの?」


碧伊は気付かなかったので、妹に尋ねた。


「陸さんて、穏やかで、頭良さそうだし、文学青年っぽい華奢で上品な感じがいい。他の子も言ってることよ」


妹は、言う。


「それに、あれは、招待されないと行けないのよ。有名な歌手もくるし、名士みたいな人が来るし、あの建物の中で、特別席で、素敵なお食事会付きでしょ?

そういうのに、誘ってくれるのもいいね」


妹は大いに羨ましがった。


「断るなんてもったいない、私が行きたい。」


妹の翠も、母や碧伊とともに、おしゃれな所がある。

そういう場所に着てゆくものも持っている。こういう時期なので、華美なものは着られないが、それでも全く、機会がないのも寂しいのだろう。


「私がお茶を買いに行った時、招待してくれるつもりだったみたいだけど、間に合わなかったらいけないので、道場の人にこと付けてくれたみたい」


碧伊は、もし妹が陸さんを気に入っているのであれば、次から妹に、さくら茶舗に買いに行って貰おうと思った。


「じゃあ、私の代わりに、今度からさくら茶舗にお茶を買いに行ってもらおうかな」

碧伊は言った。

「早速、明日でも行って来てくれる? そして、陸さんがいたら、お礼とお詫びを言って。

開港祭に招待客で、誘って貰ったけど、用事で行けないからと」


「私が代わりに誘って貰えないかなあ」


姉から、購入茶葉の書き付けを受け取った妹は、にっこり笑って言った。

そして、彼女はお茶を買いに行くことを引き受けた。


翌日早速、翠が、さくら茶舗へ赴いた。


これまで見たことのない娘が、桜茶舗に入ってきたと、祖母は思った。


彼女は、手提げから、少しクシャッとなった紙切れを取り出して言った。


「ここに書いているお茶をください」


彼女は、祖母にすすめられ、待っている間、椅子に座った。


祖母がお茶を淹れた。

今日は、手のひらに茶器を乗せて、その上に片方の手を被せて包み込むようにして、ゆっくり蒸らす。

そして小さな煎茶茶碗を並べて最後の雫まで均等に淹れる。


「どうぞ。ごゆっくり」


「いただきます。…え?このお茶、甘い!美味しい」


翠は感動したように言った。

そして、


「…あの、陸さんは今、いらっしゃいますか?」


と尋ねた。今日は日曜日だから、学生は休みである。


「ちょっと待っててね」


祖母が店員に頼んで、陸を呼んできた。


陸が店先に顔を出すと、三つ編みにした髪の娘が座って、楽しそうに祖母と話しをしている。


「こんにちは」


彼女は陸に言った。


「こんにちは。えっと…」


その娘を見たことがあるとは思ったが、名前まで、思い出せない。


「わたし、碧伊の妹の翠です」


あっと、陸は思った。そう言えば、碧伊さんと、時々一緒にいる娘だ。

彼女もまた、それなりに魅力があるのだろうが、碧伊さんが目を引いてしまい、ほとんど彼女に気付いていなかった。


「あの、先日、姉を誘っていただいたのに、都合がつかなくてごめんなさい。姉から、お礼を言っておいて、と言われています。」


「いや、そんなこと。」


陸は言った。


「せっかく招待券もらってたから、誘っただけなんだ。お茶をいつも買いに来てくれてるし。うちの妹は、まだ中学生だし、碧伊さん達の方が楽しめると思って」


陸は言った。


「でも、いいですよね、普通は参加出来ないし。いいなあ」


今、娯楽がほとんど無くなってきているから、若い娘は、催しのようなものに行きたいのだろう、と陸は思った。


「あの、それだったら、あなたが行きませんか?時期が時期なので、色々規制はあると思うけど」


「えっいいんですか?」


翠は、嬉しそうに言った。


「いいですよ」


と、陸は答えた。


翠は、


「今度から私が、お茶を買いに来ます」


と笑った。


その後は、碧伊の代わりに、買物分を書き付けた紙きれを持って、彼女がいつも、お茶を買いに来るようになった。

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