第14話 新しい日々
あの大火から半年が経っていた。
さくら茶舗も住まいも、建て替えて新しくなっている。
建て替えの時の設計も、陸が色々と考えた。
父に代わって、陸が中心になって、実際の店を運営している。
隣の和菓子屋も、働く人々の住まいが裏側に残っていたので、改修して、職人はそのまま働いてもらうことになった。
隣家の和菓子はよく売れていたので、閉めるのはもったいないと、陸が言い、皆も同様の意見だった。
戦争で、嗜好品がなかなか手に入らない、物がない時代を過ごした後で、人々に渇望感があり、豊かな物を求める時代が始まっていた。
この町では、何千人という進駐軍の人々の存在は大きく、大火の時の救援ばかりでなく、その駐留による経済的な効果も、困難な時期の復興にとって、恩恵となっていた。
これまでは、隣に住んでいても知らなかったが、さくら茶舗と、隣の和菓子屋の間に建っていた塀がなくなって、茶舗と和菓子屋が同じ敷地内になると、和菓子屋の仕事が夜中の2時から始まるのがよくわかり、美夜は驚いた。
あずきや餅米を炊いたり、午前中の開店までに、色々な商品を、工房で作る作業が、夜通し行われる。
門前町は割と朝が早く、午前中大変賑わうようになっている。
美夜がなかなか眠れない夜や、夜中にふと目を覚ました時、窓から見ると、暗い中に、隣の工房では新たな1日は始まっていて、心温まる明かりが灯されている。
美夜が工房に立ち寄ると、出来上がったばかりの蒸し饅頭などを、おやつにくれる。
栗饅頭も、出来立ては柔らかい。そんな美味しさなども、初めて知った。
これまで慣れ親しんだ、静謐なお茶の香りとはまた違って、お菓子の工房には、湯気が立ち上り、ほんのり甘い香りのする世界があるのが楽しかった。
陸も、新しく商品を作りたいと言って、これまでの和菓子に加え、お茶を使ったお菓子を考えている。
出来上がった試作品を、美夜や祖母が試食する。
香り立つ緑茶の粉と水飴の餡入りの小さな白い最中は、サクサクしていて、美夜は気に入っている。
さくら茶舗は、明治の創業以来、さすがに店は古ぼけていた。
でも今回、和菓子屋共々、暖簾のかかった入り口から店内まで、陸によって、高級感があって、落ち着いて洗練された造りに整えられている。
美夜は、学校が休みで店が忙しいときには、贈答品の包装や店番を手伝っていた。
さくら茶舗は老舗で、高級なお茶も取り扱っていたので定評があり、贈り物の注文も多い。
お煎茶の先生達も、皆さくら茶舗で購入した。
因みに、お茶繋がりで、陸も美夜も、茶道や煎茶を習っている。
贈答品は何十もまとめて注文がある。それぞれに適切な熨斗を付けて、包装する。祖母はとても達筆で、さらさらと熨しを書く。
陸も美夜も、子供の頃から書道を習わされていたので、祖母や字の上手な店の人がいない時は、熨斗書きを手伝わされる。
そのあと、沢山の包装作業がある。
そんな作業をしている時、ふと顔を上げると、美夜は思い出す。
以前の古い店内にいる自分。
店の奥に沢山並んでいた茶箱。
量り売りの茶葉が並ぶ横のスペース。
そこで、祖母が、その日の美味しいお茶を淹れてくれて、おやつを出してくれる。
学生服姿の兄がいて、その友人の隼人と笑って話しをしている。
大好きな人達と一緒にいる空間。時間。
お茶の香り。
慌ただしく変化する時代の波の中で、美夜は何度も、隼人のことを思い出した。
隼人も、この度の町の大火のことは知っているだろうか。
兄が何度か手紙を出しているのを知っている。
* * *
陸は、隼人の様子を聞くために、以前、彼の実家である瑞祥寺を訪ねていた。
隼人の父である住職が出て来た。彼の息子と同じように、背が高く、整った顔立ちの人物だ。
「まあ、お上り」
と、住職は陸を座敷に上がるように言った。
もちろん、住職も子供の時から陸のことを知っている。
「陸くん、すっかり街の建て直しも順調のようだね」
「ええ、おかげさまで」
住職は、町の再建のために、助力してくれている一人だ。
「隼人はその後、どんなふうですか? 連絡を取りたいんですが」
陸が言うと、
「私の叔父の所に居るんだ。まあ、預かってもらってる。
戦争で、気持ちが傷ついてね、本人にとっては、やり切れないらしくて、とても、ここへ戻る気にはならないらしい」
「……そうですか、でも手紙くらい送りたいな」
「陸くんだったら、力になってやってもらえるかもしれない。住所と連絡先だ。よろしく」
住職はそう言って、隼人の叔父の会社の住所を教えてくれた。
隼人は、今はそこで働いているらしい。
しかし最初は、もっとひどい状態だったという。
本来ならば、隼人は、戦争が終わったら真っ先にこの町に戻り、さくら茶舗に顔を出してくれていたはずだった。
「隼人くん元気かなぁ? 帰って来ないの?」
美夜が兄に尋ねると、兄は黙って首を振る。
陸はすでに、何度か近況を書いた手紙を出したが、返事はなかった。
隼人がこちらに全く戻って来ないのは、彼の事情、彼の意思なのだろう。
昔の知人、友人だから尚更、会いたくないこともある、と兄は言った。
周囲の友人や知人も含めて、戦死した人は珍しくない。
生きて帰って、どこかで隼人が暮らしているだけでも、感謝することなのかも知れない。
それでも、きっとまた会えると、陸が言っていたように、美夜もそう思っている。
兄の友人は今、どんなことを考えているのだろう。
自分たちが、隼人の励ましにならないのが、寂しかった。




