表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土塀の町でわたしは兄の親友に恋をした。凍る国からの帰還兵はメープルホテルで出会う。  作者: レモン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/18

第14話  新しい日々

あの大火から半年が経っていた。

さくら茶舗も住まいも、建て替えて新しくなっている。


建て替えの時の設計も、陸が色々と考えた。

父に代わって、陸が中心になって、実際の店を運営している。


隣の和菓子屋も、働く人々の住まいが裏側に残っていたので、改修して、職人はそのまま働いてもらうことになった。

隣家の和菓子はよく売れていたので、閉めるのはもったいないと、陸が言い、皆も同様の意見だった。


戦争で、嗜好品がなかなか手に入らない、物がない時代を過ごした後で、人々に渇望感があり、豊かな物を求める時代が始まっていた。


この町では、何千人という進駐軍の人々の存在は大きく、大火の時の救援ばかりでなく、その駐留による経済的な効果も、困難な時期の復興にとって、恩恵となっていた。


これまでは、隣に住んでいても知らなかったが、さくら茶舗と、隣の和菓子屋の間に建っていた塀がなくなって、茶舗と和菓子屋が同じ敷地内になると、和菓子屋の仕事が夜中の2時から始まるのがよくわかり、美夜は驚いた。


あずきや餅米を炊いたり、午前中の開店までに、色々な商品を、工房で作る作業が、夜通し行われる。

門前町は割と朝が早く、午前中大変賑わうようになっている。


美夜がなかなか眠れない夜や、夜中にふと目を覚ました時、窓から見ると、暗い中に、隣の工房では新たな1日は始まっていて、心温まる明かりが灯されている。


美夜が工房に立ち寄ると、出来上がったばかりの蒸し饅頭などを、おやつにくれる。

栗饅頭も、出来立ては柔らかい。そんな美味しさなども、初めて知った。


これまで慣れ親しんだ、静謐なお茶の香りとはまた違って、お菓子の工房には、湯気が立ち上り、ほんのり甘い香りのする世界があるのが楽しかった。


陸も、新しく商品を作りたいと言って、これまでの和菓子に加え、お茶を使ったお菓子を考えている。

出来上がった試作品を、美夜や祖母が試食する。

香り立つ緑茶の粉と水飴の餡入りの小さな白い最中は、サクサクしていて、美夜は気に入っている。


さくら茶舗は、明治の創業以来、さすがに店は古ぼけていた。

でも今回、和菓子屋共々、暖簾のかかった入り口から店内まで、陸によって、高級感があって、落ち着いて洗練された造りに整えられている。


美夜は、学校が休みで店が忙しいときには、贈答品の包装や店番を手伝っていた。


さくら茶舗は老舗で、高級なお茶も取り扱っていたので定評があり、贈り物の注文も多い。


お煎茶の先生達も、皆さくら茶舗で購入した。


因みに、お茶繋がりで、陸も美夜も、茶道や煎茶を習っている。


贈答品は何十もまとめて注文がある。それぞれに適切な熨斗を付けて、包装する。祖母はとても達筆で、さらさらと熨しを書く。


陸も美夜も、子供の頃から書道を習わされていたので、祖母や字の上手な店の人がいない時は、熨斗書きを手伝わされる。

そのあと、沢山の包装作業がある。


そんな作業をしている時、ふと顔を上げると、美夜は思い出す。

以前の古い店内にいる自分。


店の奥に沢山並んでいた茶箱。

量り売りの茶葉が並ぶ横のスペース。


そこで、祖母が、その日の美味しいお茶を淹れてくれて、おやつを出してくれる。


学生服姿の兄がいて、その友人の隼人と笑って話しをしている。

大好きな人達と一緒にいる空間。時間。

お茶の香り。


慌ただしく変化する時代の波の中で、美夜は何度も、隼人のことを思い出した。

隼人も、この度の町の大火のことは知っているだろうか。


兄が何度か手紙を出しているのを知っている。



*  *  *


陸は、隼人の様子を聞くために、以前、彼の実家である瑞祥寺を訪ねていた。


隼人の父である住職が出て来た。彼の息子と同じように、背が高く、整った顔立ちの人物だ。


「まあ、お上り」


と、住職は陸を座敷に上がるように言った。

もちろん、住職も子供の時から陸のことを知っている。


「陸くん、すっかり街の建て直しも順調のようだね」


「ええ、おかげさまで」


住職は、町の再建のために、助力してくれている一人だ。


「隼人はその後、どんなふうですか? 連絡を取りたいんですが」


陸が言うと、


「私の叔父の所に居るんだ。まあ、預かってもらってる。

戦争で、気持ちが傷ついてね、本人にとっては、やり切れないらしくて、とても、ここへ戻る気にはならないらしい」


「……そうですか、でも手紙くらい送りたいな」


「陸くんだったら、力になってやってもらえるかもしれない。住所と連絡先だ。よろしく」


住職はそう言って、隼人の叔父の会社の住所を教えてくれた。

隼人は、今はそこで働いているらしい。

しかし最初は、もっとひどい状態だったという。


本来ならば、隼人は、戦争が終わったら真っ先にこの町に戻り、さくら茶舗に顔を出してくれていたはずだった。


「隼人くん元気かなぁ? 帰って来ないの?」


美夜が兄に尋ねると、兄は黙って首を振る。


陸はすでに、何度か近況を書いた手紙を出したが、返事はなかった。

隼人がこちらに全く戻って来ないのは、彼の事情、彼の意思なのだろう。

昔の知人、友人だから尚更、会いたくないこともある、と兄は言った。


周囲の友人や知人も含めて、戦死した人は珍しくない。


生きて帰って、どこかで隼人が暮らしているだけでも、感謝することなのかも知れない。


それでも、きっとまた会えると、陸が言っていたように、美夜もそう思っている。

兄の友人は今、どんなことを考えているのだろう。

自分たちが、隼人の励ましにならないのが、寂しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ