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土塀の町でわたしは兄の親友に恋をした。凍る国からの帰還兵はメープルホテルで出会う。  作者: レモン


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第13話  大火

そんなある日、この町に大きな出来事が起こった。

一軒の家から出火した火が、瞬く間に町の中心部に燃え広がっていったのだ。


昔からの木造の家と店が立ち並んだ門前町は、ちょうど海岸から吹いている風を受けて、火の手が早く回った。


他の店の造りと同じく、さくら茶舗でも、正面の店舗の奥に、住居や倉庫がならんでいる。


昼間で、父も、陸も出かけていて、店兼家には、祖母と母が居るだけだった。

美夜は、授業が休みで、自分の部屋に居た。


火の回りはすごく早く、母と祖母は外が騒がしいので、表に出てやっと知るような有様だった。


「遠くに見えた火の手が、どんどん近くなってるって。早く避難できるよう、支度しないと」


隣の和菓子屋のお姉さんと、従業員も出てきて、話している。


周囲の人々が、そうしたことを言っているので、2人は慌てて家に入り、思いつくものを風呂敷に包み始めた。


美夜も、騒々しさに気付いて、階下に降りてきた。


「お母さん、何があったの?」


「火事がどんどん広がってるから、美夜は、自分と陸の荷物をまとめなさい」


美夜は息を呑んで、慌てて2階へ上がり、自分の旅行鞄を出して、学校に必要な物や、通学に着ている服や、身の周りの物を詰めていった。


さほど大きくもない2つの旅行鞄は、上着やコートを入れようとすると、すぐにいっぱいになる。上着やコートは出して、風呂敷に包んで持ち出すことにする。


それから、慌てながら同じ2階にある兄の部屋に行った。


どちらかと言えば、几帳面な性格の陸の部屋は、整然としている。

押入れの中から、今度は兄の旅行鞄を探し出した。


兄が普段使っているようなものから、手当たり次第に詰めてゆくしかない。


陸も美夜も、あまり物を欲しがる性格ではないので、物は少ない方だ。

それでも、旅行鞄や風呂敷に包めるものなど、ほんの一部だ。


唯一沢山ある本など、到底運び出せない。


まず風呂敷だって、すべての荷物を入れるほど、用意していない。

美夜の家は店舗をしているので、紙袋や大きな箱も沢山あるが、こんな時、大きな箱に物を沢山入れても、母と自分では運べない。


貴重品や身の回りのものを包むのが精一杯。家にあるすべての衣類や商品など、とても無理だった。


荷造りの手を止めて、窓から海岸の方角を見る。

黒煙と炎が見えた。


美夜は、ざわめくような不安と焦りでいっぱいになった。


「とにかく、まとめた物から下に降ろそうっと」


持てるだけ、まとめた荷物を持って階段を降りた。


階下では、母や祖母が、帳簿や重要そうなものから、詰めている様子がわかる。

再び、ニ階に駆け上がると、持てるだけの包みを掴む。

何か、階下で大きな物音も聞こえる。


荷物を詰めた旅行鞄や風呂敷包みを両手に持って再度、下に降りかけた時、美夜は気持ちが焦っていたのか、足を滑らせて、階段から滑り、荷物とともに転んだ。

幸い荷物が大きなクッションになって、階段に挟まったために、転がり落ちなかったものの、しこたま脚をぶつけてしまった。


骨折や捻挫などしてないとは思ったが、あまりの痛さに声も出ず、うずくまった。

その時、身体がふんわりと宙に浮いたのを感じる。


「えっ」


と顔を上げると、何と美夜は手に持った荷物ごと、心配そうな顔をしたウィルに抱き上げられていた。


ウィルは、階下に美夜を降ろし、

大丈夫? まだ運びたい荷物があるのか?といったことを言っているのがわかったので、美夜は2階の方を指差して

「upstairs 」

と言った。


ウィルは、頷いてあっという間に、2階の美夜がまとめていた荷物を降ろしてくれた。


階下にはベンさんの姿があり、早く、早くと言って、母にいちいち聞いている間もないので、どんどん奥に入って、各部屋から行李や箱や、箪笥の引き出しごと、凄い勢いで運び出している。

二人は、詰めたりなんてことはせず、引き出しや箱ごと、いとも軽々と運び出す。


父や兄が居ても、こんなふうにはできなかっただろう。


表には大型の軍のトラックが停めてあり、二人は、どんどんそれに積んでいく。


さっきの騒々しい物音は、表にトラックが止まり、ベンさんとウィルが、飛び込んできたのだと母が後で、皆に語った。


外では、ますます人々の騒ぐ声が大きくなる。


二人の他にも、進駐軍の人々が、救援に来ていたのて、あちこちに彼らの姿と、トラックがあった。


母も祖母も美夜も、ベンさんとウィルが、凄まじい勢いで運んでくれるのに圧倒されながらも、心強く思って、自分たちの必要なものをまとめることができた。


外に出ると、火はすでに見えるところまで迫っており、煙と異臭がした。


その日、町中を焼き尽くした火は、未明にやっと鎮火した。


翌日の町は、見事に廃墟のようになっている。


次の日、昨日不在だった父や兄と、美夜たちは一緒に焼け跡にやって来た。彼らばかりでなく、町中の人が、見に来ている。


大半が焼けて、町は見る影もなかったが、進駐軍が救援活動をしてくれたおかげで、死者はなく、全員避難することができていた。


そして戦争を乗り越えてきた人々は、火事に悲嘆することもなく、直ちに町の再建に取りかかったので、急速に元の町以上に、生まれ変わっていった。


町内の人々や、同じ商店の人々が共に再建してゆくので、結束も深まり、助け合うことが励みになっていた。


美夜たちは、桜茶舗が再建されるまでは、近くの母方の祖母の家に避難していたが、さくら茶舗が新しくできたので、再び営業を始めた。


ひとつ変わったことは、隣の和菓子屋が廃業して、相談を持ちかけられた陸が、引き受けることになったことだ。


さくら茶舗の隣の和菓子屋は、さくら茶舗の藏と塀によって、工房部分の延焼を防ぐことができたが、経営者の夫婦は、ひとり娘が嫁ぐことが決まっていたので、誰も後を継がず、祖母に相談しに来たのだった。


陸は興味を示して、職人が残るなら、ということで、引き受けることになった。


門前町は再び賑やかになりつつある。

街角には映画館もできたし、さくら茶舗も新しくなった。


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