第12話 進駐軍と昔の町
しばらくして、その大きな戦争は終わった。
港のある中心部は空襲を受けたが、美夜達が住むこの古い土塀の町は、空襲の被害を受けることはなかった。それだけでも幸運だったと言える。
そして、土塀の続く世界は、これまでの時代をそうして経てきたように、何事もなかったかのように、静かにそこにある。
兄の陸は、結核の病棟に入院している。もう少し療養にかかりそうだ。
隼人も、すでに復員しているということを、兄と共通の友人が話していたという。
でも、彼はこの町には戻らず、神戸の港湾地区に工場を持つ、叔父のもとで仕事をしているのだと、人伝に聞いた。
* * *
終戦になると、この土塀に囲まれた城下町に、何千人という進駐軍が訪れ、駐留することになった。
市街地は、空襲を受けて壊されていたけれど、この土塀の町はその被害を受けていなかったので、進駐軍が駐留できるような、家屋や施設がそのまま残っている。
小さい地域ながら、学校がいくつもあり、病院もあり、また大きな屋敷や工場もある。それらが、接収されて、進駐軍の拠点となったのだ。
屋敷町の中に、進駐軍の社交クラブも作られた。
町の人々が、進駐軍に正式に対面したのは、軍の吹奏バンドが、その施設から出て、町の通りを演奏しながら行進したときだ。
米国ではなく、他の連合国の人々で、おおらかな感じの人が多かったと、美夜達は記憶している。
宿舎がこの城下町に置かれたことで、彼らは町の人々にとって、とても身近な存在になってきた。
さくら茶舗は表通りに面しているので、店の前を行き来する進駐軍の人々を
見るのは、今や日常の景色となった。
この町の人々にとって、珍しい光景であるように、それは進駐軍の人々にとっても同じで、彼らは彼らで、この町の様子に驚いていた。
土塀に囲まれた昔の世界、古い寺社や屋敷、もみじと桜の通り。
「映画のセットのようだ」
と、皆カメラを持ち歩き、写真に残した。
軍の中には、日本語の辞書を持って歩き、教育を受けて、慣れないながらも、話ができる人々がいた。
そのひとりがベンさんだった。
ベンさん達と、まずいつも店にいる、社交的な祖母が顔馴染みになり、祖母が淹れたお茶を、ベンさん達は喜んで味わっていた。
そして、お茶の代わりに、ベンさん達は、軍にある美味しいお菓子、チョコレートやクッキーなどを、持ってきてくれた。
間もなく、祖母だけではなく、父や他の家族も親しくなってゆき、みんなでお茶の時間を過ごしたり、昼食を食べたりするまでになった。
陸が全快して、療養所から戻ってからは、簡単な通訳をしてくれたので、もっと話がはずんだ。
ベンさんは、30歳位で、祖国に妻や子供達がいるということだった。
彼と一緒に来る進駐軍人の中には、美夜と同じ位の年齢の、美しい青年がいた。
彼は、ウィルと言った。
ウィルは、もの静かだったが、いつもニコニコして、ベンさんと一緒にやって来ては、祖母とお茶の時間を過ごしているようだった。
彼はじきに、美夜の英語の相手をしてくれるようになった。




