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土塀の町でわたしは兄の親友に恋をした。凍る国からの帰還兵はメープルホテルで出会う。  作者: レモン


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第11話  万年筆と金平糖

そこは、かつて日本に存在した、最も美しく激動の「異世界」だった。


びわ色の土塀が続く古い城下町。木立に囲まれたもみじの洋館「メープルホテル」


異国が混ざり合う街で びわ色の古都、もみじの洋館


お茶の香りと、西洋の風と、十五年だけ存在した幻のホテル


「兄の親友」へのひたむきな想いを抱えた少女。


凍る大地からの帰還兵を待っていたのは、戦後の光を放つ「メープルホテル」と、変わった故郷、そしてずっと変わらぬびわ色の道だった。

誰を愛し、誰と生き、誰を永遠の記憶に刻むのか。



世の中は、突然変わる。

それまでにも戦争はあったが、世の中の状況は、その年を境に急激に厳しくなって、美夜達の周囲は激変していた。


さくら茶舗でも、商品はとても少なくなった。

陸達は、自分たちのよく知っている人や、学生の友人も次々に召集されたことを聞いていた。

お茶を買いに来ていた翠さんの兄は、もっと年上なので、とっくに召集されたと話していた。

また、最近では和史も招集されたことを、翠さんから聞いた。

彼らは家が近所で、碧伊さんも含め、子供の時から親しい。


隼人の周りや、修道館でも、見かけなくなった仲間がいる。


でも季節だけは変わりなく巡り、また、新緑の季節になった。

そして、


「隼人が召集されることになった。明日、挨拶に来るって」


ある日、陸兄さんが、美夜や家族に言った。

多分、自分ももうじきなんだろうな、と陸は思っている。

  

  

「ここの匂い、落ち着くなあ」


翌日、やってきた隼人は、茶屋の店の中を名残り惜しそうに見渡して言った。

陸は尋ねた。


「いつ発つんだ?」


「あさって」


隼人は答えた。


祖母が、いつものように、お茶を淹れてくれる。

以前のような、嗜好品のお茶ではないが、それでも、とても美味しかった。


昔から、隼人が、陸に誘われて、学校の帰りに立寄ると、店番をしている母や祖母が、美味しいお茶や饅頭などを出してくれていた。

お客のために、新茶や玉露など、熱いものや冷たくしたものを、用意していて、それを子供達にも飲ませてくれるのだった。


実家の寺でも、父と檀家の人々が、よくお茶を飲んでいる光景は、日常的にあるが、それまでは、子供でもあるし、お茶を特に美味しいと意識したこともなかった。

でもここでは、子供にすら、甘いと思わせる緑茶もあった。


お茶のほかには、かりんとうや茶飴、落雁、などの和菓子で、そういう茶菓子も、子供達に出してくれた。

さくら茶舗のそうした記憶が、脳裏を横切る。


量り売りする茶葉がずらりと並び、奥には、大きな茶箱が積んであった店内も、今は、ずいぶん変わり、茶箱は並んでいるが、少しがらんとしている。

でも未だ、ここは茶葉の落ち着く香りが立ち込めていて、兄妹と過ごした平穏な日々がある。


色々話をした後、隼人は立ち上がった。


「じゃあ、元気で」


「また、会おうな」


「手紙を出すよ」


隼人は祖母にも挨拶をして、店を出た。


「私、神社のところまで送る」


美夜は言って、いつものように、少し後から付いて来た。


ふたりは、神社でお参りをした。

神社を抜けた先にある、広く、見通しの良い、玉砂利の道の脇の、もみじの木の所までやってきた。

ここから、町屋の通りを抜けて、山手にある隼人の家に帰るのだ。


「じゃあ、ここで。ありがとう」


隼人が、美夜の方を向いて言った。

美夜はコクンと頷いた。


彼女は持っていた手提げの中から、白い紙に包んだものと、巾着を出して、隼人に渡した。


白い紙に包まれているのは、さっき手を合わせた神社の御守りだった。

美夜は、昨日、神社で祈願した御守りを貰って帰ってきた。そしてさくら茶舗にあった金平糖と茶飴を祖母から分けて貰い、巾着袋に入れて持ってきていた。


甘いものは今とても希少になっている。

それに、金平糖と飴は、小さくて、長期携帯保存食にもなると聞いたからだった。

それが、美夜が考えついた精一杯のことだった。


さくら茶舗に、まだそのように仕入れた菓子があって良かった。

そしてそれは、兄や隼人と一緒に、店先で口にしていたことのある菓子でもあった。


もみじの枝が、小さな風で、ふんわり揺れた。


「わたし、待っとる。」


少し俯いて、美夜は言った。


美夜の目にはすでに、涙がいっぱいになっていて、俯く頬には、涙がこぼれ落ちていた。

ふと、それに、光線があたって、金平糖の星形にみえる。


隼人は首を振った。

この妹は、本当に待ちそうだった。


「……待つな。知らんぞ、俺は」


彼自身にも自分の未来があるのかどうかわからない。

先に行った和史からも、便りはなかなか届かず、どうしているのかわからないと、碧伊さんの妹の翠が、お茶を買いに来て、陸に言っていたという。


次第に、戦局は厳しくなっているのではないか。


隼人は、泣き出した彼女の肩を、兄のように掴んだ。

しゃくりあげ始めた彼女の背中を、トントンと、あやすようにたたいた。


小動物のように、華奢で、柔らかい、温もりが手の平に伝わる。

その小さな肩と、じんわり沁みる温かさに驚いた。


自分は、この先何度も、この小さく柔らかな温もりを思い出すんだろうな、と思った。


「ありがとう。お前も元気で頑張れよ」


「うん」


美夜は俯いたまま、また首を縦に振った


「そうだ、これをやる」


と言って、隼人は思い出したように、内ポケットから万年筆を出して、お守りのお礼に、彼女に渡してくれた。


美夜は、しゃくり上げながら、万年筆を受け取った。


「じゃあな」


隼人は、美夜に背を向けて、歩きだした。


美夜は、万年筆を手にして、ずっと泣きながら、隼人が去って行く姿を見ながら、玉砂利の白い道にそのまま立っていた。


しばらく歩いて、彼は立ち止まり、美夜の方を振り返った。

片手を上げた隼人に、美夜も手を振った。

その肩幅の広い、兄の親友の見慣れた背中に、走って追いつきたい。


道の先にある曲がり角を曲がる前、隼人はもう一度、美夜を振り返った。

美夜がまだ、泣きながら見送っているのが、彼にはわかっているのだろう。

そして、ここを曲がってしまえば、もう、彼の姿は見えなくなるのだ。


隼人が、さっきと同じように、さよならと小さく手を上げた。


これで、最後だ。

美夜は、涙を払いながら、手を振った。


角を曲がってしまったので、彼の姿は、もう本当に見えなくなった。


曲がり角の先を、彼は歩いているだろう。

今走って行けば、追いつくことができるのに。


もっと先まで、ずっと送って行けたのに。

なぜ神社まで、と言ってしまったのかと、悔やまれた。



多分、陸の妹は、ずっと忘れずにいてくれるのだろう、と隼人は思う。

角を曲がってしばらく歩いて、ふと美夜から御守りと一緒に貰った、巾着袋を見た。

巾着袋は、もともとお茶の包装用らしく、『茶』の文字が染められている。


横のもみじの新緑の葉が、再び風で微かに、揺らいだ。

小さな巾着袋には、茶飴と、さっき見た彼女の涙のような、金平糖が入っていた。



* * * * *


隼人が召集されたあと、しばらくして、今度は兄の陸も召集されることになった。

男にしては、華奢な感じの兄は、軍隊に向かないだろう。

だけど、兄は頭が良いので、きっと何とかするだろう、と思う。


美夜の大好きな二人がいなくなってしまった。

家族とともに、美夜たちは、不安で落ち着かない日々を過ごした。

でもその頃は、どこの家庭でも起こり得る日常なので、自分たちだけが嘆くこともできない。


兄が出征する時、見送りに来た翠さんが目に涙を溜めていたのを、思い出す。


ただ、兄の陸は、入隊して間もなく、肺結核を発症したために、除隊され、戻ってくることになった。


兄はそのまま、少し離れた療養所のある病院で、しばらく療養生活を送ることになった。


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