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第八話 空風救宇の後悔

 韓国基地は日本基地よりも更に小さかった。

 そこらのコンビニと同じくらいだろう。


 外壁は日本基地と同様に打ちっぱなしのコンクリート、ところどころにある小窓と通気口で構成されていた。

 相違点を挙げるなら日本基地と違って外壁にあちらこちら亀裂のようなものがあった所だろうか。


 三人は空助の後を追って基地の中に入った。

 

 基地の中は日本基地と同様、全面が打ちっぱなしのコンクリートで造られていた。

 そこかしこに血痕のような赤いものが床や壁に付着しているが……気にしないことにする。床には数個の紅く煌めく小さな石が落ちていたが、それも気にしないことにする。というか見なかったことにする。

 

 入口から直線状に延びる細い廊下には片手で数えられる数の鉄の扉があり、空助はその中の一枚を開けて三人を中に通した。


「ここが寝室だ」


 空助は部屋に指をさしながら告げる。

 この部屋は畳六枚分ほどの広さしかなく、ポツリと二段ベッドが置かれているばかりで、寂しさを感じる。


「恒星と救宇はそこで寝てくれ。食料や風呂はこの基地にはないから我慢しろ」


 韓国基地は小さい。

 二人で寝るには窮屈な部屋だが我慢するしかないだろう。

 

 救宇もそのことを理解しているのか、特に不満を漏らしたりはしていない。

 

「光はオレと話がある」


 空助はそう言って光を連れ、ゆっくりと部屋のドアを閉めた。



 ・・・・・・




 光は空助に木製の小さな机と椅子のみが置かれた小さな部屋に案内された。

 空助曰く、韓国基地の会議室らしい。


 光は空助の指示で手前の椅子に着席。

 空助は壁に取り付けられた棚から二本のペットボトルを取り出し、机上に置いて光の対面の椅子に腰を掛けた。

 そしてそのまま空助は机に両肘をつき、口を開いた。


「光、訊きたいことが幾つかあるんだが、いいか?」

「えぇ。私に答えられるものなら何でも」


 光としては、空助に会えば色々訊かれることは予想していた。故に困惑はない。

 予想できなかったのは、空助が韓国基地にいたことだけだ。


「まず、お前らはどうやってここまで来た? 台風の影響で船は使えなかっただろう?」

「ヘリを使ったわ。日本基地に置いてあるやつよ」

「お前ヘリ運転できないだろ」

「気合でどうにかしたわ」

「そうか」


 空助は呆れたように吐息を漏らす。


「日本の状況はどうだった?」

「一言でいえば悲惨だったわ。大阪から日本基地まで走ったけど、どの街もゴブリンにやられてた。状況は韓国と変わらないと思うわ」

「ゴブリンストロングは発生していたか? こっちでオレは直接姿を見たわけじゃないが、ゴブリンストロングのものと思われる足跡があった」

「そう。日本でもゴブリンストロングは発生していたわ。この目で二回も見たから確定よ」

「よく無事だったな」

「なんとかね」


 光は机上に置かれたペットボトルを手に取って少し飲む。

 中身は水だった。多少味に違和感があるのは、長期保存された保存水だからだろう。


「ゴブリンに関する手掛かりとかはあったか? ゴブリン発生の条件とか」

「いいえ、特に何もないわ。……でも、強いて言うなら」

「なんだ? 何か気になることがあるなら教えてくれ」


 空助の追及に対し、光は口籠る。

 

 ――話しても良いのか迷ったからだ。

 

 もしこのことを話せば、恒星は空助に、()()()()()()()かもしれない。

 

 光としては、それは嫌だった。

 ただでさえ少ない生き残りの中で疑い合うなんてことはしたくない。

 それに光自身、恒星を疑いたくなんてない。


 ただ話すメリットも存在する。

 空助はWGSPの中でも特に頭がいい。

 話せば空助の中で何かしらのピースが埋まって、そこから連鎖的にゴブリンに関する新しい発見があるかもしれない。

 

 そして何より、光は空助のことを信用していた。


 光は、話すことにした。


「……一つ、不可解なことがあって……広島を走っていたら、突然遠くから悲鳴が聞こえたの。それで直ぐに全速力で向かったんだけど、生憎距離があって一分くらいかかっちゃったのね。ほら、ゴブリンが人を連れ去るスピードって速いじゃない? だから着く頃には手遅れだと思ったわ。でもね、到着したらゴブリンに周囲を囲まれているのにも関わらず、傷一つ負っていない状態の恒星がそこには居たの」


 光の話を聞き終えた空助は小さく唸った。


「なるほど、確かにそれはおかしいな。ゴブリンどもが人間を一分も無傷のまま放置しておくはずがない。奴らはただの一般人であれば数十秒の内にゴブリンゲートへと連れ込むか、棍棒で殺しちまうからな。その件について彼に何か話は?」

「何もしてないわ。トラウマになってるかもしれないから」

「そうか。明日オレから彼に少し話を訊くことにする」

「そう。あんまりイジメちゃダメよ」

「分かってる」


 ――やはり話すべきではなかっただろうか。


 空助は少なくとも恒星に疑いの目を持っただろう。

 ただ、恒星と話しさえすれば、その疑いも晴れてくれる。

 光はそんな願望を抱いた。


「他に質問することはある?」

「いや、大丈夫だ。お前からオレに訊いておきたいことはあるか?」

「特にないわ。さっき話は聞いたしね。あ、でも一つ話しておきたいことがあって……実は、恒星、私の元カレなのよ」

 

 これも話すべきか迷ったことだ。

 理由は単に、恥ずかしいからだ。


 空助とはこれから本部まで同行することになる。

 変に関係がバレたり怪しまれたりするよりかはここで話しておいた方がいいだろう。


「マジか。いや、なるほど。色恋沙汰(いろこいざた)一つない光に元カレがいたなんて初めて知ったぞ。確かに顔だけはいいからな。顔だけは」


 空助はびっくりとした顔でそう言った。

 空助とはそれなりに付き合いが長いが、初めて見る顔だ。

 

「"顔だけ"って何よ。うるさいわね」

「まだ気持ちはあるのか?」

「知らない」

「そうか……まぁいい。お前の分の部屋を用意してくるからちょっとそこで待ってろ」


 空助は頬を緩ませながら部屋から出て行った。




 ・・・・・・



 

「恒星さん、光さんと一緒に寝たかったっスか?」


 暗闇に包まれる小さな部屋。

 そこにポツリと置かれた二段ベッドで二人は横になっていた。

 恒星が上で、救宇が下。


「別に、そんなことないし」


 救宇のからかいに対し、恒星は冷静に返す。


「今日は大変だったっスね。疲れたっス」

「俺もだ。ってか今更だけどお前、昨日と今日で人が違うと思うほどにキャラ変わったよな。昨日はあんなに礼儀正しくて気が利く奴だったのに」

「あの時は助けられたばかりでどうかしていたっスからね。チャラついてるのが素っス」

「ふぅん」


 部屋は蒸し暑い。クーラーが設置されていないからだ。

 今考えれば、救宇の家で寝た時はクーラーが稼働していたため、暑さに悩まされることはなかった。

 救宇に感謝しなければならない。


 恒星は今、あまりの暑さに服を脱ぎ、パンツ一丁の状態なのだが、それでも全身から噴き出す汗は止まらない。

 幸い空助に頼んで大量の保存水を貰うことはできたので、この夜はそれで凌ぐしかない。


「不安ですか?」


 救宇は小さく恒星に問いかけた。

 

「あぁ、不安でいっぱいだ。でも頑張らなきゃ。光に約束しちゃったし」

「約束?」

「あぁ、気にしないでくれ。ちょっとな」

「そうですか。いやぁ、若いっていいなぁ」

「なんだよ。救宇だって十分若いだろ」

「ははは」


 恒星の胸中は、不安でいっぱいだ。

 

 無事に本部に辿り着けるのか。本部は無事なのか。親は無事に生きているのか。ゴブリン達を倒してみんなを助けることなんてできるのか。


 でも頑張らなくてはいけない。

 あの夜、光と約束したのだから。


「恒星さんって強いですよね」

「お前もか。光にも言われたよそれ。俺は強くなんてないぞ。むしろ弱い方だろ」


 昨日の夜、光にも同じことを言われた。

 

 その時も言ったが、決して恒星は強くない。

 銃の腕もないし、体力だってない。胸中はこんなにも不安でいっぱいだ。

 

「恒星さん、少しだけ僕の昔話を聞いてもらってもいいですか? どうせ暑さに慣れるまでは眠れないと思うので」

「別にいいけど」


 恒星がそう返すと、救宇は語りだした。


「僕、昔女性の幼馴染がいたんですよ。中学まで一緒で、田舎だから同級生が彼女しかいなかったものだからずっと二人でゲームをしたり、秘密基地を作ったりして遊んでたんです」

「ほう」


「中二くらいの頃ですかね。彼女に対して、だんだん好意を抱くようになったんです。でも、なかなか想いを伝えられなくて、気付いたら中学を卒業していました。中卒で猟師になった僕とは対照的に、彼女は都会の高校に進学して寮生活を始めたので、離れ離れになりました。中学の卒業式以来、彼女とは一度も会っていません。今こんな状況ですから、生死すら不明です」

「……」


 恒星は何も言えなかった。

 かける言葉を持ち合わせていなかった。


「僕は後悔しています。離れ離れになる前に、想いを伝えておけばよかった、と」

「そうか……また会えるといいな」

「えぇ、ですから、恒星さんは僕の様にならないために早く想いを伝えることですよ。光さん、忙しそうですし。それに見るからに恒星さん奥手そうですしね」

「うるせぇ、余計なお世話だ。それにそういう話はゴブリンどもをぶっ倒してみんなを救出した後じゃなかったのかよ」

「あれは三人での話です。今回の場合は該当しません」

「んな屁理屈な」


 救宇は軽く笑って続けた。


「恒星さん、付き合っていた時、告白はどちらから?」

「……光」

「でしょうね。ちょっと教えてくださいよ、その時のこと」

「それは……まぁいいか」


 恒星は語る。

 その時のことを。




 ・・・・・・




 その時はクリスマスの夜だった。

 当時中学一年だった恒星と光は、二人で広島市内のイルミネーションを見に行っていた。


 煌びやかに装飾されたツリー、LEDライトで造られたトンネル、サンタクロースの置物。そして人目を気にせずイチャイチャするカップル。


 それらを楽しんだ二人は休憩のため、盛大に装飾されたイベントのシンボルである十メートル以上はある大きなツリーの近くのベンチに腰を掛けた。


「イルミネーション、奇麗だな」

「そうね」

「たまにこういうところに来るのもいいもんだな」

「恒星はいつも引き籠ってばっかりだもんね」


 恒星は不意に隣に座る光へ視線を移した。


「寒くない?」


 光の服装は普段に比べ御洒落であったが、露出度が高めだった。

 上半身はショートコートを羽織り、首にはマフラーを巻いていたからいいものの、下半身はミニスカートのみで完全に足が露出していた。タイツ等も履いていない。

 

 今の気温は氷点下に近い。

 その服装では寒いだろう。

 

「私は平気よ。逆に恒星こそ寒くないの?」

「俺? 全然寒くないぞ」


 恒星の服装は上はロングTシャツ一枚。下はジーパン。

 そんな服装では普通の人なら寒いと感じるのかもしれない。

 だが、幼少の頃から年中短パン小僧だった恒星は、特に寒いとは思わなかった。


「ほら、風邪引いちゃうから、これあげる」


 光はそう言って、己の首に巻いていたマフラーを恒星の首に巻いた。


「今日は一段と優しいじゃん」

「”今日は”は余計」

「それじゃあ更に光が寒くならないか?」

「じゃあ……こうしよ」


 光はいきなり恒星の手をギュッと握った。


 光の手は……冷たかった。

 ここまで寒さに耐えてきたのだろう。


 それに、光に手を握られるなんてことは初めてのことだ。

 あまりに急なことだったので、恒星は驚愕のあまり変な声を出してしまった。


「きゅ、急にどうしたんだよ」

「別に」


 光は先程とは一転、何処か不満有り気に言った。


 何かまずいことをしたのだろうか。

 例えば、温かいものでもい買って来いよ気が効かないな、とか。

 

 色々と考える恒星をよそに、光は恒星の手を握る力をグッと強めた。


「半年近く待ったけど、もう諦めるわ」


 光は徐に立ち上がり、恒星の眼前に立ち塞がった。


「ちょっと待って、どういうこと?」


 困惑する恒星を無視して、光は小さく息を吸って、そして吐いた。

 恒星と光の間の空気が一瞬、白く濁った。


「恒星、私のこと好き?」


 不意に訊かれた質問。

 流石の恒星でもその意図は理解できた。

 次に光の口から発せられる言葉も予想できた。


 クリスマスの夜の冷たい風が、二人を避けるように吹いていく。


「恒星、私と付き合ってくれない」




 ・・・・・・



 

「こんなことがあったんだよね。因みにその時にもらったマフラーは今でも部屋に飾ってあるんだよ」


 自慢気に語った恒星に、救宇は溜息をついた。


「それじゃあ男が(すた)りますよ。次は恒星さんの方から告白しましょうね。といっても今は状況的に難しいものがあるでしょうし……そうですね、ゴブリンどもをぶっ倒し、みんなを救出したらにしましょう。あんまり遅れると光さんが後処理だったり復興の手伝いだったりで忙しくなっちゃうので、直ぐがいいですね。直ぐが」

「おい、勝手に決めるなよ」

「頑張ってくださいね。応援しています。空助さん曰く明日は三時起きらしいので早く寝ますよ」


 救宇はそう言って黙り込んでしまった。

 その後、恒星が救宇に対して色々と言葉を投げたが全て無視され、暫くすると寝息が聞こえてきた。


 恒星は救宇と話すのを諦め、黒く染まる天井を眺めながら思案に(ふけ)る。


 ――告白、か。


 考えてみれば、救宇の言う通りなのかもしれない。

 この一件が終われば、光は忙しくなるだろう。

 そうなれば、暫く二人で話せる機会もなくなってしまうかもしれない。

 最悪の場合、一生会えなくなるかもしれない。


 丁度、明日は恒星と光、二人の誕生日だ。

 いいチャンスなのかもしれない。

 尤も、明日の内に決着がつけばの話なのだが。


「よし」


 恒星は一人そう呟いて、枕元に置いておいたペットボトルの蓋を開けて水を一口飲んだ。

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