第六話 ヘリコプターで朝鮮半島に渡る挑戦で超戦慄
日本基地に辿り着いた光と救宇は、助手席ですやすやと眠る恒星を起こし、経緯を説明した。
寝ている間にゴブリンの襲撃を受けたこと。光と救宇が幾ら起こそうとしても目を覚まさなかったこと。仕方がないから光が眠る恒星を脇に抱え、救宇に運転を任せて車に乗り込み、ゴブリンから逃げたこと。光が運転を変わってWGSP日本基地まで走ってきたこと。
それを聞いた恒星は当然、驚愕した。
なぜ、目覚めなかったんだ、と。
確かに、昨日の夜は緊張で中々寝付けなかった。
三時間、いや四時間……五時間は布団を頭から被りながら、心臓をバクバク鳴らして、変な想像をしたり、光が恒星と寝たいと言い出した理由を考えたりしていた。恒星だって、年頃の男の子なのだ。
故に、中々目を覚まさなかった理由は理解したものの、だとしてもだ。
恒星は迷惑を掛けた二人に心からの謝罪をし、一行は車を降りた。
「本当に、申し訳ございませんでした」
「そんなに大きくはないんだな」
眼前に佇む日本基地を視界に収めた恒星は小さく零した。
「ここを根城にするのは私と空助だけだからね」
日本基地は想像していたよりも随分こじんまりとしていた。
例えるなら、小さな町工場くらい大きさだ。
広島城くらいの大きさだと思っていたので、少し残念。
外壁は全て打ちっぱなしのコンクリートで構成されていた。それ以外だと、鉄製の正面の入り口と、ところどころに小さな窓や通気口がある感じだ。
大きさにさえ目を瞑れば、完全に想像していた基地の様だ。
因みに、汚れやひび割れの類は殆ど無かった。WGSPという組織自体、結成からさほど年数が経っていないらしいし、新しい建物なのだろう。
「入るわよ」
光がささっと正面の入り口を開けて、基地の中に入っていき、恒星と救宇も後を追った。
基地の中も外壁と同様に打ちっぱなしのコンクリ―トで造られていた。
入口から直線状に伸びる狭い廊下は、床も壁も天井も打ちっぱなしのコンクリートだ。
ドラマとかでよく観る、これまたザ・基地と言った内装だ。中々に雰囲気が出ていてカッコいい。
因みに、照明は付いている。
非常用電源の類なのか、或いは救宇の家と同じで太陽光発電なのだろう。
「ここね」
廊下を暫く歩くと、光が一枚の鉄製のドアの前で立ち止まった。
ここに来るまでに廊下を進んでいく中で、鉄製のドアは何個かあったが、このドアはそれらよりも一回りも二回りも巨大で、重厚な雰囲気を醸し出している。
例えるなら、まるで金庫のドアの様だ。
そして光が何やらドアの横に設置されていた認証装置のようなものを弄ると、ドアはガタガタと音を立てながら自動で開いた。
「ここがこの基地の指令室よ。繊細な機械が沢山あるから、絶対に何も触っちゃダメよ」
「フリっスか?」
おどけた笑みを浮かべる救宇に、光は小さく笑う。
「違うわよ。そんな恒星みたいなこと言わないで」
「何でだよ、俺そんなこと言ってない。思っただけだ」
「そう」
光が冷たく返すと、徐に指令室のスイッチを入れた。
直後、ウィーンという起動音が鳴ったかと思えば、正面に置かれた大きなモニターが起動した。
「すげぇ、まるでゲームの世界みたいだ」
「かっけぇっス」
恒星と救宇がそれぞれの感想を述べている間に、光は正面に設置された椅子に腰を掛け、何かを弄り始めた。
その様子を恒星と救宇は黙って見守る。
そして、
「ダメね。繋がらない」
光はバンと机を叩いて立ち上がり首を左右に振った。
光は今、この基地に来た目的である、本部との通信が可能か否かを調べていたのだ。
「てことは……」
「えぇ。モンゴルにある本部を目指すわ。ただ……」
「ただ……?」
「本当は船で大陸に向かうつもりだったんだけど、昨日の台風で船が使い物にならないと思うの」
ならどうやって大陸に……恒星がそう思ったところで、光は小さく、
「着いてきて」
光は恒星と救宇にそう告げると、足早に指令室を出た。
光に連れてこられた先は、基地の直ぐ近くにある小さな港だった。
港、とはいうものの、防波堤と言われた方がしっくりくるような大きさだ。
現にこの港には転覆した一隻の船以外何もない。
そして光曰く、その転覆した船こそがWGSPの所有する船だそうだ。
「やっぱりダメね」
光は溜息交じりにそう言う。
「他の船はどうだ?」
ゴブリンによって日本中の人々が連れ去られてしまった。ならば、そこら辺の漁船や商船を使っても問題ないだろう。
そう思っての提案なのだが、光は横に首を振った。
「他の船も同じような感じだと思うわ。それにWGSPの船って普通の船より頑丈なのよ。それでこの有様なんだから他の船が無事なわけないわ」
「そうか……」
ならばどうすれば――。
そう恒星が考えを逡巡させていたところで光が口を開いた。
「アンタら、ヘリコプターの運転って出来る?」
「いや、できないけど」
「そうっスよできませんで、姉貴」
恒星と救宇が当然の如くそう返すと、光は手を顎に当てて唸り始める。
「じゃあ、二〇〇キロ泳げる?」
「無理だけど……ってまさか」
次に光の言ったことは恒星の思った、そのまさかだった。
「えぇ。大陸に行くにはヘリを運転するしかないわね。こんなことになるなら空助の言う通りヘリの訓練を受けておくべきだったわ」
三人は一度基地に戻り、休憩用の部屋で非常用に保存されていたビスケットを齧りながら話し合う。
「取り敢えず救宇、これを着て」
光は徐に机の下から一着のスーツを取り出して、対面に座る救宇に手渡した。
「なんスかこれ?」
「対ゴブリンスーツよ。指令室に置いてあったの。多分空助の予備だから少し大きいと思うけど、我慢して」
救宇は光のスーツの説明を聞き流しながら、スーツに袖を通した。
光の言う通り、少し、というかかなり大きいが、着られないことはないようだ。
「恒星も」
光は恒星にもスーツを手渡した。
恒星は眠る前にスーツを脱いで枕元に置いておいたのだが……持ってきてくれていたのだろう。流石、WGSPにスカウトされるだけあって優秀だ。
因みに、光は恒星が起きた時には既にスーツを着用していた。恒星が寝ている間に車内か何かで着用したのだろう。
「それで、泳ぎは論外として、船とヘリ以外に方法はないんスか?」
スーツを着終えた救宇の問いに光は再び首を横に振る。
「残念だけど、ないわね。他に海を渡れる手段があるとすれば飛行機なんだけど、私運転したことないし、ヘリよりも難易度は高いと思うわ」
「じゃあ、台風の被害を受けてない地域の船を使うってのは?」
「ううん、今回の台風の規模と進路を考えたら、無事な地域まではかなり距離があるわ。乗ってきた軽トラで向かうならどこかで燃料補給をするか、車を変えないと辿り着けない。例え辿り着けたとしても、大陸からの距離も離れちゃうから船の燃料の問題もあるわ。それに、というかこれが一番大きい理由なんだけど私WGSPの船以外の船を運転したことがないから勝手がわからないのよ」
「それでもヘリを運転するよりかはマシなんじゃ?」
「私は一応、訓練は受けてないとは言えどWGSPのヘリなら多少の勝手は分かるわ。空助に色々言われたのよ。知らない船を運転するよりかはマシよ」
ヘリの運転は自動車の運転と比べ物にならないほど難しいとどこかで聞いたことがある。
光の謎の自信はいつものことであるが、やはり少し不安だ。
「ならいっそ、本部に行かないってのはどうスか? 僕たちだけでゴブリンどもをぶっ倒して、みんなを助けるってのは……流石に難しいっスよね」
救宇の言葉に、光は暗い顔をして答えた。
「えぇ。今の私たちだけじゃ明らかに戦力が足りないわ。ゴブリンストロングなんかと対峙したら、勝てる気がしないもの。それよりかは、本部が無事な可能性に賭けて、向かった方がいいわ。本部なら、WGSPの中でも優秀な団員がたくさんいるしね」
光は小さく息を吸って続ける。
「勿論、優秀な団員のいる本部に行ったとしても、どうにかなるとは限らないわ。既に本部が全滅してる可能性だってあるわけだし、そもそも本部の戦力をもってしてもゴブリンストロングや大量のゴブリンには敵わないかもしれない。ゴブリンをぶっ倒してみんなを助けることなんて、全然出来っこないかもしれない。――だけど、本部に行くのが唯一の希望だから」
光はそう言い終えると暗い面持ちのままどこか遠くを見つめた。
そんな光の手を、恒星は静かに握る。
「分かった。光を信じるよ」
光は恒星の顔を見ながら、手を握り返す。
そして、二人は視線を交わし、互いの名前を呼び合う。
「お二人ともお熱いところ申し訳ないのですが、ゴブリンの奴らやってきましたぜ。俺の力が火を噴くぜぽんぽーん」
救宇が指さす先、部屋に取り付けられた小窓の向こうには、大量の緑の影が映っていた。
「恒星、救宇、逃げるわよ」
光は呆然と窓の外を眺める恒星と、呑気にビスケットを齧り続ける救宇の手を引いて走り始めた。
光の先導で非常口から基地の外に出ると、そこには正面に一機のヘリコプターが鎮座していた。
これが光の言っていた、WGSPのヘリなのだろう。
周りを見渡せば右手と左手の両方から大量のゴブリンが追ってきていた。
「乗って」
光は恒星と救宇に先にヘリに乗るよう指示すると、群れから外れてすぐ後ろまで追ってきていた一体のゴブリンに向けて弾丸を放った。
恒星はその間に後席に乗車し、シートベルトを締める。
「これどうやって運転するんスか」
救宇は操縦席に乗った。だが、足が届かずアンチトルクペダル(足で操作する装置)を踏めていない。
何故、乗ったのだろうか。
「邪魔!」
恒星と救宇が乗り込んだことを確認し遅れてヘリに乗った光は、救宇を後席に追いやって、操縦席に腰を掛けた。
恒星はヘリの窓から外に視線を移すとそこには、先程よりも近い距離に先程よりも大量のゴブリンがいた。
恒星は迫るゴブリン達よりもさらに奥に目を向けた。こちらに向けた、嫌な視線を感じたからだ。
そして、目を向けた先には、広島では有名なおりづるタワーと同じくらいの巨大な緑の影があった。
「なんだ、あれは……」
直後、霧の奥から姿が顕現したと思えば、
『グァァァァァァァァァァ』
耳を劈く轟音が響く。
身体が反射的に耳を塞ぎ、そのあまりの音量に頭がズキズキと痛む。
「ゴブリンストロングね。スーツを着させておいて正解だったわ」
「あれが……ゴブリンストロング」
「でっけぇぇぇ」
恒星と救宇は初めて見るゴブリンストロングの姿に一瞬、目を奪われる。
だが、光に声を掛けられ、直ぐに我に返った。
「もしもそのスーツを着ていなかったら、今頃ヤツの転移攻撃をくらっていて、ここにはいなかったわよ」
「……マジ光さんナイスっス」
救宇が怯えた声でそう言う。
「光、まだか?」
再び窓の外に目を向ければ、ゴブリンどもは少しずつ距離を縮めてきていた。
早く出発しないと、攻撃されてしまう。
「ちょっと待って。電源は入ったんだけど、これどうやって飛び立つの」
光が手当たり次第にボタンをポチポチと押す。
「多少の勝手は分かるんじゃなかったのか? あ、そんな適当にボタン押すと……」
「じゃあどうしろって言うのよ。そんなに言うなら……アンタ操縦しなさいよ」
「無理だよってうわっ」
そうヘリの操縦に難儀していると、いつのまにか追い着いてきていたゴブリンどもがヘリの装甲を棍棒でガンガン叩いてきていた。
船と同様にヘリもWGSPのものだから他のヘリに比べれば頑丈なのだろうが、それでもこのままでは長くは持たない。
「恒星さん、光さん、喧嘩してる場合じゃないっスよ」
「でも……」
「光さん、飛行機とかはレバーを引いて操縦しますし、試してみてください」
「レバー?」
光は救宇の助言通り、操縦席に設置されていたレバーというレバーを片っ端から引いた。
すると、
「回った!」
プロペラが回り、ヘリが上昇を始めた。
地上のゴブリンが、どんどん小さくなっていく。
「やったわ!」
光はその瞬間、操縦桿から手を放して、歓喜の声を上げた。
「すごいじゃん光」
「光さんナイスです」
恒星と救宇は光に称賛の声を掛ける。
「救宇の助言のお陰よ」
「本当だな。ナイス救宇」
「いやぁ、それほどでもー」
ヘリが飛び立ったことに歓喜する三人だったが……直後、機体は空気を読まず、急降下を開始した。
機体の角度は徐々に垂直に近づいていき、地面に向かって前部から激突しようとしていた。
「落ちてるぅぅぅ」
「え、ちょっと! どうして!?」
「光、操縦桿!」
「あ!」
機体の角度は垂直に近づき、このまま地面に激突する……。
その寸前のところで機体は上昇を始めた。
「危なかった」
「光?」
「光さん?」
「ごめん二人とも」
取り敢えず、危機は去った。そう思った二人だったが、本当の地獄はこれからだった。
「うわァァァアアア」
「死にますゥゥゥウウウ」
光の慣れない操縦により、ヘリは乱高下を繰り返し、何度も墜落の危機を迎えることとなった。
時には海面すれすれを走り、またある時には急上昇からの急降下でシートベルトを装着しているにも関わらず身体のありとあらゆるところが壁と激突したり、また時には対馬最高峰の矢立山に正面から突っ込みそうになったり。
その地獄は、二時間弱続いた。
吐いたゲロは、恒星二回、救宇三回の合計五回。死んだと思った回数は二人合わせて一〇〇回を優に超えた。
そんな地獄を味わいながらも、三人は命からがら朝鮮半島に辿り着いた。
・・・・・・
「クソッ、また逃がした。すばしっこい」
魔石を眺めていた女は、何者かの気配を感じ後ろを振り返る。
だが、そこにあるのは普段と変わらず暗闇だけだった。
女は再び魔石に視線を移した。
「まぁいいわ。行く場所は分かっているのよ」
女は小さく息を吸い、ニヤリと笑みを浮かべながら言った。
「光、観念なさい。私から恒星を奪ったことを、後悔させてやるわ」
二週間ぶりの投稿です。本当に申し訳ございません。言い訳をするつもりは一切ございません。ただの怠惰なので。次はもっと早く、できれば水曜日までには投稿できるように頑張ります。
一応補足
あの夜、恒星と光は何もしていません。ただ互いの温もりを肌で感じながら眠っただけです。では




