第五話 長い夜の決意
「すみません、待たせちゃって」
風呂上りで先程とは違い、青いパジャマを着た救宇がそう言いながら、既に恒星と光が着席しているダイニングテーブルに着く。
着いた席は奥側。恒星と光が先に手前の席に並んで着いていたためだ。
「おう、じゃあ食べようぜ」
机上の真ん中には所謂ジビエが鎮座している。
このジビエは恒星と光が入浴中に救宇が作ったもので、保存していた鹿肉を燻製にしたものだそうだ。
救宇が入浴から戻ってきた時には既に机上に並んでいたのは、恒星と光がせめてこれくらいは、と行動したからだ。
「「「いただきます」」」
恒星は、机の真ん中に置かれたジビエをフォークで一枚とって自身の口に運ぶ。
「うまっ」
大抵、ジビエ(鹿肉)には多かれ少なかれ臭みがあったりするものだ。
だが、このジビエにはそういったものが何一つとしてなかった。肉は柔らかく、言われなければ鹿肉だとは気付かないレベルだ。
光も同じ様なことを思ったのだろう。
フォークでジビエを口に運ぶたびに小さく笑みを浮かべている。
「気に入って貰えたならよかったです」
救宇は二人の顔を見ながら呟くと、自分もフォークでジビエを一枚とって口に運んだ。
ジビエはあっという間に完食してしまった。
単に味が良かったからというだけではなく、恒星と光が昼に何も食べていないということも原因としてあるだろう。
救宇は、五人分作ったんですけど、と微苦笑していた。
「それで、これからなんだけど」
光がティッシュで口を拭いながら口火を切った。
「明日、早く起きて日本基地に行くってことでいいのよね?」
恒星と救宇は静かに頷く。
「それで、もしも日本基地から本部と通信ができなかったら、日本基地にある船で韓国の釜山まで渡って、そこから韓国基地のある仁川まで車で移動。その後は韓国基地の船で中国基地のある天津へと向かおうと思うわ。そこで今は中国基地に出張でいるはずの、WGSP日本基地基地長にして私の直属の上司であるku-suke(空助)と合流。そっから先は空助と一緒に車か何かでモンゴルのゴビ砂漠にある本部基地へと向かおうと思うわ」
「なるほど」
「ただ、懸念点が二つあって……。一つは釜山まで無事に渡れるのかってこと。船が使える状態なのか分からないからね……」
「二つ目は?」
恒星が急かすように訊くと、光は神妙な面持ちをして続けた。
「空助が無事かどうかってこと。空助はWGSPの中でも一、二を争う程の腕前を持っているわ。スーツも着ているはずだし、そう簡単にはやられないと思うの。……とはいえ、慣れない土地で、大量のゴブリンに襲われたらそれも分からない。空助がもしもやられていたら、多分本部までは辿り着けないわ。私、本部には殆ど行ったことがなくて、ゴビ砂漠のどこにあるのか、正確な場所を知らないのよ。空助なら歴も長いし、役職的にも知ってると思うんだけど」
「空助さんって人以外の中国基地や韓国基地にいる団員に道案内を頼むってのは?」
「確かに空助以外にも本部基地の場所を知っている人はいるだろうから、もし無事だって言うならそれでも良いわ。だけど、基地の最高戦力である空助がやられているなら他の団員だって無事じゃないと思うわ。後、韓国基地に関しては規模が小さいから、もう既に全滅してると思うわね」
「なるほど」
光の話を聞く限り、現状、相当厳しい状況にあるのは間違いないようだ。
本部に辿り着くだけでも難易度が高く、何か一つ嚙み合わなければ、そこでアウトなのだろう。
「取り敢えず明日は早いし、もう寝ましょう」
時計の針は八時を回ったところだった。
普段ならこの時間はネッ友とバトルナイトを楽しんでいるのだが、今日に関しては当然例外だ。
光の言う通り、もう眠るべきだろう。
「お二人の部屋を一つずつ用意してくるので、ちょっと待ってて……」
救宇の言葉を切って光が言った。
「ありがとう。でも、一部屋でいいわ。恒星、一緒の部屋でもいいわよね?」
「…………え?」
・・・・・・
恒星は部屋の照明を消して、救宇が用意してくれた布団に寝転がる。
「そういえば、恒星と二人で寝るのは初めてね」
心臓がバクバクと音を鳴らす。
――光が、恒星の直ぐ隣の布団で寝ているからだ。
二人で一緒に寝るなんてこと、付き合っていた時でもなかった。
就寝前だというのに、身体中から変な汗が滲み出てくる。
「あぁ、そうだな」
恒星は震えた声で返す。
光は少し、時間を空けて言った。
「恒星、明後日は私たち二人の誕生日だって覚えてる?」
「あぁ、勿論だ。今でも毎年カレンダーに書いているよ」
恒星と光の誕生日は八月三一日で、二人共同じ日だ。
それが発覚した時は二人して、それはそれは驚いたものだ。
――でも一体、なんでその話を今するのだろうか。
そんな疑問を恒星が口にする前に、光は口を開いた。
「恒星、何で悲鳴が聞こえて救宇を助けに行った時、着いてきたの?」
「それは……」
もしかして、着いてきてはいけなかったのだろうか。
恒星が着いていかなければ、もっとスムーズに救宇を救出することができたのだろうか。
考えてみれば、光なら一人で救宇を助け出すことだって可能だったのかもしれない。
――足手纏いになってしまったのだろうか。
「光が俺を助けてくれたように、俺も救宇を助けなきゃって思って……。ごめん。光一人でも救宇を助けることはできたよな。もしかして、足手纏いだったか?」
恒星の問いに、光は明確に否定をした。
「いや、そんなことないわよ。恒星が一緒に来てくれて、凄く助かったわ。恒星が囮役をやってくれなかったら、車で救宇を無事に助け出すことはできなかったと思う。本当にありがとう」
光の言葉に恒星は少し頬を赤らめるが、部屋は暗闇に包まれていて、それが光にバレることはない。
「そうか。足手纏いになってなかったならよかったよ」
暫しの沈黙。
恒星の耳には台風がゴーゴーと吹き荒れる外の音が入っていない。
故に、恒星はそれが完全な静寂だと感じている。
強いて聞こえる物を挙げるとすれば、ドクンドクンと今にも破裂しそうなほど激しく鼓動する己の心臓の音だけだ。
「ねぇ」
恒星は静寂に耐え切れず、口を開いた。
「今更だけど光は何でWGSPに所属しているの?」
本当に今更な質問だ。
本来ならば、邂逅して直ぐにでもするべき質問なのだろうが、恒星はすっかり忘れてしまっていた。
「少しだけ長くなるけど、いい?」
「うん」
光は一泊置いてから語り始めた。
「恒星と別れた後、私はアメリカの高校に転入して、最初は普通に生活を送っていたの」
光がアメリカに行ったまでは恒星も知っている。
確か親の仕事の都合とかだったはずだ。
「それで、二年くらい経った頃、家族でバーベキュー場に行ったの。ほら、アメリカと言ったらやっぱりバーベキューじゃない? で、そのバーベキュー場でゴブリンに襲われて……」
「マジか……大丈夫だったのか?」
「なんとかね。護身用として持っていた銃でゴブリン達を撃退できたから。でも、そしたらゴブリン発生の報を受けて駆けつけてきたWGSPの人たちにスカウトされちゃって」
「それで、WGSPの団員になったってこと?」
「えぇ、そうよ」
何と言うべきか……凄い経緯だ。
恒星が同じ状況に直面したら、冷静にゴブリンを倒すことなんかできないだろう。
精々逃げ切れるかどうかといった所だ。
「凄いな、光は……」
恒星が感嘆の声を上げると、直ぐに光がそれを否定した。
「全然、凄くなんてないわよ。現に今だって……本当はWGSPの団員として私がゴブリンどもをどうにかしないといけないのに、何もできてない。恒星にも沢山迷惑かけてるわ。……ほんと、ごめん」
光の声は、言葉を紡いでいくごとにトーンが下がり、沈んだ声音へと変わっていく。
「いや!」
恒星は気付けば、声が出ていた。
「仕方……ないよ。俺だって、まだ全部状況が飲み込めてるわけじゃないけど、それでも、今回のゴブリンの襲撃が光一人でどうにか出来る問題じゃないのは分かる。光は悪くない。むしろ、俺の方こそ……頼りなくて……」
再び静寂が空間を支配する。
恒星自身、まだ全部どころか半分も状況が飲み込めていない。
ゴブリンが急に世界中に襲来してきて、沢山の人が連れ去られて、沢山の人が殺されて、沢山の街が壊されて、そして実際に襲われて……こんなの、経った半日で状況が全て飲み込めるわけがない。
それでも、光のせいじゃないことは分かる。
例え、光が幾ら強くても、WGSPの団員として最善の行動を取っていたとしても、ゴブリンの襲撃を止めることは叶わなかっただろう。
だから恒星としては光に、あんまり自分を責めないで、と言いたい。
「……ねぇ、恒星」
光が小さく言った。
その声には不安や悲しみ等、複数のマイナスな気持ちが含まれているように思えた。
「私、これからどうすればいいのかな。お父さんもお母さんも行方不明だし、それどころか地球上にはゴブリンばかりでもう殆ど人がいない。みんなゴブリンに連れ去られちゃった。大丈夫なのかな。私、自信ない……ってごめんね。本当は私が頑張らないといけないのに、恒星を不安にさせるようなことを言って……」
「……」
光の言葉に、恒星は何の言葉も返すことが出来なかった。
――大丈夫。
そう返せたら、どんなに楽だろうか。
恒星はWGSPの団員でも何でもないただの一般人だ。
そんな気休めにしかならない、何の根拠もない言葉など吐くことはできない。
そんな言葉を吐いてしまっては、あまりに無責任すぎる。
「恒星は強いね」
光の半ば呟きのような言葉に、恒星は慌てて否定する。
「いやいや、そんなことないよ。光に助けてもらっちゃったし、その後だって光に頼りっぱなしで、男らしくなくて、だから強くなんか……」
「大丈夫、恒星が男らしくないのは知ってるから」
「もぅ。それで、凄く弱くて、俺自身、不安でいっぱいで……」
いつの間にか、恒星の目には涙が溢れてきていた。
「今は俺、状況を飲み込めてなくて、光に頼りっぱなしで、これからも頼りっぱなしだろうけど、俺、頑張るから。ゴブリンを倒して、光の両親も、俺の両親も、救宇の両親も、世界中のみんなも、助けるために頑張るから。だから、今は、俺と一緒に頑張ろう。それと……光は悪くない。……あんまり自分を、責めないでくれ」
恒星がそこまで言うと、いつの間にか布団に潜り込んできていた光にギュッと抱きしめられた。
多少驚きつつも、恒星も静かに抱きしめ返した。
互いの身体の温もりが、互いの心を温める。
恒星はなにも発さず己の拳をギュッと握って、決意。
――光を守ろう
・・・・・・
空風救宇は一人、暗闇に包まれる部屋で泣いていた。
「お父さん、お母さん……」
光曰く、両親はゴブリンに連れ去られてしまった。
その事実が再び、一人になった救宇の心を抉っていく。
そして、頭に浮かぶのは二人のこと。
恒星と光だ。
二人の年齢は十七歳だと言っていた。日本で言えばまだ高校生だ。
対する救宇は外見こそ幼いが、二年前に成人を迎えた立派な大人。
救宇は、二人に助けてもらった後、ずっと泣いていた。
まるで子供の様に。ギャーギャーと。
――それで、いいのだろうか。
家に着いてからは、もう迷惑をかけまいと、もう心配はかけまいと、どうにか助けてもらった恩を返そうと、キャラを作った。
普段の自分とはかけ離れた、出来る男のキャラを。
ただ、その程度では足りない。
恐らく救宇はこれから、二人に同行することになるのだろう。
あの二人が救宇を見捨てていくとは思えない。
だとすれば、救宇は必ずどこかで迷惑をかけてしまうはず。
そして、救宇は思う。
――ならばせめて、心配だけはかけさせない。
救宇は決意する。
これからは、今までのように泣いてばかりいるんじゃなくて、明るく振舞う。キャラを作るのだ。元気で、明るいキャラを。
そうすれば、もう心配をかけることはあるまい。
恩を返す方法は……後々考えることにする。
そして、
――絶対に両親を助ける
救宇は静かに光から貰ったハンカチで涙を拭って、瞼を閉じた。
・・・・・・
翌朝。
終夜光はかけておいた電池式の目覚まし時計を止めて、身体を起こす。
そして、ドアの近くに設置された照明のボタンを押すと、なんとも寝相の酷い恒星の姿が視界に入ってきた。
恒星は、腹を出しながら、某六つ子アニメに出てくるシェー‼ の体勢をしていた。寝ている位置も、布団ではなく床だ。
どうやったらこうなるのか、光には分からない。
だが、そんな恒星の姿が光にはなんとも愛おしく感じた。
そして、暫く光がにやにやしながら恒星をわざと起こさずに眺めていると、急にドアの向こうからドタドタという騒がしい足音が聞こえてきた、
足音はみるみる内に大きくなり、少しして止まったかと思えば勢いよくドアが開いた。
「大変っス! 家の中に、ゴブリンが!」
光は愛銃を腰に掛け、布団の横に畳んでおいた対ゴブリンスーツと、未だ目を覚まさない恒星をそれぞれ脇で抱えながら、救宇の後を追って家中を走った。
「玄関はダメっス。裏口から逃げましょう」
最初は玄関に向かったのだが、そこには大量の緑の陰。
仕方なく、救宇の先導でキッチンの近くにある裏口へと向かう。
光が廊下を走りながら後ろを振り向けば、大量のゴブリンが追ってきていた。
視界に入るだけで十体、いや二〇体はいるだろう。
「ここです」
裏口に辿り着き、救宇がドアを開けて外に出る。
再び後ろを振り向くと、先程よりも緑の陰が近くに。数も明らかに増えている。
「起きて、恒星」
光は己の脇ですやすやと眠る恒星の頭をべちべち叩くも、一向に起きる様子を見せない。
「車はあっち」
光が叫ぶ。
乗ってきたワゴンに乗って逃げようと思ってのことだ。
だがそれは直ぐに救宇によって切り捨てられる。
「ダメです!」
光が指をさした方向には既にゴブリンが大量に鎮座していた。
これではワゴンまで辿り着けない。諦めるしかないだろう。
「クソッ、どうすれば……」
光の嘆きを聞いた救宇が言う。
「……うちの軽トラを使いましょう。こっちっス」
光はべちゃり、と棍棒を振り上げてきた一体のゴブリンを愛銃で撃破し、救宇の後を追って走る。
幸い、救宇の向かう方向にはゴブリンはいないようだ。それに、見た感じどこにもゴブリンストロングは発生していない。
「これっス」
少し走ると、砂利で構成された地面の上に軽トラが鎮座していた。
救宇は運転席に乗り込み、光は恒星を抱えたまま共に荷台に乗る。
ゴブリン達が荷台の光と恒星を襲おうとしてくるが、光が銃で応戦。
その間に軽トラは救宇の手によって発進した。
「このまま山を抜けて麓の街まで行ってちょうだい。そこで運転を変わるわ。日本基地まで向かっちゃいましょう」
「了解っス」
救宇の運転する軽トラは、台風の影響でぬかるむ山道を猛スピードで走り抜けていった。
・・・・・・
「あら、逃げられちゃったわ」
薄暗く他に誰もいない空間で一人、紅く煌めく大きな魔石を覗きながら、青髪の女は呟く。
「スーツを着ていなかったようだし、大人しくゴブリンストロングを送り込んでおけばよかったわ」
女は魔石を愛撫する。まるで愛する人の頬にする様に。
「もう、魔石も少ない。次で片を付けるわ」
女は最後に、こう呟いた。
「恒星、愛してるわ」
書いていて、恒星と光のイチャイチャ具合に少し腹が立ってきました。
次はもうちょい早く投稿したいです。




