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通過点

作者: 泉田清
掲載日:2025/11/11

 ピッ!外階段の踊り場から、スマートキーでマイカーの鍵をロックする。こんな当たり前のことが不思議に思われた。一体どんな仕組みで鍵がかかるのか、我々はそれを知らずとも毎日利用している。誰もが気にも留めてない。不思議に思うのは自分自身に何かが足りないからだ、現代人としての。ガチャリ。スマートキーの隣にある、小さなカギを差し込み、回転させ、ドアを開けた。薄暗闇のアパートの部屋が私を待ち受けていた。


 出かける前。外廊下で消防団員とすれ違った。「あれ○○君、オレが誰だかわかる?」メガネのやせ細った男に声をかけられる。「どうも、××さんですよね」。××さん、は同級生の兄だった。彼は火災予防のチラシを渡して去っていった。彼の顔を見たのは実に十年ぶりだ。十年前、コンビニでバッタリ出くわした時もやはり「誰だかわかる?」と聞いてきた。同級生とは卒業以来会ってない。同級生の兄は私をどう思っているのだろう。私は何とも思ってない。


 午後。田圃道をマイカーで走る。稲刈り後の、野焼きが遠くに見えた。窓を開ける。煙が入ってくる。すぐ窓を閉めた。

 野焼きは禁止された、野焼きは環境破壊につながる、何年も前に見聞きしたはずだ。田圃にはまだ農作業をしている人、農作業車がいくつか見える。この田園地帯で農家でない者は愚か者に思えてくる。私は会社員だ。会社員が田園地帯に住む必要はないではないか。野焼きは消防団としては見過ごせるものなのだろうか、同級生の兄は農家を営んでいる。牛も飼っている。同級生の家に遊びに行くといつも、臭いな、と思っていた。


 田園地帯にもアパートはある。特に駅周辺では。ファミリーレストランがあって、コインランドリーもある。

 徒歩で駅に向かっていた時。杖をついた老婆とすれ違った。すぐ後ろには新築のアパートがあった。老婆はアパートに住んでいるのだろうか。振り返り、老婆の行き先を見守る。老婆はアパートを通り過ぎた。何処まで歩いていくのだろう。

 ガチャリ。アパートの外階段を上ろうとしたら、一階の住人がドアを開けた。「こんにちは」、「どうも」。お互い名前も知らない。階段を上っていくと、彼の禿げ頭が眼下にあった。50代から60代といったところ。とすれば、私もあと十年はここに住んでいてもいい。私はそれを望んでいる。


 日曜日の新聞が楽しみだ。書評が載っているから。コンビニで新聞を買い、駐車場で缶コーヒーを飲みながら、新聞を広げる。新刊本はどれもつまらないものだった。ガッカリする。「ガッカリ」するためにわざわざ新聞を買っているのかもしれない。私にとってギャンブルみたいなものだ。ギャンブルは勝っても負けても楽しい。

 「火渡り祭開催」。思わぬ情報に出くわす事もある。メガネの修験者姿の男が、火炎の上を渡る写真が載っている。こんな祭りがあるのかと感心した、しかも隣町で。写真を見ればみるほと、修験者が××さんに見えてきた。本人かもしれない。消防団員が火を扱う祭事の監督をする、そのうちお前も火炎を渡れといわれる、ありそうな話だ。


 高架橋を渡ると、アパートが見えてくる。買い出しに行って、コインランドリーに行って、ラーメン屋に行って、日曜日のドライブは終わり。高架橋からは遠い山が見えた。紅葉が始まっているはずだ。温泉街からは湯気が立ち上り、硫黄の臭いがするのだ。一二か月後にはスキーシーズンになる。夜になるとスキー場がライトアップされ、こんな遠くからでも目にできる。わざわざ夜に滑りにいくなんて。いや、昼間でもスキーをするつもりはない。スキーヤーは夜でも滑りたいのだ。スキー場のある遠い山の上に、白い月が出ていた。今はまだ昼過ぎだ。

 高架橋を渡り切った。アパートまであと少し。私の日曜日は間もなく終わる。帰ったら昼寝をして、明日の準備をして、飯の支度をして、寝て起きたら月曜日。

 そうだ、買い忘れたものがあった、そのままアパートを通り過ぎ、近くのドラッグストアへ向かうのだった。

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