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探しもの

作者: サカキキ

 「車で4時間……なかなかの距離だったな……」


 そろそろ梅雨が明けようという日曜日、俺は家から少し離れたとある観光地に足を運んでいた。


「大人1人、お願いします」


「まいど。300円だよ」


 観光地とはいっても一般にイメージされるような観光客でごった返しているような場所ではなく、地元の人でも滅多に訪れないような「自称観光地」という蔑称がよく似合う場所だった。


「どうぞごゆっくりー」


 入口で渡されたパンフレット曰く、「ここにはかつて集落があって、その形跡が見られるのが歴史的価値がある」ということらしい。確かにこの場所の雰囲気も、歴史マニアなら喜びそうな感じはある。

 しかし生憎俺はそういった部類の人間ではない。そもそもそんなことは知らずにこの場所に来たし、知ったところで驚きも感動もしない。俺はただ静かな場所で一人の時間を謳歌したいがために、わざわざ貴重な休日を使ってこの辺鄙な地に足を運んでいたのだった。




 暦の上ではもう夏になるが、場所自体が山の上の方にあるということで気温は幾分か低かった。街の中心部から遠く離れたこの場所は空気も澄んでいて、平日の間に肺に溜まった淀んだ空気を全て取り替えてくれる。

 前日まで降っていた雨のせいでかなりじっとりとはしているが、それでも喧騒の中に居るよりはずっと心地が良かった。


「ああ、パンフレットに載ってたのはここか」


 僅かに雑草が薄くなっている部分を辿って歩いていると、自然のものと呼ぶには少し不自然な景観に出会った。人工的に切り出されたであろう大きめの石がいくつか並び、複数個が集まって並べられているところは家の跡に見えなくもなかった。

 歴史家からすれば価値のある光景かもしれないが、知識も興味もない俺からすれば感動を覚えるようなものではない。この場所を観光客が訪れない理由を悟りながら、俺は敷地の更に奥へと足を進めた。




 「お、かなり奥まで行けるんだな」


 入り口から続く順路と思しきものは森へと続いていた。森の中に入ると道には僅かに舗装の形跡も見られ、先程までより幾分か辿りやすくなっている。

 とはいえこんな場所まではなかなか手入れも行き届かないようで、道の大半は落ち葉に覆われてしまっていた。


「ん、これは池……いや、どちらかといえば沼……か?」


 森に入ってしばらく進むと、道は水辺の縁に沿って湾曲しながら続いていた。


「しかしこれ……俗に言う『死んでる水』ってヤツだな。透き通っていればかなり綺麗なんだろうが……」


 昨日までの雨のせいか、はたまた常にこうなのかは分からないが、見えてきた沼の水はお世辞にも綺麗とは言えないものだった。濁った水のせいで底を見ることはできなかったが、かなり深いであろうことは容易に想像できた。


「また晴れてる日にでも来てみるか。少しは水質もマシだろう」


 特に綺麗というわけでもなく、何も珍しいものはなく。しかしその場所が、俺はなんとなく気になった。




 「おお、これはなかなか……」


 入り口から歩き始めて30分ほど。森を抜けて再び開けた場所に出ると、お世辞抜きで「綺麗だ」と思える景色が広がっていた。最小限の休憩所だけが設けられたその場所からは大きな湖を見下ろすことができ、雄大なそれは雨上がりの今日でも美しい青色を俺の目に届けた。


「昼飯を持ってきたのは正解だったな」


 アクセスの悪さと奥まった立地から、その場所は貸し切り同然となっていた。一人の時間を満喫するつもりだった俺からすれば願ってもない話である。俺はここに来る途中でコンビニで買っていたおにぎりやデザート、コーヒーを休憩所の机の上に並べ、美しい景色を堪能しながら優雅な昼食を楽しんだ。




 「お、人だ」


 昼食後にもしばらく景色を楽しみ、日が僅かに西に傾き始めた頃に俺は元来た道を戻り始めた。再び森に入り、葉に覆われた道を辿って歩いていく。そうして行きに立ち止まった沼まで戻ってくると、沼の縁にしゃがみこんだ1人の男の姿が目に入った。五十代くらいのその男は、じっと茶色い水面を見つめている。


「どうかされたんですか?」


 普段の俺なら特に気にすることもなく横を通り過ぎるところなのだが、今日は何故か足が止まった。雰囲気、と表現するのが近いだろうか。その男が纏う不思議な何かに誘われるように、俺は彼に声をかけていた。


「……少し探しものを」


 男が水面から視線を離すことなく答える。男の体は静止画のように微動だにせず、故にその中で唯一動いている口元が、妙に動きを強調されて見えた。


「よければお手伝いしますよ」


 我ながら「らしくないな」と思った。普段の俺なら見ず知らずの人を気にかけることなど絶対にしない。しかしこのときの俺は、何かに導かれるように男に話しかけていた。


「大丈夫です。お気になさらず」


 男は尚も動かずに答える。水面をじっと見つめる男は視線を揺らすこともせず、音を発するための口だけが動いていた。


「先月、代わりのものを用意してみたんですがね。どうやら人のものでは駄目なようで。自分のものでなければ意味がないようです」


「は、はぁ……」


 男の発する言葉の意味は全く分からなかった。ただその表情と雰囲気から、男が冗談を言っているのではないことだけは分かった。


「あなたもお気をつけください。なくさないように」


「は、はい。ありがとうございます……」


 男にそう言って送り出された俺は、再び水辺の脇にある道を歩いて入り口へと戻り始めた。水辺が見えなくなる直前にふと後ろを振り返ると、男は変わらずじっと水面を見つめていた。




 「ありがとうございました」


 森を抜け、俺は特にどこに立ち寄ることもなく入り口に戻ってきていた。男のことは少し気になっていたが、これ以上彼に干渉するのも違うなと感じていた。


「いやぁ、お客さんも物好きだね。こんな場所にわざわざ来るなんて」


 敷地から出る直前、管理人と思しき人に声をかけられた。


「ええまあ、静かな場所が好きなもので。いい場所ですね、ここ。個人的には独特の空気感も好みでした。ネットで偶然見つけただけですけど、こんなにいい場所だとは思ってませんでしたよ」


「そんなに評価してもらえるとは嬉しいよ。いやほんと、久しぶりのお客さんだったからねぇ。中、貸し切りだったでしょ」


 管理人が楽しそうに笑う。元々話好きな性格なのか、水を得た魚のように生き生きとしていた。


「そうですね。まあ、個人的には静かなのが好きなのでありがたかったですけど」


「はっはっは。お客さんに喜んでもらえるなら、貸し切り同然ってのも悪くないかもねぇ。ま、せめて黒字にはなってほしいもんだが」


 そう苦笑混じりに話す表情に、悲壮感は感じられない。貯金があるのか別の収入源があるのか、ともかくこの場所の運営は趣味程度のもののようだ。


「ま、今後も贔屓に頼むよ! アンタがここのとこ唯一のお客さんだからねぇ」


 そう言って管理人は俺に大きく手を振った。客が来たことがよほど嬉しかったのか、管理人室から出て俺の車が見えなくなるまで見送ってくれた。


唯一の(・・・)客……?」


 管理人の言葉に違和感を感じながら、俺はまた日常の待つ街へと車を走らせた。




 休日を惰性で過ごそうが充実させようが、否が応でも日常は戻ってくる。いつもは休日を経てある程度スッキリして通勤する俺だが、今週はあの場所での出来事に対する違和感を抱きながら仕事をしていた。


「なーんか疲れてるっすね、センパイ。可愛い後輩が癒してあげましょうか?」


 そう声をかけてきたのは、会社で俺が教育係を担当していた篠崎(しのざき)だった。


「ああ、篠崎か」


「それで、どうしたんすか? 週末に彼女にでもフラれました?」


「バカ言え。居もしない彼女にどうやってフラれるんだ」


「確かに、それもそうっすね」


 篠崎がケラケラと笑う。彼女は俺が教育係をしていた頃に懐いてくれたようで、今でもこうして俺に話しかけてくれている。


「で、何かあったんすか?」


「ああいや、週末にちょっと奇妙なことがあってな」


「なんすか、オカルト的なやつっすか?」


「違う違う、そういうんじゃない。ネットで偶然見つけた小さな観光地に行ってきたんだが、そこでちょっと変わった男に会ってな。ああほら、ここだよ」


 俺はスマホで件の観光地のホームページを見せながら、篠崎に男と不思議な会話をしたことを話した。オカルト好きな彼女は、俺の話を興味津々で聞いていた。


「え、いやそれ普通にオカルトじゃないっすか」


「いやそれは早計だろう。確かに不思議な人だったが、幽霊というわけでもあるまいし」


「いやぁ、心霊スポットでそんな人に会ったら、幽霊って考えるのが自然じゃないっすか?」


「心霊スポット? どういうことだ?」


 予想外の言葉に俺は首を傾げる。確かにやけに人が少ないなとは思ったが、心霊スポットというのは初耳だった。


「センパイ知りません? その場所、3ヶ月くらい前に男性が亡くなったんすよ。割と話題になってましたよ?」


 どうやらあの場所は心霊スポットとして有名なようで、特に篠崎たちオカルト好きの間では有名らしかった。3ヶ月前の事故については、小さなニュースにもなったらしい。


「でも以外っす。センパイも心霊スポットとか興味あったんすね。わざわざ忍び込んでまでそこに行くなんて」


「そんなわけないだろ。俺は普通に観光に行っただけだ」


「え?」


「なんだその顔は。観光地に観光に行くのは自然だろう?」


「いやセンパイ、何言ってんすか?」




「その場所、先月から封鎖されてますよ? 確か、男性に続いて管理人の方も沼に落ちて亡くなったとかで」

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