赦し
「神に祈れば、救われる」
そんな都合の良い事、起こる訳が無い。
あまり知られていない事実だが、マギカ王国の王女は厳密には4人居る。末っ子が両親と違って黒髪黒目なのが不吉だ、という事で幽閉されている。どうして私がそれを知っているのか、って?答えは単純。私がその末っ子だから。
生まれた時からハードモード。私を表すなら、きっとこう。
ず〜〜〜っと地下牢に閉じ込められて、時々使用人や姉たちが虐めてくる。生まれた時はまだ地上で育ててくれてたけど、それでも扱いはマトモではなかった。12歳の魔術適性検査で闇と霊に適性がある事が発覚した瞬間に、私のこの境遇は確定した。
どうしてパンと水が今でも支給されているのか、とても不思議だ。ストレス発散道具を殺さない為か?それなら野菜と肉を所望する、生ゴミと干し肉の切れ端でも良いから。その方が質の良い道具になるからねぇ。
ははは、はは…はぁ、何考えてるんだろ。馬鹿馬鹿しい。
っと、ヤバいヤバい。そろそろ姉共が来る。従順なふりしとかないと多分ぶっ殺される。
………
数時間待っても、来ない。
……………
数日待っても、来ない。
流石に腹の虫が五月蝿いから、闇魔法で格子をぶっ壊す。脱獄成功。地上に出ようとするも、何かおかしい。明るすぎ―――
「…え?」
…地下牢から出たら、そこは更地だった。はて、後ろで何かが崩れる音がしたと思えば、地下牢の天井が崩れ落ちる音だった。鉄格子が最後の支えだったのだろうか。
それから情報収集をした結果、どうやら教会が抱えていた聖女が暴走したらしい。確か、教会は王家とドロドロに結び付いていたような。権威欲しさに長男と聖女を結婚させようとしていたとか。平民だと都合が悪いから、神託を捻じ曲げた魔女だったって事にしようとしたら、痛めつけすぎたようだ。
「…酷い。いや、身内のしでかした事だから、他人事に出来ないのだが」
更に聞いてみると、どうやら隣のシエンサ帝国で幸せに暮らしているようだ。謝罪に行きたいが、邪魔するのは悪いな。
暫く聞いて回ったが、時々王家の滅亡を喜ぶような声もあった。あいつら、権力をフル活用して好き勝手していたらしい。
「…やることは決まった」
城の地下室を漁って、金か或いは金になるものを掘り出す。
「小屋を建ててほしい。場所は任せるが、見晴らしの良い場所が…え、更地の所が捨て値価格?そこで頼む。小屋は最低限、雨風を凌げれば良い。………こんな立派なものじゃなくて大丈夫だ。金はこれくらいでどうだ?え、これだけで充分?そうか。あ、釣りは要らない」
「人を数人雇いたい。最低限読み書きが出来る者…奴隷の方が安いのか。紹介してくれ。紹介料は払う。いや、受け取ってくれ。確かに私は元王家だが、有って無かったようなものだ。あ、あと誰かを護衛しながら魔物を1人で倒せる者も1人雇いたい」
「ペンとインクを10セット、紙を1000枚頼む。チラシに丁度いいやつ。え、まとめ買い価格?いや、通常価格で良い」
「定期的にパンを納品して欲しい。量産が1番楽なもので良い。道中には護衛を付ける。料金はこれくらいだ。高すぎる?いやいや、国の立て直しには必要なモノなんだよ、食料は。ここのパンにはこの額以上の価値がある」
私には金の価値がよく分からない。けれどそれで良かった。金貨を雑に大量に出しておけば大抵の事は何とかなるのだから。
「ノア様、ベーカリーからのご厚意でクッキーを頂きました!政務の合間にでもどうぞ、だそうです!」
「そうか、良かったな。皆で美味しく食べろよ」
「あの…ノア様は?」
「私はいい。残念ながらクッキーはあまり好きではないんだ」
(…買い出しの時、クッキーを羨ましそうに見ていた筈だけど…)
「ノア様、製紙場から取引の価格引き下げのお知らせが来ました!今までよりも安いコストで作れるようになったそうです!」
「どれくらい下がる見込みだ?」
「1枚辺り半額になり、更に大量購入値引きで4割減るのは据え置きなので………」
「減税が必要になるな。1人あたりざっと………」
「え…ええ?」
民というのは不思議な生き物だ。
本来憎悪を向ける対象である筈の私に対し少なくとも見かけ上は優しい事をしてくる。
しかし裏に何があるか分かったものではない。もしかしたらクッキーに猛毒が仕込まれているかもしれないし、製紙場が「値下げを強要された」とデマを流すかもしれない。
決して、決して私が贅沢を毛嫌いしているからでは無い。絶対違う。断じて違う。
「…ノア様、何時までこの贖罪政治を続けるつもりですか?」
「私の気、が済むまでだよ…」
「お願いします、もうやめてください。御身体もボロボロじゃないですか。ここまで頑張ったのですから、少し贅沢したって罰は当たりません」
「へえ。それで贅沢…ケホッ…したクソ親父はどうなった?」
「それとこれとは別問題で………」
「ノア様、大変です!シエンサ帝国がこの国を取り込みに来ました!」
「本当か!何処に居る?」
「かつて処刑場があった辺りです!」
「遠くないな。今すぐっ、痛たた………行くぞ」
「私が現在マギカ王国の中で女王的地位に一応居る者だ…要件は王国の完全吸収か?それとも王国の殲滅か?」
「……………その前に貴女が酷くやつれている理由をお聞きしたいのだが」
「ノア様は前王の悪政、及び聖女様の件を知って酷く心を痛められました。腐っても身内の奴らがしでかした事だから、唯一の死に損ないたる私がそれを贖わなくてどうする、と仰り、今でも民の為に、そして、聖女に対しノア様曰く“意味の無い謝罪”を繰り返す為に…自己満足の為に、自身の身体をボロボロにしてまで、無茶な政治をしておられます」
「そ、そうか………要件は2つだ。1つ目は貴女も言っていた、王国の完全吸収」
「それについては民さえ丁寧に扱ってくれれば好きにして構わない」
「お、おぉ…意外とあっさりだなぁ…2つ目は君のスカウトだ。現在、聖女が帝都で診療所を「断る」まぁ最後まで聞いてくれ。その診療所なんだが、会計担当が欲しいみたいでな。言い方は悪いが君が丁度良いのではないかと思い「そんな事は無い」……………」
「そも、お前達はどうして聖女の苦しみの元凶の身内をスカウトしようとしている?」
「それは貴女の責任では無いだろう?」
「そうですよ!大体、ノア様は自分の事を蔑ろにしすぎです!」
「……………」
「「「……………」」」
「………はぁ。聖女には謝罪しに行く。その上で私は余生を聖女の望む処遇通りに過ごす。これが私の妥協案だ」
「……………分かった」
随分と渋ったな。今の何処に渋る要素があった?
診療所にて。
「あの…貴女の事をどう恨めと?」
「は?おま…貴女正気か?貴女を苦しめた王家の末裔だぞ?」
「それは貴女の責任ではないでしょう?貴女こそ正気ですか?」
ああ、またこの理論か………
「ノアさん、また徹夜しましたね?今日は寝てください」
「え、ああ、もう日が昇っていたのか。すまない、贖罪政治のリズムが抜けなくてね。ははは…」
プンスコという擬態語が似合いそうな様子の聖女に、私は怒られた。まぁ何と言うか、私の懸念は全て杞憂に終わった。
しかしいくらあちら側が許可したからって帝城の客室に泊まらせるのはやめてくれ。すごく落ち着かない。