第八話 ストレス発散
「じゃあね、マシュ!」
「また明日、ティルロット。あ、もし寮で何かされたらすぐに私に言うのよ? 変な気遣いは不要だからね」
「わかってるってば。もう、マシュは心配性なんだから〜」
授業が終わり、マシュリーと別れてティルロットは自寮へと戻る。
NMAは単位制なのだが、貧乏性ゆえせっかく授業受けられるなら受けられるだけ受けておけと欲張ったせいで、ティルロットは朝から晩まで授業を受けていて、この時間はいつもヘトヘトだった。
(宿題と復習済ませて予習して……そういえばジーナさんに新作メニュー作り頼まれてるから、勉強終わったら夜食作りもかねて食堂に行かないと)
ドンッ!
考えごとをしながら寮内を歩いていると、勢いよくぶつかられて尻餅をつくティルロット。
顔を上げればそこにはマーガレット、デイジー、パンジーといつものお花畑三人組がいた。
「邪魔!」
「私達が通ろうとしてるのに避けないだなんて」
「庶民のくせに、礼儀がなってないんじゃないの?」
(わざとぶつかってきたくせによく言う)
ティルロットはギュッと拳を握るも、反論せずに押し黙る。理不尽ではあるが、下手に口や手を出したら咎められるのは自分のほうだとわかっているからだ。
「そういえばこいつ、昨日シェザード王子に付きまとっていたらしいわよ? シェザード王子も庶民につきまとわれていい迷惑でしょうに」
「信じられないっ! 庶民がシェザード王子に取り入ろうなんて身の程を知りなさいっ!」
「そうよ。図々しい。あんたみたいな庶民の居場所なんかないんだから、早くNMAから出てってちょうだい」
「ほんっと、目障り! 今すぐ目の前から消えてほしいわ!」
見下ろされながらされる罵倒。
周りの生徒も冷めた目で見てきたり嘲笑したりとティルロットを助ける人などおらず、この状況を楽しんでいるようだった。
(何が楽しいんだか。暇な人達)
ティルロットは何も言わずにすくっと立ち上がると、そのまま自寮内のあてがわれた自室……物置小屋に入っていく。
後ろから何か投げつけられたが、すかさず避けると「バタン!」とティルロットは勢いよくドアを閉めると、すばやく扉に防衛魔法をかけるのだった。
◇
「はぁ、今日も散々な一日だった。いっつもいっつも飽きもせずに嫌がらせばっかり。いくら図太い私だって少しは傷つくんですけど。……でも、マシュには絶対に言えないし、こうなりゃやけ食いしてやるー!!」
深夜の食堂。
ティルロットは新作メニューの開発にかこつけて、やけ食いする気満々でこれでもかと大量の食事を作っていた。
「うーん、いい香り! 我ながらとっても美味しそうにできた」
深夜には似つかわしくない香ばしい匂いに食欲がそそる。見た目も肉の皮目はパリッと、肉汁はジューシーに溢れ、今すぐ齧りつきたいほど美味しそうな仕上がりになった。
「これでメイン五品か。うーん、もう一品作っちゃおうかな〜。でも、できたて食べたほうが美味しいし、なるべく熱いうちに食べたほうがいいよなぁ……」
肉や魚、野菜や卵などそれぞれの嗜好に合わせた新作メニューに合わせたメインを五品作り、一旦先に食べようかと悩むティルロット。
胃袋具合としてはまだこれ以上入るのだが、時間も時間だしと決めあぐねていた。
「ま、手軽なのもう一品作ればいっか。いっぱい食べて、いっぱい魔力溜めて、ストレス発散しないとね!」
すぐさま考えるのをやめ、食欲を優先するティルロット。同級生に絡まれたイライラは五品くらいじゃ発散できないと、さらにもう一品作ることにした。
早速、適当に野菜や肉を切って炒めていく。
「うんうん、これもいい感じ。すっごく美味しそう。……はぁ、せっかく美味しく作ったのに、一人で食べるのってちょっと寂しいな。でも、この時間に誰か誘うのもアレだし、そもそも誘えるような相手はマシュ以外いないからなぁ」
作りながら、独りごちるティルロット。
一人ぼっちのご飯は慣れていたはずなのに、ここのところ周りの当たりが強いせいか、ちょっと感傷気味だった。
「てか、私から話したわけでもないのにシェザード王子と話しただけで、何で庶民だなんだって貶されなきゃいけないのよ。別に玉の輿狙ってるわけでもないし、王子に特別な感情なんかないんだから、放っておいてくれればいいのに……っ」
元々庶民出のため嫌われ者である自覚はあったものの、シェザードと話しただけでその苛烈さが増すとは思わなかったティルロット。
ただでさえ学業だバイトだと疲れているのに、執拗な攻撃を受けて余計に疲れてしまっていた。
今までも大なり小なり嫌がらせはあったものの、頻度はそこまで多くはなかったのだが、昨日の一件のせいか今日は朝から晩まで執拗に攻撃され、普段はなるべくスルーしているティルロットも我慢の限界がきていた。
「マシュがいてくれなかったら、きっと心がぽっきり折れちゃってたかも。でも、マシュに言ったらすごい大騒ぎになるだろうしなぁ」
マシュリーの家であるベネット家は王族と繋がりがある公爵家というだけではなく、このNMAとも繋がりがあった。
というのも、NMAの創立者の一人にベネット家出身者がいるらしい。
そのため、マシュリーがティルロットの問題を実家に言えば、すぐさま加害者家族は退学処分になるのは確実だった。
だからこそ、ティルロットはマシュリーに知られたくはなかった。
「加害者側に変な大義名分持たせたらろくなことにならないしね」
もし、ティルロットが加害生徒を追放したとしたら、それこそ他の加害貴族が黙っていないだろう。より陰湿に、より狡猾に、ティルロットを貶めるに違いない。
(万が一、お母さんのほうにまで危害を加えられる可能性もあるし。……なら、まだ私にだけしか矛先が向かってないんだから、私が我慢すればいい)
イライラするとはいえ、まだ我慢できないほどではない。今だってイライラしてはいるものの、やけ食いさえしたら気持ちはスッキリする自信があった。
「よし、いい感じ! パンもちょうど焼けたし、食べよ〜っと!」
__ぐぅぅぅぅぅ〜!
「っ!?」
一通りの料理ができあがり、いそいそと料理が乗った皿を運んでいると、不意に近くから聞き慣れた大きな音が聞こえる。
それはどう考えても腹の虫の音だが、自分の腹から鳴ったものではない。
一瞬聞き間違いかとも思ったが、ほぼ無音の中で聞き間違えようがなく、ティルロットは状況を理解して青褪めた。
「だ、誰か、いるの?」
キョロキョロと周りを見回すも、誰も見当たらない。
けれど、未だにぐーぐーと大きく鳴り響く音。
「お、おばけ……? いや、まさかね。そんなものがいるわけがな」
「あの……」
「きゃああああああああああ……ふがっ!!」
不意に至近距離から声をかけられ、全力で叫ぶティルロット。
だが、すぐに口を塞がれて、ティルロットは恐怖で目を白黒させた。