第六話 喧嘩
「グレージアさんは料理を習っていたのかい?」
「いえ、独学です。実家では家事担当だったので自然と身についたというか……って、私の名前知ってたんですか?」
「うん? キミは特別有名だし、そもそも同級生で同じ火の寮だろう? 当然知っているよ」
(まさか認識されてたとは)
それなりに有名になっていることは自覚していたものの、シェザードにまで認識されてるとは思っていなかったティルロットは素直に驚いた。
同時に、普段の行いも知られてると思うとちょっとだけ恥ずかしくなる。
「でも、せっかく同い年で同じ寮なのに、会う機会がなかなかないのは残念だ」
「私、基本的に勉強か食事かバイトの生活なので、ほぼどこかしらに引きこもってるんです」
「あぁ、なるほど。そういえば特待生と言ってたよね。勉強もできて魔法もすごくて料理も上手で、凄いよね。グレージアさんは」
「あ、ありがとうございます」
スカイブルーのような澄んだ青い瞳で真っ直ぐ見つめられながら褒められて、思わず頬が熱くなる。
王族の人からこんなに褒められることなんて全くなかった上に、今まで見たこともないような整った顔を間近で向けられ、どうすればいいかわからなくてティルロットは話題を逸らした。
「ちょっと意外でした。シェザード王子ってもっと寡黙なのかと思ってました」
「そんなことないよ。でも、普段は護衛のジェラルドがいると、どうしてもそういうのを許してもらえなくてね」
「許してもらえないんですか?」
「そうなんだよ。僕のイメージとは違うからダメらしい。一体僕にどんなイメージを持ってるのか知らないけど、いい迷惑だよ」
不貞腐れたような表情のシェザード。
ティルロットにとって王子は天上人だったはずなのに、年相応の人間の反応に親近感が湧いた。
「でも、今日はたまたま彼は別件でいないからいい機会だと思って、グレージアさんとお話がしたくて」
「私と?」
「あぁ。レシピのことも聞きたいし、魔法のコツとかも聞きたいなと思ってね」
「別に私は構いませんけど、庶民の私と話してると色々都合が悪いのでは?」
「そんなこと……「シェザード王子!!」」
ビリビリと身体が震えるほどの大きな怒声に、思わずティルロットもシェザードも竦み上がる。
声がしたほうを見れば、そこには先程話題に上がった護衛のジェラルドが眦を吊り上げて鬼の形相で立っていた。
「探しましたよ! なぜこんな時間に食堂へなどと!」
「あ、いや、その、昼食を食べ損ねてしまって」
「でしたら、オレがいないのですから、お部屋で召し上がってください! 王子の身に何かあってからでは遅いのですよ!? しかもこんな下賎な者と一緒にいるなど言語道断です!!」
明らかに自分を揶揄する言葉。
自覚があるとはいえ、こうも堂々と言われるとさすがのティルロットも腹が立った。
「はぁ!? 私は庶民ではあるけど、ここの一生徒です。下賎と言われる筋合いはないですけど!?」
「何だと!?」
「ジェラルド、やめてくれ。彼女は僕がお願いしてここに座ってもらったんだ」
ティルロットを必死で庇おうとするシェザード。
けれど、それが余計だったようで、火に油を注いでしまったらしい。
「でしたら、そのような行動は謹んでください! こんな無礼な女と一緒にいるなど、王家のイメージ毀損に繋がります!」
「そんなことは……っ」
「あります! いいですか。貴方はシェザード王子。我がブルデリス国第二王子なのです。もっと自覚を持ってください! こんな品位のカケラもない下賎で下等な庶民と会話するなどあってはならないことです! しかもカレーなんて下品なものを食すなんて……!」
ジェラルドの言葉に聞き捨てならないとプチンと堪忍袋の緒が切れるティルロット。見た目はちんまりしてて大人しそうだが、意外に彼女の沸点は低かった。
「さっきから聞いてりゃ品位が足りないのはどっちよ! 人が作ったものにケチつけるなんて、どういう教育受けてんの!?」
「貴様っ! 庶民の分際で、オレをバカにするのか!?」
「いい加減になさい!!」
ジェラルドとティルロットが大騒ぎしていると、いつのまにかいたジーナが一喝する。
両手を腰にあて、仁王立ちしている彼女は、恰幅がいいせいか圧が凄まじかった。
「ここは食堂です! 他に召し上がってる方もいるんですから、お静かにお願いします! しかも、こちらで提供しているものにケチをつけるというのなら、学園長にも話を通しますよ!?」
ジーナの「学園長」という言葉に怯むジェラルド。
散々暴言を吐きまくって傍若無人な態度をとっていたが、一応体裁は気にしているらしい。
「っく! シェザード王子、行きますよっ!」
「すまない、騒ぎを起こしてしまって。グレージアさんも巻き込んでしまって申し訳ない。カレーとても美味しかったよ」
「王子!」
腕を掴まれ、引っ張られるように連れて行かれるシェザード。
まるで子供のような扱いに違和感を覚えながらその姿を目で追っていると、「ごめんなさいね。ティルロットちゃん。嫌な思いをしたでしょう」とジーナに頭を下げられた。
「いいえ、ジーナさんのせいじゃないですから。それに、こういうの慣れてますし」
「ダメよ、ティルロットちゃん。こういうのは慣れるものではないのだから。私はここを管理する大人として、貴女に誠心誠意謝るわ」
「ジーナさん……」
庶民である自分に真摯に謝るジーナの姿に恐縮するティルロット。
正直、どう反応したらよいかティルロットにはよくわからなかった。
「嫌な思いをさせてしまったぶん、何かお詫びをさせてちょうだい」
「いえ! ジーナさんが責任を感じることではないですから、お詫びとか大丈夫ですよ」
「いいえ、私も一貴族としてティルロットちゃんを不快にさせてしまったことをお詫びするわ。あんな差別、あってはならないことだもの」
ジーナも貴族出身らしいが、貴族からそんな風に言われるとは思わなくてティルロットはますます困惑する。
いつも虐げられ、侮られる存在だったティルロットにとって、このように言ってくれる貴族の大人がいることがとても衝撃的だった。
「では、あの……お言葉に甘えて、今度の賄いにエビフライつけたいです」
「え!? それだけでいいのかい?」
「はい。私、ジーナさんが揚げるエビフライ大好きなんです」
「もう、ティルロットちゃんは本当にいい子だね」
ジーナは嬉しそうに笑うと、ティルロットの頭を優しく撫でる。
頭を撫でられることなど両親以外にされたことがなかったティルロットは、なぜか無性に泣きそうになるのをグッと堪えて笑うのだった。