第四十話 王妃
「シェザード、待った?」
「ううん。今来たところだよ。体調は大丈夫かい? 昨日はマシュリーと楽しめた?」
シェザードから、お泊まりはマシュリーに譲ったけれど、せっかく恋人同士になったのだから翌日は一緒にいようと約束した授業終わりの昼休憩。
二人は食堂の近くで待ち合わせをしていた。
「うん、おかげさまで。マシュも友達と初めてのお泊まり会だってすごく喜んでたよ」
「そうか、それはよかった。……でもいいなぁ、僕だってまだティルロットとお泊まりはしたことないのに」
不服そうにこちらを見るシェザード。
そのまま腰をすくうように抱きしめられて、その近さにティルロットは赤面する。
「そ、そういうのはまだ早いよ。恋人になったばかりだっていうのに、人前でこんな……」
「恋人になったからこそ、だよ。ティルロットを慣れさせていかないと。手を繋いだだけでも、すぐにティルロットは恥ずかしがるから」
言いながら手を繋がれる。
以前に比べて格段に近くなったシェザードの距離感に、ティルロットは目を白黒させた。
「だって、そりゃ、恥ずかしいでしょ。今だって……みんな見てるのに、近すぎるよ」
抱きしめられながら手を繋いでいる状態に、ティルロットは羞恥心で今にも逃げ出したくなるが、シェザードががっしりと捕らえているために逃げられない。
今までのシェザードとは比べ物にならないほど積極的な行動に、ティルロットは困惑しっぱなしだった。
「ティルロットは可愛いな。このままキスしちゃいたいくらい可愛い」
「なっ!? 絶対ここでキスはダメだからね。人前ではしないからね!」
「人前じゃなきゃいいんだ」
「違っ……! もー!!」
揚げ足を取るように笑うシェザードに、ぷくっと膨れるティルロット。
けれど、そんな姿も可愛いと言われてしまってキリがなかった。
「でも、いいの? こんなに堂々と一緒にいて」
今まで夜食のときや休日にコソコソと会っていた二人。
だからこそ、ティルロットはこうして日中に二人でいられることが嬉しいながらもとても不安に感じていた。
しかし、そんなティルロットの気持ちを払拭するかのように、シェザードはにっこりと明るく笑ってみせると、ティルロットをさらに強く抱きしめた。
「きちんと交際してるんだ。悪いことをしているわけでも、恥じることをしてるわけでもないし、誰にも文句は言わせないさ」
そうはっきりと口にするシェザードは、全てが吹っ切れたように見えた。
今までの引っ込み思案でも内気でもない、ティルロットにとってはいつも通りの本来のシェザードがそこにいた。
「さて、せっかくだし僕達の初デートはきっかけの場である食堂にしようか」
「ただ昼食をとるだけでしょ。久々にジーナさんにも顔見せに行きたいし、早く行こ。今日は何を食べようかな」
「はは、ティルロットの食欲が戻って何よりだ。せっかくだし、快気祝いということでいっぱい頼んでシェアするかい?」
「いいね、それ! そうしよう! わーい、楽しみ〜」
そう言いながら、二人で仲良く食堂に入ったときだった。
「シェザード王子!」
ティルロットとシェザード、二人が仲睦まじくしている姿を見て、今まで以上に目を吊り上げているジェラルド。
ティルロットが大きな怒声にびくりと身体を跳ねさせると、すかさずシェザードが庇うようにティルロットの前に出た。
「なぜ、そのような下民と一緒にいるんです!? 付き合う者は選べと、あれほど申し上げたのに嘆かわしい! 貴方はこの国の第二王子なんですよ! そんな下賤な者と関わっていたら王子の品位が損なわれます! おい、お前もさっさと王子から離れろ!」
ジェラルドがティルロットに手を伸ばす。
けれど、その手をシェザードが強く払った。
「なっ!」
「いい加減にするのはそっちだ、ジェラルド。以前からキミの思想、行動は常軌を逸している! そもそも、ティルロットが庶民だと排除しようとするのはNMAの理念に反しているし、この国に連なる者としてそのような言動は看過できない!」
シェザードの強気な行動に一瞬怯む。
けれどジェラルドも、前回同様簡単には引き下がらなかった。
「俺は貴方の行動を正しく導くために陛下直々に命を受けているんですよ! ですから、俺の言うことは絶対です!」
「正しく? でたらめなことを言うな! キミの偏見を押しつけているだけじゃないか!」
いつになく熾烈な応酬。
シェザードは以前とは違い、一歩も引くことなくまっすぐジェラルドと対峙していた。
「そ、……っ、違います! 俺は、シェザード王子、貴方のためを思って……!」
「迷惑だ。僕は僕のやりたいようにする。今後一切キミの指図を受けるつもりはない!」
そんなシェザードの強い意志に、劣勢だと感じてか心情に訴えようとするジェラルド。
だが、シェザードがいつものように怖気づく気配がないことを察したようで、「クソっ! お前は俺の言うことさえ聞けばいいんだ! 勝手は許さない!」と拳を振り上げ、いよいよ実力行使をしようとしたときだった。
「いい加減になさい!!」
突然大きく響く声。
みんなが一斉に声がしたほうを振り向けば、そこにはジーナがいた。
しかし、なぜかその姿は突如ぐにゃりと歪み始め、だんだんと変化していく。
「私が介入するのはよくないと、なるべく傍観するように努めてましたが、シェザードだけでなく他の生徒の方々……特にティルロットちゃんへの態度は目に余ります! しかも、私達を言い訳に使うなど言語道断! 我々は貴方にそこまでの権利を与えた覚えはありません!!」
「お、お、お、お、お母様!?」
「お、王妃様がなぜここに……!?」
「え、王妃!? ジーナさんが、王妃様……? え!? え!?」
先程まで確かにジーナだと認識してたはずの人物が、いつのまにか王妃の姿に。
一体これはどういうことなのだとティルロットが思わずシェザードを見ればシェザードも知らなかったようで、シェザードもジェラルドも混乱しているようだった。
「さらに言葉だけでは飽き足らず、暴力に走ろうとするなど私は見過ごせません! 王家に仕える者として貴方を不適格と認定し、ただちにシェザードの護衛を解任します!」
「なっ、そんな……っ」
王妃からの言葉に、狼狽するジェラルド。
何か言おうとするも返す言葉が見つからないようで、もごもごと口篭っている。
「はいはーい! 話は全て校内にいる妖精達から聞かせていただきました! 私、仕事が早いので、早速退学のお手続きを済ませて保護者をお呼びしておきました!」
「が、学園長!?」
先程ぶりだが、突如として学園長が現れて驚くティルロット。
しかも、傍らにはとても厳しい表情の壮年の男性を引き連れていた。
「ち、父上……!」
どうやら学園長が連れてきたのはジェラルドの父親らしい。ジェラルドは今まで見たこともないほど縮こまり、震えて怯えていた。
「全て話は聞かせていただいた。王妃、王子、並びに学生の皆様には我が愚息が大変な無礼をしたようで、保護者として心よりお詫び申し上げます。誠に、申し訳ありませんでした。……ジェラルド、お前も謝りなさい」
「っ! も、申し訳ありませんでした……」
今までの威勢などどこへやら、蚊の鳴くような声で謝るジェラルドに、すかさず「声が小さい!」と怒鳴るジェラルドの父。
鼓膜までビリビリと震えるその圧に、ティルロットも竦み上がりそうになった。
「もっ、申し訳ありませんでした!」
「……では、我々はこちらで失礼致します。ジェラルド、行くぞ」
「は、はいっ、父上……っ」
父親にジロリと睨まれ、あからさまに竦み上がるジェラルド。弱々しい声で父親に返答すると、そのまま彼は引っ張られるようにどこかへ連れて行かれていった。
「では、私も彼の荷物整理などがありますので、こちらで失礼します。王妃様、もしまた何かあれば何なりとお申しつけください」
「ありがとうございます、学園長」
王妃の言葉に恭しく頭を下げるとまたしても急にいなくなる学園長。
その場にはティルロット、シェザード、王妃の三人が残された。
「お母様、一体どういうことなんです?」
口火を切ったのはシェザードだった。
シェザードの問いに、こちらに向き直る王妃。その顔は親子なだけあってシェザードとよく似ていた。
「ごめんなさいね、ずっと隠していて。ほら、シェザードったらいつも不満があっても我慢してしまうでしょう? 他の兄弟に比べて文句も言わないし溜め込むタイプだから心配で、認識阻害の魔法を使って学食の調理員としてちょっとお邪魔させてもらっていたの。本当はずっと黙って見守っているつもりだったのだけど、さすがに先程のは看過できなくて、つい正体を明かしてしまったわ」
テヘペロしながら謝る王妃。
そんな母親の姿に、思わず額を押さえるシェザード。
想像以上にひょうきんな王妃の姿に、ティルロットは面食らった。
「ティルロットちゃんも、こんな形で会うことになってしまってごめんなさいね。改めて、シェザードの母です。今更だけど、元気になったようでよかったわ。これからも末永くシェザードのこと、よろしく頼むわね」
「ぅえ!? あ、はいっ!」
「うふふ。じゃあ、心配ごともなくなったようだし、せっかくのデートを邪魔しちゃ悪いから、私は城に帰るわね。ティルロットちゃん、今度ぜひお城に遊びにきてね」
「は、はい!」
王妃はティルロットの返事に満足そうに微笑むと、そのまま振り返ることなくどこかへ行ってしまった。
二人だけになってしまったティルロットとシェザードはお互いに見合うと、「みんな僕達のこと、どこまで知ってるんだろう」「もしかして、もしかしなくても、……全部……バレてる、かも?」と確認し合い、二人仲良く羞恥で頭を抱えるのだった。




