第四話 バイト
「いやぁ、ティルロットちゃん手際がいいね〜」
「ありがとうございますっ」
「ティルロットちゃんが来てから美味しくなったって評判だよ」
「そうなんですか? 嬉しい!」
「いやぁ、ティルロットちゃんが来てくれて本当によかったわ」
「いえいえ、こちらこそ! いつも食材を融通してくださって助かってます」
(我ながら天職見つけたわ!)
ティルロットが見つけたアルバイトは、NMAの食堂の厨房だった。
NMAの生徒と教師は合わせて約千二百人ほど。その全員が食堂で食事をとるため厨房は猫の手を借りたいくらい忙しいのだが、アルバイトを募集しても生徒はほぼ貴族や王族なため応募は少なく、セキュリティ的にあまり外部から人材を入れられないこともあって常に食堂の厨房は人手不足だった。
(働く前は不安だったけど、賄いアリ、お給料いい、しかも余って捨てる食材は引き取りオーケーなんて最高すぎる!)
働き始めて知ったのだが、食堂は学生の生命、魔力の糧となるということで予算がかなり盛り込まれているらしい。
そのためお給金も羽振りがよく、食材も舌が肥えた学生が多いのもあって一流のものばかり。
さらに賄いもついて、廃棄食材は融通してもらえて、食堂を閉めたあとは自由に厨房を使ってもよいとのおまけつき。
廃棄食材とはいえ食材は使い放題。
さらに夜食を自分で調理までできて、ティルロットにとっては最高のアルバイト先であった。
(自分の能力を活かせて稼げるなんて役得〜!)
母は働き詰めだったので、家事を主にやっていたのはティルロット。そのため、料理は作り慣れていて手際がよかった。
しかも、自分が大食漢なだけあって美味しさにこだわっているため、味も申し分ない。
ティルロットはまさかここで料理スキルが活かせるとは夢にも思わなかったが、これもきっと何かの縁だろう。
「ティルロットちゃん。もうすぐ上がり時間だから、その食器洗い終わったら上がっていいわよー!」
「ありがとうございます。……よし、終わった〜! じゃあ、お先に失礼します。今日もお疲れさまでした!」
「こちらこそお疲れさま〜! って、あ、ティルロットちゃん。ごめんなさい、ちょっと待ってもらえる?」
「はい?」
勤務時間を終え、帰ろうとしたところで食堂を管理するジーナに呼び止められる。
ティルロットは何の用事だろうと疑問に思いながらも呼ばれたほうへ行くと、「はい」となぜかティルロット作の特製カレーが乗ったプレートを渡された。
「賄いですか?」
賄いはさっき食べたばかりだけど、まだ腹八分目だから食べられると思ったら食べられなくもないかな……と思っているとジーナが大きく口を開けて笑った。
「違う違う。賄いはさっき食べたでしょ。ティルロットちゃんは食いしん坊だね」
「いやぁ、もらえるものはもらっておこうかと」
「あははは。でもそうじゃないの。これシェザード王子が注文したんだけど、ティルロットちゃんがシェザード王子のところに持っていってくれない?」
「えぇーー! 私がですか!?」
想定外のことに、思わず大きな声が出てしまうティルロット。
するとジーナはすぐさま「しー」とティルロットに声をひそめるように促し、口元に人差し指を出した。
「こらっ、いくら人が少ないからってまだ食べてるお客さまはいるんだから静かにね」
「す、すみません。でも、何で私が? ホールで手隙な方いらっしゃいますよね」
今は夕飯時のピークを越えたタイミングなため閑散としている。だからわざわざ自分が行く必要はないと主張するティルロットだったが、「それが、このカレーを作った人に持ってきてもらいたいのですって」とジーナに言われて戸惑った。
「別に大したカレーじゃないですけど」
「そんなことないわよ。色々とスパイス効いてて本格的で、とっても美味しいじゃない。それに、カレーは今までとは比べものにならないくらい美味しくなったって評判よ? 特に特製カレーはすごく売上よくて、発売開始してからずっと売上トップだし。だからきっと誰が作ってるか気になるんじゃない?」
「さすがに、庶民の私が持って行ったら気を悪くするんじゃ……」
ないとは思いつつも、不敬だなんだと怒られたらどうしようと困惑するティルロット。元々イジメられている身なため、下手に王子と関わっていらぬいざこざを起こしたくはなかった。
「大丈夫よ。そんなに身構えなくて。シェザード王子はとっても優しい方だから」
「そうなんですか?」
「いつも礼儀正しくて、プレートも丁寧に下げてくれるのよ? ご馳走様でしたって毎回言ってくれるし。だから、ティルロットちゃんも大丈夫。それに、ここでぐだぐだしてカレー冷めちゃったほうがトラブルになるわよ。ということで、ほら行って。これは上司命令です」
雇われてる手前、そこまで言われてしまったらどうしようもない。
ティルロットは「はーい」と返事をすると特製カレーを乗せたプレートを持って客席の方へ向かう。
足取りは重いが、確かに食べてもらうなら美味しいうちに食べてもらいたいとも思うので、バランスを保ちつつ足早にシェザードのところへと向かうのだった。