第三十五話 爆音
「はぁ……」
布団に潜りながら、深い溜め息をつくティルロット。
その姿はぼろぼろで、あれから一週間ほどずっとほぼ何も食べずに引きこもっているせいで、肌も髪も酷く乱れた状態になっていた。
「シェザード……」
不意に、ほろりと涙が頬を伝う。
視線の先には見るも無惨にバラバラになってしまったブレスレットの残骸。
大事にすると約束したのにできなかった自分を悔いると共に、今までのシェザードとの思い出も壊されてしまったような気がして、ティルロットはそれを見るたびにずっとぐずぐずと泣き続けていた。
泣いても泣いても止まらない涙。
ずっと泣いてるせいで、目蓋は腫れて顔は火照って赤らんでいて、人前に出るには憚られるような酷い顔になっていた。
「あー、もうやだ……」
思わず、情けない声が漏れる。
シェザードにも申し訳なくて、マシュリーにはこんな悲惨な姿を見られたくなくて、まだ学期末の授業があるというのに全く出ず。そろそろ出席しないと特待生としての地位は危ういとの通知が来てはいたが、ティルロットはどうしても行く気になれずに自室で腐り続けていた。
「もう、学校辞めちゃおうかな……」
ぽつりと溢す弱音。
ずっとこのまま苦しい思いをするのなら、いっそNMAを辞めて働き始めるのもいいのかもしれない。
そう思いながらも、思い浮かぶのはシェザードやマシュリー、母の顔。
「うぅ。どうしろってのよ……」
ぐずぐずと相反する気持ちに押し潰されそうになりながら、ぼろぼろとまた新しい涙を流し始めたそのときだった。
『ティルロットー!! いるんでしょー!? 出てきなさーーーーーーーーい!!』
「!?」
突然響くマシュリーの声。
「え、何で……?」
ティルロットの部屋には意図的に防音魔法を施しているのに、それを貫通するということは恐らく相当な音量の声が寮内に響き渡っていることだろう。
その後も、ティルロットの名を呼び続ける声と「遊びにきたの!」「出てきてちょうだい!」などの声が次々に聞こえてくる。
「マシュリー……」
延々と大音量で自分の名を呼び続けているマシュリーの声に、さすがのティルロットものそのそと布団から抜け出す。
この状況を放置できるほど、ティルロットの心は腐ってはいなかった。
『ティルロットーーーー! 聞こえているんでしょうー!? でーてーきーなーさーいー!!』
ティルロットが寮のラウンジに出た瞬間、目が覚めるような爆音に耳がキーンとなる。
どうも拡声魔法を使って声量を拡大しているようで、これなら自室にまで音が届くなと納得してしまうほどの想像以上の大音量だった。
「いい加減にしてください。ベネット様!」
「他の寮生に迷惑です!」
寮の入り口のところで、寮長と副寮長がマシュリーと押し問答しているのが見える。マシュリーの態度に、二人が抗議しているようだ。
「じゃあ、ティルロットがどこの部屋にいるのか教えてちょうだいよ。そうしたら自分で行くから」
「そ、れは……」
「いくらベネット様といえど、他寮の方を入れるのは……」
マシュリーの毅然とした態度に対し、ティルロットの部屋に関して後ろめたい感情がある二人は言葉を濁す。
できればうやむやにしてマシュリーを自寮へと帰したいようだが、いくら下級生と言えど公爵家であるマシュリーにはなかなか物申すことはできないようで、焦っている様子だった。
「他寮ですけど、私はここの創立者の家の者であり、風紀委員でもあるのだけど? 随分と気乗りしない様子だけど、何か隠し立てするようなことがあるのかしら? もしあるのだとすれば、貴方達もただでは済まないから覚悟しておきなさい」
「そんな……っ!」
「それは、困ると言いますか……あー……その……何ですか、あのですね……」
「どうにも煮え切らない態度ね。やましいことがある証拠かしら?」
追及する声がだんだんと鋭くなっていくマシュリー。
寮長と副寮長は怖気づき、いよいよどうしようかと二人でお互い見合っているとき、不意にマシュリーの視線が彼らの奥にいるティルロットに向き、お互いばちりと目が合った。
「ティルロット!」
「……っ! マシュ……」
「ベネット様、お待ちください」
「ダメですってばっ」
寮長と副寮長の静止も聞かずにずんずんと中に入ってくるマシュリー。
ティルロットの前まで来ると、ティルロットのぼろぼろな姿にクシャッと顔を歪めたあと「遊びに来たの。部屋に入れてちょうだい」と笑った。
「遊びに来た……の?」
「えぇ。ティルロットったら何度私が手紙出しても無視するのだもの。だから、強硬手段に出たわ」
「ごめん」
「謝るのはいいから、とにかく部屋に入れてちょうだい」
マシュリーの要望に、ティルロットは逡巡する。
部屋が汚く、誰も受け入れられる状態にないということ以前に、今これだけ怒っているマシュリーに物置きのような部屋の外観を見られたら火に油を注ぐことはわかっていた。なので、できればマシュリーを部屋には案内したくはなかった。
けれど、ものすごく圧が強い。
マシュリーはにっこりと微笑んでいるはずなのに、その背から漂うオーラは有無を言わせぬものだった。
「ベネット様……ですから」
「何か文句あるの? 他寮に行ってはならないという規則はなかったはずだけど?」
「……ひぃ! そ、そうですね。失礼しました」
なおもしぶとくマシュリーに縋る寮長だったが、先程の圧を携えたまま振り返るマシュリーの顔を見るやいなや、情けない声を上げてそそくさと退散する。
ティルロットは心の中で「わかる。美人が怒ると恐いよね」と納得しながら、もうこの状態のマシュリーにはお手上げなため、大人しく「わかった」と頷いた。
「は? ここ……が、ティルロットの部屋……?」
「うん。ここ」
ティルロットが部屋の前に案内すると、愕然とした様子のマシュリー。
すぐさまキッと振り向くと、なりゆきをこっそりと見守っていた寮長と副寮長が「ひぃ!?」とまた情けない声を上げて震えていた。
「……言いたいことは山ほどあるけど、とにかくまずは部屋で話しましょう」
「うん」
ティルロットが頷くと、マシュリーはそれ以上何も言わずにティルロットの部屋へと入っていき、ティルロットもそのあとを追いかけるように自室へと戻るのだった。




