第三十三話 マシュリー
いつになく颯爽と校内を歩くマシュリー。
その瞳には強い意志を宿し、脇目も振らずただまっすぐに前だけを見つめていた。
普段であれば道中、その美貌に年齢問わず男子生徒から幾度となく声をかけられるが、今は何人たりとも話しかけるなというオーラを纏っているため、マシュリーに視線は送れど誰も声をかけには行かなかった。
というのも、マシュリーは怒っていた。
それはもう、筆舌に尽くしがたいほどに。
そして、食堂で昼休憩を取っているシェザードを見つけるやいなや、まっすぐ彼のほうに向かうマシュリー。
その瞳には、シェザードしか映っていなかった。
「シェザード王子。ちょっといいかしら」
心ここにあらずといった様子で食事をとっていたシェザードは、マシュリーからの声かけにハッと顔を上げたものの、相手がマシュリーだとわかるとすぐさまクシャッと顔を歪めて何も言わずに俯いてしまう。
だが、怒りのマシュリーはそんな態度を許さないとでも言うようにシェザードの顔を掴んで上向かせると、「話があるの」と彼の顔ギリギリまで自分の顔面を近づけて睨みつけた。
「このあと、時間……あるわよね?」
「えっと……」
さすがのシェザードも、その状態では目を逸らすことができず。
怯えながらもシェザードは何も言わずに頷くが、そこで近くにいたジェラルドが荒々しい態度を取るマシュリーの姿に「王子に何をするんだ!?」と突っかかってきた。
「何って? 話があるからお願いしてるのだけど?」
「お願い、だと? 今の態度、どこからどう見ても脅迫ではないか!」
「へぇ……? ただの子爵家の息子風情が、この公爵令嬢である私マシュリー・ベネットに脅迫していると物申すというの?」
わざと睨めつけるようにジェラルドに鋭い視線を送るマシュリー。
さすがのジェラルドも美人の圧に屈しそうになりながらも、「いくら公爵令嬢と言えど、王族に取っていい態度ではないだろう!」と頑なに譲らなかった。
けれど、そんなジェラルドの態度に屈するほどマシュリーもヤワではない。
小さいながらも「ふぅ」とわざと聞こえるようにため息をつくと、胸を大きく張ってジェラルドに対し揶揄するような視線を向けた。
「遠い親戚とはいえ親族だというのに、その親族との戯れに従者が一々口出しをするわけ?」
冷笑を浮かべながらジェラルドを煽るマシュリー。
その表情は、普段ティルロットに見せる笑みとは真逆のものであった。
「っ! それとこれとは……っ」
「違わないでしょう? それとも何? そちらの家では、例え子爵家だとしても王族に仕えていればその王族と同じだけの権威を奮えるという教えがされているのかしら?」
「そ……違っ! ただ貴様が不敬だと……!」
「不敬? 私が不敬ですって? 随分と礼儀を知らないようだけど、それがそちらの家での方針なのかしら? 今度、貴方のお父様にお聞きしてみましょうか」
「父は関係な「やめろ、ジェラルド!」」
ジェラルドが怒りに飲まれて怒声を上げかけたとき、それに被せるようにシェザードが叫ぶ。
今まで聞いたことのない大きさの叱責に、思わずマシュリーもジェラルドも口を噤んだ。
「もういい、ジェラルド」
「ですが!」
「いい、と言ったのがわからなかったのか? ベネット嬢は僕との話を希望している。キミは話が終わるまで、適当に時間を潰しておいてくれ」
「では、護衛はどうするんです!? 何かあってからでは遅いのですよ!」
「自分の身は自分で守れる。それとも何だ、キミは主人である僕の言うことが聞けないっていうのか?」
いつになく鋭いシェザードの声音にジェラルドも言い返すことができず、渋々といった様子で「っ、……わかりました」と頷いた。
「すまなかった、ベネット嬢。では行こうか」
「えぇ。よろしく」
シェザードが声をかけると二人で食堂を出ていくのを、ジェラルドは憎々しげな目で見送るのだった。




