第三十一話 負の連鎖
あの一件以来、さらにティルロットは気配を消すような生活をしていた。
外出は最低限。授業に行くとき以外はほぼ自室に引きこもり。ほぼ誰にも会わずに、食事も気が向くときにするなど、今までの暮らしぶりとは真逆の生活を送っていた。
シェザードともあれから全く会っていない。
会わないと宣言したからか、それとももうティルロットに興味を失ったのかは定かではないが、以前は行く先々いたるところに出没していたのに、今は影も形も見せていなかった。
「これでいい。これでいいの」
暗示のように何度も言い聞かせて、自分の選択は正しかったのだとティルロットは自分で自分を肯定する。
そうでもしないと、グラグラとぐらついているティルロットの心はすぐにでも崩壊しそうだったからだ。
「マシュも、ごめんね」
目の前には手紙の山。
全てマシュリーからティルロットへ宛てたものである。
どれもこれも「大丈夫?」「今度一緒に気晴らしに遊びに行かない?」などと当たり障りない軽い内容で、ティルロットに対して非常に気遣っているのが伺える代物だ。
だからこそ、ティルロットはどうしたらいいのかわからなくて、返信すらできていない。
不本意な状況であったとはいえ、マシュリーに何も言えずに逃げ出してしまった過去に囚われ、マシュリーに一体どんな顔をして会えばいいのかわからなかったからだ。
「はぁ。私ってば最悪……」
自分の情けなさに、顔を覆いながら項垂れるティルロット。
友達を失い、自分の不甲斐なさを実感し、自己嫌悪に陥り、ますます魔力は乏しくなっていく。
負の連鎖だとはわかっているものの、ティルロットにはどうすればいいのか何もわからず、特待生維持のためにただ何も考えずに惰性で生活することしかできなかった。
唯一まだ勉強だけは授業に出ることでどうにかしがみついていたが、それすらも今の精神状態では危うく、常に薄氷の上を歩いているような状態であった。
「もうそろそろ時間か。授業、行かなきゃ……」
億劫ながらも、のそのそと授業に出るために自室を出る。
次は実技か、と魔力がない状態での魔法実技の授業を受けることに気乗りしないながらも、自寮のエントランスを抜けようとしたときだった。
「うわっ。見たくもないものと遭遇しちゃったんだけど」
「もー、庶民と同じ空気吸ってると思うだけで気分悪くて死んじゃう」
「あーやだやだ。目障り。さっさとNMAを辞めて下層の暮らしに戻ればいいのに」
(最悪だ。タイミングをズラせばよかった)
間の悪いことに、お花畑三人組と鉢合わせてしまって思わず顔を顰める。
すると、すぐさまティルロットの反応に気づいた三人は、あからさまに不快感を示して大騒ぎをし始めた。
「何よ、その態度」
「底辺の庶民のくせに生意気なのよ」
「最下層の下民の腐った頭では、私達を目に入れることすら畏れ多いということが理解できないのかしら」
よくこんなにも暴言が思いつくなと思うほどの暴言の嵐。
ジェラルドといい、お花畑三人組といい、貴族のわりにどっちのほうが品がないんだかと思いながらも、ティルロットは彼女達を無視してエントランスを出ようとする。
だが、出入り口を塞ぐように先に三人に前に立たれてしまい、出るに出られなくなってしまった。
「何か言いなさいよ」
「そうよ。私達の視界に入って申し訳ありませんでしたと謝ってちょうだい」
「……謝るようなことは何もしてないけど」
「はぁ!?」
ついティルロットが本音を溢すと、途端に先程よりも激しく騒ぎ始めるマーガレット、デイジー、パンジー。
キンキン声で逆上して喚き散らし始める。
(相変わらずしつこいなぁ。もう、これから授業だってのに……)
次は移動教室なため、今すぐにでも向かわないと間に合わない。
以前であれば適当に転移魔法で脱出することができたが、現状魔力が不安定で魔法を上手く使える自信がないティルロットには転移魔法を使うという選択肢はなかった。
そのため、どうにかこの場から脱する方法はないかとあれこれ思案していたときだった。