第二十九話 友達失格
「はぁぁぁぁ」
溜め息をつきすぎて、項垂れすぎて、そろそろもうぐずぐずに溶けてしまうのではないかというくらいティルロットが陰鬱に、暗く腐っているときだった。
「ティルロット」
「っ! ……マシュ」
急に声をかけられ、ハッと顔を上げるとそこには苦笑気味のマシュリーがいた。
ティルロットはなんとなくバツが悪くて、つい視線が泳ぐ。
「今、隣いいかしら?」
「……うん」
困惑しつつも、断る理由もなくてティルロットは渋々といった様子で彼女を受け入れる。
すると、マシュリーはほどほどの距離感を取りつつ、隣の席にそっと腰かけた。
「最近、なかなか会わないから心配してた」
「……うん」
「先生も、食堂の人も、みんなティルロットのことを心配してたわ。ここのところ、全然元気がないって」
マシュリーに改めて指摘されて、俯き、黙り込むティルロット。自覚はある。だからと言って、マシュリーに何をどう話せばいいかわからなくて、口を噤んだまま何も言えなかった。
「どうしたの、それ。全然食べてないじゃない」
机の上の食べかけのヨーグルトに気づいて、驚くマシュリー。
今までのティルロットを知っているからこそ、ティルロットがこんな少量のヨーグルトさえも完食していないことが信じられないようだった。
「う、ん。なんか、ちょっと、食欲がなくて」
「それにしたって……」
せめて何か食べてお腹を満たそうと買ったはいいが、結局二口食べてそのまま。
いつもなら一瞬でなくなる量だというのに、なかなか食べる気が起きずに放置してしまっている状態だ。
「もしかして、体調が悪いの? 熱があるんじゃない?」
「ううん。体調は、大丈夫だと思、う」
「……そう。じゃあ、何か悩みごと?」
「っ!」
具体的に聞かれて、ティルロットはびくりと身体を跳ねさせたあと、再び口籠る。
正直、何と返したらいいかわからなかった。
(マシュに何て説明しよう)
シェザードとのことを今まで一切言っていなかったのに、今ここで全部あけすけに言うのは躊躇われる。
かと言って、シェザードのことを隠しながら悩みごとについて話せる自信が今のティルロットにはなかった。
ただでさえ自分の思考もぐちゃぐちゃで、どうしたらいいのか自分でもわからない。
どこからどう話せばいいのか、何を話せばいいのか。
そもそも言えば解決するわけでもないのに、マシュリーに言って巻き込んでいいのかという不安もある。
結局、さらに思考がぐちゃぐちゃにこんがらがって、ティルロットは口をぱくぱくしたまま言葉を出すことができず、曖昧な態度を取るしかできなかった。
「話しにくい感じ……? 私には言えないこと?」
「そ、れは……」
言いたいのに言えない。
そんなもどかしさに苛立つも、不器用なティルロットには正解がわからない。
できればちゃんとマシュリーには全部洗いざらい話してしまいたいのに、色々な感情がないまぜになって、結局言葉を出すのを邪魔してしまっている。
「そっか。ごめんなさい。言いにくいことを聞いてしまったわね」
「そうじゃ、ないんだけど。なんていうか、ごめん」
「ううん。いいのよ。ティルロットが話せるタイミングで話してくれたらいいから。でも、いつか話してくれたら嬉しい、かな。私達、親友でしょう?」
そう話すマシュリーの顔を見ると、なぜか苦しそうな顔。どうしてマシュリーがそんな悲しそうな切なそうな顔をするのか、とティルロット自身も泣きそうになる。
(あぁ、私……友達失格だ)
こんなに優しく自分を気遣ってくれているマシュリーに、本音が言えない自分が嫌になる。
せめて何か、少しでもマシュリーに話しておこうと「マシュ、あのね。私……」と顔を上げたときだった。
「ティルロット」
「……っ」
マシュリーの背後に立っていたシェザードから声をかけられて、ティルロットは動揺して思わずたじろぐ。
「シェザード王子? どうしてここに……」
「ティルロット、お願いだから話を聞いてくれないか」
シェザードがティルロットに話しかけるのを訝しげな表情で見るマシュリー。
けれど、そんな声など耳に入っていないのか、マシュリーの問いかけに全く反応せず、シェザードはまっすぐティルロットを見つめていた。
「ティルロット」
「〜〜っ、マシュごめん!」
「ティルロット!?」
「ティルロット、ちょっと待ってくれ」
衝動的に逃げ出すティルロット。
まだ心の準備ができてない状態でシェザードに合わせる顔がなく、マシュリーに説明する余裕もなかったティルロットはその場から走り去る。
マシュリーは何が起こったのかわからずその場で呆然と立ち尽くし、シェザードは走ってティルロットのことを追いかけるも、途中で彼女を見失ってしまうのだった。