第二十七話 隠れる
「シェザード王子〜! いらっしゃるんですかー!?」
(来た……っ!)
シェザードに向かい合わせになっているためジェラルドの姿は見えないが、背後から大きな足音と声が聞こえてくる。
どうやらもう食堂に入ってきたらしい。
シェザードの透過魔法を使ってるとはいえ、バレたらどうしようかと思うと、自然と緊張で身体が強張ってくる。
「灯りがついてるから誰かいると思ったが、誰もいないのか……?」
訝しげな様子の声がだんだんと近づいてくる。ジェラルドが今どこにいるのか、どこまで近づいてきているのかわからず、ティルロットは身動きが取れないまま、グッと息を殺し続けた。
「ん? 何だこれは。誰かが食事の途中だったのか? いや、食べ終わっているのか。全く、出しっぱなしで不衛生だな。この量……下賤な底辺層の奴らの仕業か。意地汚い最下層共が……だらしがない奴らはこれだから困るんだ。あとで食堂の責任者に文句を言ってやる……っ」
ぶつぶつと大きな独り言を言いながら大きな足音を立てるジェラルド。
独り言の内容的に相当近くまで来ていることが察せられて、ティルロットがシェザードにしがみつく力もちょっとずつ強くなっていく。
「ここにいないとなると、あのクソ王子は一体こんな時間にどこをほっつき歩いてるんだ。何かあったらオレが咎められるというのに。……はぁ、あいつはオレの言うことさえ聞いてりゃいいものを……っ」
(信じられない! 従者なくせに、シェザードがいないと思って何て口の聞き方してるのよっ)
大きな声で忌々しげにシェザードの文句を言うジェラルドに、勝手に憤る。
あれだけ普段は王子が王子がと周りを罵っているくせに、シェザード本人がいないところではシェザードに悪態をつくだなんて言語道断だとティルロットは内心腹が立って仕方がなかった。
同時に、間近で暴言を吐かれているシェザードが心配になる。
そっと彼の顔を見上げると、悲しそうな怒っているような何とも言えない表情をしていて、ティルロットは思わずギュッとシェザードを抱きしめた。
「……っ」
再び顔を上げると、シェザードの大きく揺れる瞳とぶつかる。その不安定な瞳に感情が乱され、声が漏れそうになるのをすぐさまシェザードの胸板に顔を埋めてやりすごしていると、だんだんとシェザードの鼓動が速くなっていることに気づいた。
(こんなに速いってことは、相当近くにいるってことだよね。今どの辺にいるんだろう。いくら透過魔法って言ってもぶつかったらさすがにバレるだろうし、ちょっと動いたほうがいいのかな。でも、下手に動いて見つかったら大変だし……)
背後の状況がわからなくてヤキモキする。
どうにか振り向きたかったが、下手に動いて透過魔法の効果が消えても困るので、悶々としつつも大人しくしていた。
(うー、ドキドキする。緊張しすぎてそろそろ口から心臓出そう。あーもー、早くどっか行ってよー!!)
そこまで長く滞在してはいないだろうが、緊張しているせいで永遠にも感じる時間。
見つかったらどうしよう、どうか見つかりませんように、と考えていると無意識に息が詰まってきて苦しくなってくる。
「ちっ、キッチンにも誰もいないな。……入れ違いか? 仕方ない、中庭も見て回るか。くそっ、腹立たしい。面倒かけさせやがって」
ジェラルドが苛立っているのが口調と足音でわかる。忙しなく歩き回る足音が近づいたり遠ざかったりを繰り返していて、いつかバレるのではないかと思うと気が気じゃなかった。
(うぷっ。ドキドキしすぎてそろそろ気持ち悪くなってきた。いつになったらどっか行くのよ。そろそろもう全部確認し終えたでしょ〜!? いい加減、早くどっか行ってー!!)
文句を言いながらも、思いのほかあちこちと隈なく探しているらしい。延々とジェラルドは行ったり来たりを繰り返しているようで、気配が近づくたびに心臓が跳ねて、そろそろ心労で倒れそうだった。
「いないようだな。はぁ。全く、どこに行ったんだ。王子〜!? シェザード王子ー! どこにいらっしゃるんですー!?」
声と共に足音もだんだんと遠ざかっていく。
けれど、また戻ってくるかもしれないとシェザードの合図があるまでティルロットは息を殺したままジッと彼の腕の中で固まり続けた。
「……ティルロット。もう大丈夫だよ」
「はぁぁぁぁぁ〜、緊張して死ぬかと思ったぁぁぁ」
詰まっていた息を大きく吐き出す。
やっとシェザードの腕から解放されて身体を離すと、まだ時期は春前だというのにずっとくっついてたせいで身体も顔も火照っていた。
「あー、バレなくてよかったぁ〜。でも、シェザードはあいつが探してたし、早く帰らないとだよね」
「そう、だね」
「それにしても、従者のくせに信じられないよね。あの口の聞き方! 私のこと散々庶民がうんちゃら言ってるくせに、自分は仕える立場なくせにあの態度はどうなのよっての。シェザードがいないと思って、好き放題言いやがってムカつく〜!!」
先程のジェラルドの言動を思い出して自分のことのように憤るティルロット。そんな彼女をシェザードはジッと見つめていた。
「シェザードだって王子様の前に人間だもの。ちょっとくらい息抜きしたっていいじゃない。それなのに、『オレの言うことさえ聞いてりゃいい』とかって一体何様だっつーの! ねぇ、シェザード!」
同意を求めるようにシェザードに視線を向ける。
すると、なぜか彼の真剣な眼差しが自分に向けられていることに気づいて、ティルロットは思わずたじろいだ。
「シェザード……?」
ティルロットが困惑していると、再び抱きしめられる。先程とはまた違った力強い抱擁に、ティルロットはますます訳がわからなくてされるがままになっていた。
「ティルロット」
まっすぐ、強い眼差しで見つめられる。
動揺して瞳が揺れ動きながらも、ティルロットは瞳から逸らすことができなかった。
だんだんと近づくシェザードの顔。
何となくこのあとに何が起きるか頭でわかっているものの、ティルロットは動けなかった。いや、動かなかった。
ゆっくりと優しく触れる唇。
触れた瞬間、何とも言えない甘い感情が背を駆け上がるように自分の中に湧き上がってくるのを感じた。
「好きだ」




