第二十一話 助言
「あー! 全然いいプランが思いつかない!」
シェザードに次回の遊びに行くプランを決めると言ったものの、何もいい案が思いつかずに既に数日が過ぎてしまった。
シェザードからせっつかれているわけではないが、既にスケジュールを出してもらっていることもあって、毎日夜食ときに会うたびに勝手に気まずくなってしまっているティルロット。
そろそろプランを決めたいのだが、いかんせんそれらしいプランが全く思いつかなかった。
一応、図書館で旅行雑誌を読んだり新聞の広告欄を見たりと旅行の情報を手に入れるためにあの手この手を使ってはいるものの、元々そういうことにはとんと疎いティルロット。
その上、王子を連れて行くとなるとハードルが上がるどころの話ではなく、ティルロットにはお手上げ状態であった。
「こうなれば、経験者に聞くしかない……っ!」
ティルロットにいる心当たりは一人しかいない。
そのため、昼食後の昼休みにその人物がいそうな場所をティルロットは駆けずり回った。
「マシュ! 今ちょっといいかな?」
「あら、ティルロットから声をかけてくれるだなんて珍しい! 何かあったの?」
「うん。ちょっとマシュに聞きたいことがあって」
中庭のベンチで読書中のマシュリーを見つけて、すぐさま突撃するティルロット。
急な声かけだというのにマシュリーは気を悪くした様子もなく、隣に座るように促してくれて、ティルロットはその隣に腰かけた。
「聞きたいことって?」
「えーっと。その……」
いざマシュリーに聞かれると、すぐに言い出せずにもごもごと口篭る。マシュリーを探すことで頭がいっぱいで、何と切り出したらいいのかまで考えていなかったティルロットは、今更ながら何て聞こうかと考え込んだ。
「もしかして、聞きづらいこと? 場所を変えたほうがいいかしら?」
ティルロットが言いづらそうにしているのを察して、気遣うマシュリー。その気遣いに、ティルロットはさらに焦って、とにかく失礼がないように何か言わないとと頭をフル回転させる。
「いや、そういうんじゃなくて。えーっと……マシュは、その……友達とか婚約者とかとどこに行くのかなって聞きたくて……あっ! もちろん、答えたくなかったら答えなくてもいいんだけどっ!」
「つまり、デートはどこに行くかってこと?」
マシュリーからあけすけに聞かれて、ティルロットは静かに頷く。
すると、マシュリーが急にニヤニヤとし始めた。
「あら、ティルロット。恋人でもできたの?」
「へ!? あっ! いやっ! 違っ! そういうんじゃなくて! と、友達! そう! 友達の話なんだけど! その……庶民の友達が、王族や貴族の人と出かけるときってどういうところに行けばいいかわからないらしくて。私もそういうのよくわからないから、マシュに教えてもらおうかな〜って思って」
「ふぅ〜ん。なるほどね〜」
マシュリーの指摘に、慌てて弁明するティルロット。
マシュリーはニヤニヤが抑えられないような表情でティルロットを見つめ、その視線に居た堪れなかったティルロットは視線を逸らした。
「まぁ……王族に関してはよくわからないけど、私が貴族の友達とかと遊ぶときは植物園とか博物館とかに行くことが多いかしら。っていうのも、相手も私もそういうところに行くのが好きだからってのもあるからだけど」
「なるほど。そうなんだ」
(植物園に博物館……やっぱり貴族は行くところのレベルが違う)
自分の脳内では候補にすら上がらなかった場所を聞いて、思わず貴族と庶民ではやはり根本的に違うなと感心する。
「でも、私の意見は参考にならないんじゃない?」
「え、何で?」
「だって、あくまでその行き先は私やその友人はそういうとこに行くのが好きってだけだから。相手が王族でも貴族でも、その人がどういうところに行きたいかが大事なんじゃない?」
「うぅ。そりゃ、そうなんだけどさぁ……」
マシュリーの言葉に、また振り出しに戻るのかと項垂れる。王族であるシェザードが好きなところや行きたいところなど、庶民のティルロットにはどうやっても行けるはずがないと、彼女は頭を抱えた。
「相手の王族や貴族の方が好きなものとかこととかは把握してるの?」
「うーん、相手の好きなところ……かぁ」
マシュリーに指摘されて、そこで初めてシェザードの好きなものを全然知らなかったことに気づく。
夜食を共にしてるので、食の好みに関しては色々と把握しているものの、趣味嗜好での何が好きだとか何が苦手だとかそういうことをティルロットは全く知らなかった。
(私、シェザードのことよく知らないな)
夜食が好き。勉強が得意。魔力の調整に長けている。褒め上手。優しい。
誰でも知ってるような当たり障りのない情報しか知らない事実に気づいて、ティルロットはちょっとだけショックを受ける。
そして、友達になって仲もいいはずなのに、シェザードのことをこれっぽっちも知らない自分を恥じた。
「……相手が好きなところとかは、ちょっとわからないかも」
「そう。じゃあ、ティルロット……いえ、ティルロットの友達が好きなところはどう? あとは、普段その友達は休日に何をしているの?」
「私……? って、私……じゃなくて友達は、ピクニックしたりちょっとした旅行したりが好き、かな。休日は、ちょっとした小遣い稼ぎで日雇いのクエストを受けることもある、かも」
お金がかからなくて一人で気ままに行動することが好きなティルロットは、休日はよく食事を持参してピクニックをしたり、魔法で転移してちょっといい景色を見に行ったりするのが好きだった。
また、仕送りだけではどうしてもお小遣いが足りないときは、学校に内緒で魔物退治の日雇いクエストを受けて魔物を討伐しては、小遣いを稼いでいた。
「日雇いクエストって危なくないの?」
「そんなに難易度が高いものは受けてないよ。あくまで小遣い稼ぎだし。……って、友達が言ってた」
つい友達の話設定だということを忘れて口が滑るティルロット。マシュリーから「あんまり危険なことしちゃダメよ」と釘を刺されて、「うん」と頷きかけて、慌てて「友達に言っておく」と付け加える。
「それで話を戻すけど、行き先に関して相手は何か希望とか言ってるの?」
「どこでもいいから任せるって」
「そうなの。なら、いつもその友達が行くピクニック行ったり、散策したりでいいんじゃない?」
「でも、庶民が行きたいところに王族や貴族を付き合わせるってまずくない?」
「まずいの? 何で?」
「え? 何でって言われても……」
思わず口篭ると「ティルロットは難しく考えすぎね」とマシュリーからポンと肩を叩かれた。
「そうかなぁ?」
「そうよ。以前にも言ったけど、同じ学生同士なんだから、例え王族や貴族であっても同級生なら気負う必要はないわ。そもそも、友達に上下があるのっておかしいと思わない?」
「まぁ、確かに……?」
マシュリーの指摘で、はたと気づく。
ティルロットはずっと階級についての劣等感がどうしても払拭できなかったが、友達という関係性でよくよく考えてみると確かにそれはおかしい気がした。
友達という関係に上下が生まれたら、それは友達とは言えないだろう。
「友達はあくまで友達。私とティルロットだってそう。私はティルロットが好きだからティルロットと友達になりたいと思ったの。私が貴族だからってティルロットが遠慮して浅い関係になってしまうのは悲しいわ」
「それは……そうね」
「だから、デートをする相手のことが大事な相手なら、気負ったり遠慮したりする必要はないと思う。もちろん、相手が嫌がるというなら別だけど、お互い好きなところに行ってお互いが楽しめるならそれでいいじゃない。下手に背伸びしないでありのままを受け入れてくれる人なら、王族だとか貴族だとかそういうのを気にしてはダメよ」
「そっか。そうだね」
ティルロットが頷くと、マシュリーもにっこりと微笑む。
マシュリーの助言に、必要以上に難しく考えて悩んでた自分が何だかちょっとバカらしくなった。