第十九話 露天商
「ティルロット、大丈夫かい? 前が見えにくそうだし、その荷物は僕が持つよ」
「大丈夫大丈夫、もう帰るだけだし。気を遣ってくれてありがとう」
調味料に香辛料に食材にと思いのほかたくさん買い込んだせいで、シェザードだけでなくティルロットの腕も荷物でいっぱいだ。
細々したものばかりであまり重さはないとはいえ、シェザードと始終手を繋いでることもあって、多少行動に制限があるため不便していることは事実だった。
とはいえ、買いたいものはひとしきり買い終えたので、あとは帰るだけ。
なのでティルロットはシェザードの提案を断ったのだが。
「ダメだよ、ティルロット。それじゃ僕の存在意義がなくなっちゃう。僕にカッコつけさせてよ」
「でも、もうシェザードにも色々と荷物持たせちゃってるし。……って、あー! もうっ」
ティルロットが渡し渋っていると掠め取るように奪われる。手を伸ばすも、身長差で届かず。
出し抜かれたことに不満で唇を尖らせながら不満気に「ズルい」と漏らせば、その様子を見ていたらしいすれ違った年配の女性から「あらー、初々しいわね」と言われて気恥ずかしくなって、ティルロットは思わず俯いた。
「うぅ。シェザードのせいで笑われちゃったじゃん」
「ごめん。でも、ほら、仲がいいって見られてるなら別に悪くないとは思わない?」
「それはそうかもしれないけど……」
なんだか言いくるめられたような気がしないでもないが、とりあえず納得する。
確かに、嘲笑されたというより微笑ましく思われたなら別に悪いことではないというのもティルロットはわかってはいた。でも、ちょっと恥ずかしい。
(ま、でも無事に買い物も終えたし、誰にもシェザードのことがバレなかったし、よしとするか)
ずっと手を繋ぎっぱなしだったのは恥ずかしかったけれど、シェザードと一緒に買い物をするのは楽しかった。
普段とは違ってただ用事を済ませるだけではなく、いつもは行かない店も見られて新たな発見があったのもティルロットにとっては新鮮だった。
「おやおや、そこの可愛らしいカップルさん。ちょっと見ていかないかい?」
「……カップルだって」
「何で嬉しそうなの」
帰り道、マーケット外れの露天商の店主から声をかけられて、なぜか嬉しそうなシェザード。
手を繋いでいるせいか何度もカップルだと間違えられてしまうことが多く、下手に訂正しても言い訳が難しいのでティルロットは途中で諦めていたのだが、シェザードはなぜだかずっと嬉しそうだった。
「ちょっとだけ見てみようよ。まだ時間あるよね?」
「まぁ、なくはないけど……。というか、私は別に門限ないけど、どちらかと言うとシェザードのほうが門限あるんじゃない?」
「なら大丈夫。せっかくだし、見てみようよ」
シェザードに引っ張られる形で店に並んでいる商品を見る。そこには手作りの指輪やネックレスなどの装飾品が置かれていた。
「キミ達デートだろう? 記念にどうだい」
「記念だって、どう?」
「どうって言われても……」
アンティーク調のデザインが施された指輪やブレスレットはどれも綺麗で可愛らしく、正直ティルロットの好みだ。
けれど、値段が可愛くない。
魔石があしらわれているからか、どれもこれも高くてティルロットのバイト代では到底買えるような品物ではなかった。
(うーん、一桁多い……)
思わずまじまじと金額とにらめっこしていると、シェザードに「ティルロット?」と声をかけられて、ハッと顔を上げた。
「何?」
「いや、真剣に見てるなーって思って。気に入ったのがあった?」
「あー、うーん。綺麗で可愛いし、欲しいなとは思うけど、ちょっと……お値段が……」
ごにょごにょと店主に聞こえないように濁すと、シェザードは言われて初めて値札に気づいたようだった。
(って、そうだ。シェザードは王子様だった)
王子の金銭感覚でいったら、このくらいの値段は微々たるものだろう。ティルロットは、ついシェザードが王子だということを忘れて庶民の感覚で愚痴ってしまった自分を恥じた。
「ごめん、今のなし! 忘れて! だから早く帰ろう」
「じゃあ、僕が買ってもいいかな」
「いやいや、何でそうなるの!」
「僕が個人的に買いたいんだ。ダメかな?」
「えっと、シェザードが欲しくて買うってこと?」
「うん、そう。ちょっとプレゼントに。だから見てもいいかな?」
「それは、もちろん。どうぞ」
そう言われてしまえば何も言えない。
というか、咄嗟に拒絶してしまったが、そもそも自分に買ってくれるとかそういう話もしてないのに自分に買おうとしているのかと早とちりしてしまった自分が恥ずかしかった。
(うー、やだやだ。思い上がりもいいとこだわ。シェザードは別に私に買うだなんて一言も言ってないのに。あぁ、恥ずかしすぎて穴があったら入りたい!)
話の流れで、シェザードが自分に買ってくれようとしているんだと思ってしまったティルロットは羞恥で頬を染める。
けれど、手を繋いでいるためシェザードと離れることはできず、恥ずかしいながらもせめてもの抵抗として俯くことしかできなかった。
ちらっとシェザードの顔を見ると、真剣そのもの。
その集中して選んでる姿に、ティルロットは誰に買うんだろうとふとした疑問が湧いたが、すぐさま「王子様の詮索するなんて、庶民がしていいわけがない」と思考を散らすように頭を振った。
「ちなみに、ティルロットだったらどういうのが好みだい?」
「私? 何で私に聞くの」
「僕はこういうの選び慣れてないから、ティルロットの意見も参考にしてみようと思って」
「……庶民の私の意見なんて参考にならないと思うけど」
「女性の意見を聞きたいんだ」
「女性、の意見……」
女性として意見を求められたら答えないわけにはいかない。ティルロットは「じゃあ、あくまで私の個人的な意見だけど」と前置きしながら、ゆっくりと口を開いた。
「誰かにあげるなら相手にもよるんじゃないかな?」
「と言うと……?」
「ほら、手作業する人や関係性が薄い人に指輪はちょっとハードルが高い気がするから、この辺りのブレスレットやネックレス辺りがいい……かも?」
「そうか。なるほど」
ティルロットの意見に、ふむふむと頷くシェザード。
「ちなみに、具体的にティルロットはどれをもらったら嬉しい?」
「私!? え、えぇ……? 急にどれかって言われても……うーん……」
「値段とか気にしないで、普段使えそうなもので選んでみてよ」
「無茶ぶりだなぁ。そうだなぁ……。具体的にどれかって言われたら……この、ブレスレットとかかなぁ……?」
ティルロットが選んだのは華美ではないものの、細部まで緻密にデザインが施されたブレスレットだった。
昼夜をイメージしてあるのか、月と太陽がそれぞれ向かい合うようにデザインされ、月と太陽のモチーフそれぞれに魔法石の欠片が埋め込まれている。
「ほう、お目が高いね。これは人間の一生をイメージしたブレスレットでね。命の儚さを表している私も特にお気に入りの一品だよ」
「あ、そうだったんですね」
店主からお墨付きをもらえてちょっと照れるティルロット。
とはいえ、高い。
値段を気にしないでって言われたから好きなものを選んだだけだが、正直バイトをいくつも掛け持ちしないと手が届かない値段だ。
「ちなみに、決め手は?」
「決め手は……デザインもいいなって思ったけど、ブレスレットならつけ外し楽だし、生活する上で邪魔にならないかなって思って。あと、せっかくつけるなら実用的なほうがいいかなって」
「ふんふん。なるほどね」
「あ、あくまで、私は、だけどね! その、シェザードがプレゼントしたい人はどうかはわからないけど、その人が使いやすいものであればいいんじゃないかな」
ティルロットの言葉に再び商品を見つめ出すシェザード。
ティルロットはあまり選んでる様子を見るのは失礼かなと視線を逸らしつつ他のところを見ていると、「まいどあり」という声が聞こえて、いつのまにかシェザードが商品を買っていたことに気づいた。
「よし。行こうか」
「え? いつのまに買ったの。気づかなかった」
「ちょっとね。とりあえず、行こうか。あ、ありがとうございました」
「あぁ、大事にしてくれ〜」
店主に挨拶を済ませるシェザードの隣で、ティルロットも一応頭を下げておく。
シェザードに「何を買ったの?」と聞くも、「ふふ、秘密」とはぐらかされてしまって、ティルロットは腑に落ちないながらもそれ以上詮索はせずにシェザードに手を引かれて大人しく帰路につくのだった。




