第十八話 繋ぐ
「ここがマーケットか。すごい人だ。初めて来たけど、とても活気があっていいね」
「……まぁ、この街で一番大きなマーケットだからね」
「どうしたの? ティルロット。もしかして、緊張してる?」
シェザードに顔を覗かれて逸らそうとするも、羞恥で耳まで真っ赤な顔は隠しようがなかった。
というのも現在、訳あってティルロットはシェザードと手を繋いだ状態でマーケット内を歩いているからだ。
「ねぇ、シェザード。本当に手を繋いでないといけないの?」
「そうだよ。誰かと手を繋いでないと、この認識阻害の魔法は効果が切れちゃうんだ。ティルロットには申し訳ないけど、身を隠すためだからマーケットにいる間だけは我慢してもらってもいいかな」
「……別に、我慢とかそういうんじゃないけど、誰かと手を繋ぐとか……普段しないからなんか恥ずかしい」
幼少期ならまだしも、この年になって誰かと手を繋ぐということは、ティルロットにとって物凄くハードルが高かった。
それも異性。
しかも、相手は王子様。
いくら夜食仲間として仲良くなったとは言えど、緊張しないわけがなかった。
「でも、おかげで誰からも僕だって気づかれていないだろう?」
「それは確かに、そうだけど」
実際、マーケット内を堂々と歩いているというのに誰も気づく様子はない。そもそも、周りの人々はこちらを見ようともしていなかった。
最初は魔法の効果に半信半疑で、シェザードと手を繋いでマーケットに入ると聞いたときはシェザードに騙されているんじゃないか、バレたらどうしようかと脳内パニックを起こしていたが、こうして魔法の効果を実感すると、気持ちもだんだんと落ち着いてくる。
とはいえ、未だに羞恥心がなくなったわけではない。
今も手汗の心配で、なるべく早くマーケットでの買い物を終わらせたいのだが、思いのほか強いシェザードにしっかりと手を握られてしまっているため、上手く主導権を握ることはできなかった。
「そういえば、ティルロットはマシュリーと仲がいいけど、よく週末は一緒に遊んでいるのかい?」
「うーん。マシュと仲はいいけど、遊ぶっていうのはなかなかない、かな。マシュは資格の勉強とかで色々と忙しいみたいだし」
ティルロットほどではないが、マシュリーも成績上位者である。
けれど、マシュリーは父親が法務大臣だからか自分もその道に進むと今から資格勉強に励んでいて、休日は専ら勉強三昧でティルロットはなかなか相手にしてもらえていなかった。
「そうなんだ。ということは、マシュリーもティルロットの部屋でたびたび勉強会をしてるとか?」
「ううん。マシュは私の部屋に来たことないよ。というか、部屋に誰かを入れたのはシェザードが初めて」
「っ! そうなんだ。嬉しいな。初めてが僕だなんて」
そう言うと嬉しそうに照れるシェザード。その反応に、なんだかこちらも照れてしまう。
「言い方」
「え? あっ! ご、ごめん! 別に他意はないよ!?」
「ふふ、わかってるよ。冗談で言っただけ」
ティルロットがころころと笑えば、つられてシェザードも笑う。
手を繋ぎながらこんなやりとりをしてると、なんだかシェザードと付き合って、デートしているような錯覚に陥りそうだった。
「ちなみに、マーケットに誰かと来るのもシェザードが初めてだよ」
「そうなんだ! なんだろう、すごく嬉しい」
はにかむように、頬を染めながら喜ぶシェザード。
ただ初めてというだけなのに、シェザードがなぜそんなに喜ぶのかティルロットにはわからなかった。
「大袈裟だなぁ」
「だって、ティルロットの親友であるマシュリーよりも僕のほうが先を越してると思うと、ちょっと優越感があるというか」
「それ、マシュが聞いたら怒りそう」
「え!? それはまずい! ごめん、言わないで」
「はははは、言わないよ〜。色々とバレたら面倒だし」
マシュリーの口が固いことはわかっているが、正直シェザードと仲がいいことがバレたときのマシュリーの反応が読めなかった。
だからこそ、下手に話して墓穴を掘るのは避けたかった。
「てか、買い物来たんだから買わないと! あんまりダラダラしてたら遅くなっちゃう!」
「ごめん、そうだよね。つい浮かれちゃって。それで、具体的にどこで何を買うんだっけ?」
聞かれて懐からメモを取り出す。
そこにはメモいっぱいに必要なものと指定のお店が書かれていた。
「えっと、主にスパイスだね。それと頼まれてた調味料や食材かな」
「なるほど。行きつけのお店とかあるのかい?」
「うん、いくつかあるよ。案内するね」
今度こそやっと主導権が握れる。と内心思いながらも、ティルロットは顔に出さずに「こっちだよ」とシェザードの手を引くのだった。




