第十四話 いい関係
「ってなことが今日あってね」
日中のマシュリーとのやりとりを夜食を食べながら話すティルロット。
一応情報は共有したほうがいいかと、マシュリーがシェザードの変化に気づいていることなどを話しておく。
「そうだったんだ。すごいね、マシュリーはよく見ているね」
「それで、実際どうなの? マシュが言う通りシェザードは調子いい感じ?」
「もちろんだよ。ティルロットのおかげでこうして夜食を食べられてるから、心身共にすこぶる調子がいいんだ」
「それはよかった」
元気だとアピールするように、力こぶを見せるポーズをするシェザード。その姿はなんだか子供っぽくて可愛らしかった。
「あ、でもそれでジェラルドに気づかれてない?」
「全然! そういうことには鈍感なんだ、彼。僕のことを見てるようで見てないから大丈夫」
「そうなんだ。意外」
「ジェラルドは見たいものしか見ないタイプだからね。とはいえ、あまり油断はしすぎないようにするつもりだけど」
「うん、そうして。バレたら面倒だろうし」
「もちろんだよ。ティルロットに迷惑をかけたくないからね」
自信満々に言い切るシェザード。
どこからくるのかわからない謎の自信である。
「でも、マシュが私達の変化に気づいたことだし、もうちょっと気をつけたほうがいいかも。一応気をつけてたつもりなのに見抜かれてたわけだし。今は平日の毎夜やってるけど、夜食の頻度もう少し減らす?」
「いや、減らさなくて大丈夫じゃないかな」
「え、でも……」
なぜか大丈夫だと言うシェザード。
ティルロットは困惑するものの、シェザードにはどうも根拠があるようで、まっすぐティルロットを見つめながら口を開いた。
「マシュリーは僕達のことを『いい変化』だって言ってたんでしょ? だったら、急にまた前みたいに戻ったらマシュリーは変に思うんじゃないかな?」
「……確かに。言われてみればそうかも」
シェザードの言葉に納得する。
目敏いマシュリーのことだ。シェザードに指摘された通り、また以前のように戻ったらそれはそれで不自然に思うだろう。
「だから、このままで大丈夫。お互いがこうして集まってることを悟られなければ問題ないよ」
「そっか、わかった。じゃあ、これからも一応このままってことで。って、でも日中シェザード私に気づいて反応したよね? あれはさすがにアウトだと思う」
「それについてはごめん。完全に油断してた。ティルロットに気づいて、つい嬉しくなっちゃって」
「もう。気をつけてよね」
「うん、もうしないように気をつけるよ」
ティルロットがジトっと疑るような目で見ると、途端に焦り出して「絶対にもうしないから許して」と弁明するシェザード。
「それにしても、シェザードのおかげで魔力調整できるようになって本当よかったよ。成績もすこぶる順調だし。ありがとう」
「どういたしまして。でも、魔力調整できるようになったからって、実技の成績が上位にまでなれたのはティルロットの実力だよ」
「いやいや、シェザードが火加減って言ってくれてイメージしやすくなったおかげだよ。あの気づきがなかったら、未だに魔力調整できずに校庭やら校舎やらぶっ飛ばしてたかもしれないし」
実際、魔力調整ができるようになったおかげで、成績が上がったどころかモノを壊すことがなくなった。
そのぶんの弁償することがなくなっただけでなく、先生から怒られたり周りに申し訳なく思ったりなどの精神的負担がなくなったのはティルロットにとってはとても大きいことだった。
また、イジメに関してはあまり減ってないにせよ、少しでもストレスが軽減されたことによって、以前に比べて心身共に体調がよくなっている気がする。
「あと魔力を無駄にしなくなったぶん効率よく魔力消費できるようになったから、体調もすごくいいんだ! 今なら巨大なドラゴンも倒せそう」
「それは凄いな。僕は本調子だろうがなんだろうがドラゴンを倒せる気がしないよ」
「まぁ、倒せそうな気になってるだけだけどね。とにかく、シェザードのおかげで今回も特待生の規定要件満たせそうだし、よかった〜」
先日までこれ以上備品並びに器物破損が増えれば特待生剥奪もあり得ると学園長から脅されていたので、ティルロットはホッと胸を撫で下ろす。
せっかくNMAにやってきてイジメを受けながらも勉学を頑張ってきたというのに、退学にでもなったら全てが無になり母に合わせる顔がなくなるところだった。
「そういえば、マシュリーにその勢いのまま首席をとって周りをぎゃふんと言わせてって言われたんだよね……」
「なるほど。でも、確かに。ティルロットなら首席取れると思うよ」
「えー? 現在首席の人がそれ言う〜?」
「実際、僕は平均より全体的にちょっと秀でてはいるかもしれないけど、特出してる部分って正直ほとんどないんだ。だから、僕よりもティルロットのほうがすごいと思うし、首席も取れると思うよ」
「それは謙遜? それとも強者の余裕ってやつ?」
「本音だよ。ティルロットなら首席を取れるよ。僕としても、ティルロットが優秀なことを知ってもらうために首席を取るのは賛成だよ」
ティルロットがわざと茶化して言うも、シェザードにまっすぐに見つめられて押し黙る。
冗談が通じないというよりも、シェザードは真摯にティルロットに向き合ってくれているのが伝わり、その事実と気恥ずかしさでティルロットはどう反応したらいいのかわからなかった。
「……シェザードもそう言うなら、首席取れるように頑張ろうかな」
「うん。僕も全力で応援する」
「応援って……あ、でも、シェザードも私に忖度しないで頑張ってよね」
「もちろんだよ。二人で首席と次席取れるくらい頑張ろう。切磋琢磨ってやつだね」
「だね。負けないから」
ティルロットがファイティングポーズを取ると、シェザードはその真似をする。
けれど、見よう見まねなせいかそれはちょっと変で、ティルロットはおかしくて笑った。
「それに、私には優秀な魔法の先生がついてるからね。きっと負けないよ」
ティルロットが得意げに言うと、一瞬シェザードが面食らったような顔をする。
そのあとどうやらティルロットの言葉の意味を理解したようで、シェザードは口元を緩めた。
「それを言うなら僕には優秀な料理の先生がついてるよ」
「それ、全然勉強に関係ないじゃない」
「生きる上では必要なことさ」
お互いそんな軽口を言い合いながら笑い合う。
身分差はあれど、くだらないことを言い合えるこの関係が、友達が少ないティルロットには心地よかった。
「そうだ、ティルロット。せっかくだし、期末試験の勉強を一緒にしないかい? 夜食のときとか……もしよければ、週末とか」
「週末? 週末に会うのはちょっとまずいんじゃない? ジェラルドにバレたら面倒でしょ」
「大丈夫だよ。言い訳ならたくさんあるから。それで、早速だけど今週末一緒に勉強会はどうかな」
想像以上に早くスケジュールを求められて困惑するティルロット。
シェザードと一緒にいるのは楽しいが、周りにバレたらどうしようかと思うとなかなかすぐには決められなかった。
(一人で勉強するよりは一緒に勉強したほうが楽しいだろうけど、バレるリスクが上がるのはちょっとなぁ……)
けれど、目の前にいるシェザードは期待に満ちた瞳をしていて、そんな彼を見たらティルロットには断る勇気など出なかった。
そもそも、シェザードのおかげでこうして魔力調整ができるようになったのだと思うと、どうしてもシェザードの誘いを無碍に断ることはできなかった。
「うーん。まぁ、いいけど……」
「じゃあ決まり! 場所は僕が考えておくよ」
「あ、なら私の部屋に来ない? 一人部屋だし、多分誰にもバレないだろうから」
「え、ティルロットは一人部屋なのかい!?」
シェザードがいつになく大きな声で驚く。
というのも、本来一人部屋をあてがってもらえるのは寮長と副寮長のみである。つまりは上級生。
それなのに、一年生のティルロットが一人部屋というのはかなりの異例なので、シェザードが驚くのも無理はなかった。
「あー、まぁ、ちょっと事情があってね。それでもよければだけど」
「ティルロットの部屋にはとても行きたい、けど……女子寮に僕が入っても大丈夫かな」
「私の部屋は入り口入ってすぐのとこにあって、中に入るってほどではないからそこまで気にする必要はないとは思うけど、気になるなら別の場所にする?」
ティルロットの提案に、うんうんと物凄く悩んでいる様子のシェザード。
まるで究極の選択を迫られているような苦悩する表情だ。
「うー、あー……。女子寮に入るのはとても気が引けるけど……ティルロットがよければ、僕は部屋に行きたい、かな。ティルロットがどんな部屋で勉強してるのかとか、一人部屋が気になる」
数分間うんうん悩み続けたあと、どうやらやっと結論が出たらしい。
歯切れ悪く、まだ悩んでいる様子ではあるものの、好奇心のほうがまさったようだった。
「じゃあ、週末私の部屋で勉強ってことで。待ち合わせは共有ラウンジに十時ね」
「うん、共有ラウンジに十時だね。遅れずに行くよ」
「でも本当別に大した部屋じゃないから、そんなに期待しないでね」
「わかった。でも、ティルロットと一緒に勉強できるのは嬉しいよ。週末が楽しみだな」
「変に浮かれてジェラルドに気づかれないようにね」
「っ! そうだね、気をつけるよ」
(浮かれてるのか)
冗談を言っただけなのにたまに本気で受け取られて調子が狂う。
期待しているシェザードには悪いが、本当に大した部屋ではないんだけどなと思いながら、ティルロットは夜食を完食するのだった。




