第十三話 親友
あれからシェザードとの特訓の成果が出て、みるみるうちに魔力調整が上達していったティルロット。
一度コツを掴んでからは今までの苦労が何だったのかと思うくらい魔力を自由自在に操れるようになってきていた。
そのおかげで今ではモノを壊すことなく、成績も向上。母からの定期連絡でも頑張ってるようでよかったと褒められ、いいこと尽くしでティルロットの気分も上々であった。
「最近、調子よさそうね」
今日もティルロットが一人で昼食をとっているとマシュリーがひょっこりと顔を出し、声をかけてくる。
ティルロットは「マシュ!」とパッと顔を明るくさせると、空いてる隣の席に彼女が座れるように椅子を引くと、マシュリーはそのままそこに腰かけた。
「ありがとう、ティルロット。てか、聞いたわよ〜? 最近、魔法実技の試験でいい成績だって」
「えへへ、そうなの。ちょっとずつだけど、魔力調整できるようになってきたんだ〜」
「グリゴリオ先生も褒めてたわ。見違えたように成長したって。なんか特訓でもしたの?」
「ふふふ。まぁね〜」
ティルロットが意味深に微笑むと、「何したの? 教えてよ〜」とマシュリーに絡まれる。
「別に大したことじゃないんだけど、火加減を意識するようになったら上手くできるようになったんだー」
「火加減? 魔法の特訓に火加減ってどういうこと?」
マシュリーはイマイチ理解できていないのか首を傾げる。料理をしないマシュリーには、火加減と言われても何のことだかさっぱりわからないようだった。
「ほら、私って料理するでしょ。料理によって火の強さをそれぞれ変えながら調理するのだけど、そんな感じで魔力を調整すればいいんだって気づいてね。実践したら上手く魔力調整ができるようになったんだー!」
「へぇ! なるほど。すごいじゃない! そんなことに気づけるだなんて、さすが私のティルロットね!」
マシュリーから褒められながら、「本当はシェザードのおかげなんだけどね」と心の中で言いつつも、本当のことは隠すティルロット。
正直マシュリーにならシェザードとの特訓のことを言っても広められない自信はあったが、もしここで話して誰かに聞かれるリスクを考えると、マシュリーにもシェザードとのことは言うに言えなかった。
「元々成績も優秀なんだし、この調子なら今年度の首席も狙えるんじゃない?」
「えー? いやぁ、さすがにそこまでは厳しいと思うけど」
「そう? ティルロットならできると思う」
「まぁ、首席とったら補助金も増えるし、狙えるなら狙いたいけど。……でも確か、今の首席って」
「シェザード王子ね」
シェザードの名前が出て思わずドキリとする。隠しごとがあるせいか、ただ名前が出てきただけだというのに、ティルロットは妙にソワソワした気持ちになった。
「なんだかんだ王子なだけあって優秀なのよね、彼」
「そうなんだ」
「王子なわりに目立たないけどね。本人もそういうこと吹聴するタイプじゃないし。まぁ、従者のせいで悪目立ちするときはあるけど」
「あー、それは確かに」
以前喧嘩したときを思い出す。普段からジェラルドがあの調子であれば、否が応でもシェザードは目立ってしまうだろう。
シェザードが心底うんざりしているのも理解できた。
「でも、ティルロットの実力ならシェザード王子を超えることができると思うわよ! というか、超えて同級生やあの従者の鼻を明かしちゃいなさいな」
「まぁ、そりゃできることならしたいけどね」
首席をとったからってまたどうせ不正だのインチキだの根も葉もない言いがかりをつけられるだろうなと思いながら、マシュリーの言葉に相槌を打つ。
ここでまた余計なことを言ったらマシュリーに激詰めされることは学習済みだからだ。
「キャー! シェザード王子よ!」
「王子! 今日も素敵ですぅ〜」
「シェザードさま、どうぞこちらへ!」
「邪魔だ、貴様ら! 散れ! 散れ!」
「あ、噂をすればシェザード王子が来たようね」
食堂が賑やかになったと思えば、シェザードが食堂に来たらしい。いつも通りジェラルドが取り巻きを牽制するようにしっしっとまるでまとわりつく虫を追い払うかのように雑に追い立てている。
「ほんっと、態度悪いわよね。あの従者」
「ね」
ジェラルドの行いが悪いせいで、ぺこぺこと謝る様子のシェザード。そんなシェザードに対して憤っているジェラルド。
全くもって負の連鎖である。
(どんまい、シェザード)
つい憐れみの視線をシェザードに送れば、バチっと目が合う。その瞬間、シェザードがパッと明るい表情になったのに気づいて、ティルロットは咄嗟に顔を逸らしてしまった。
「どうしたの?」
あからさまに顔を逸らしたティルロットを不審がるマシュリー。自然と視線を逸らせられればよかったものの、そういうことに慣れていないティルロットは不自然さしか感じない行動をしてしまった自分を内心叱咤した。
「え? いや、ほら、またジーって見てたらあの従者に不敬だなんだってどやされそうだったから」
「あー、それは確かに。あの荒ぶりようじゃ、難癖をつけてきそうよね」
「でしょう? だから、相手に気づかれる前に顔を逸らそうとしたらあんな感じに……」
我ながらいい言い訳を思いついたと、ペラペラとそれらしいことを言う。
すると、マシュリーも納得してくれたようで、それ以上特に追及されることはなかった。
「そういえば、ティルロットだけじゃなくてシェザード王子も調子いいというか機嫌がよさそうなのよね」
「へ、へぇ〜。そうなんだ」
再びシェザードの話が戻ってきてぎくりとするティルロット。違和感がないように平静を装うように努めるものの、不意打ちなせいか心臓がバクバクと早鐘を打っている。
「私もそこまでシェザード王子と関わりはないけど、以前は覇気がないというか気弱で内向的で……言っちゃ悪いけど根暗な感じだったけど、最近は勉強だけでなく実技も伸びてるみたいだし、人当たりも以前に比べてだいぶいいみたいよ」
「そうなんだ。知らなかった」
「なんかいいことでもあったのかしらね」
「さぁ……?」
白々しくならないように気をつけながら知らないフリをする。
恐らく夜食を食べるようになってお腹を満たせるようになったことから元気を取り戻して活動的になれたからだと思うが、ティルロットはさも今知ったかのように振る舞った。
「前にティルロットがシェザード王子はよく喋るって言ってたけど、もしかしたらその影響もあるのかもね。いつのまにか彼も成長してるってことかしら」
「そうなのかもね。なら、なおさら首席を取るのは難しいかも」
「ダメよ、そこで諦めちゃ。ティルロットならできるから、頑張りましょうよ」
珍しく意固地になるマシュリー。
普段ここまでしつこく念を押されることはなかったので、やたらとティルロットが首席になることにこだわるのはなんだか意外だった。
「随分と私が首席になるのを推すね、マシュ。なんかあるの?」
「だって、あいつらの苦虫を噛み潰したような顔を拝みたいじゃない。首席とって、ティルロットを見下してる奴らを全員ぎゃふんと言わせましょうよ」
「もう、マシュったら」
けろっとそんなの当たり前でしょと言わんばかりの顔をするマシュリーに苦笑する。そういうところは公爵令嬢と言えど、俗人と価値観が同じなのかもしれない。
「まぁ、できたら頑張るよ」
「できたらじゃダメよ。徹底的に完膚なきまでに思い知らせるためにも、絶対首席取ってちょうだい」
「なんか目的が変わってきちゃってる気がするけど……?」
「だって、ティルロットがどれだけ凄いのか証明したいじゃない! ティルロットは物凄く頑張って実力もあるのに庶民だなんだって階級でみくびってるやつら許せないじゃない! だから、ティルロットの凄さを見せつけたいの」
「マシュ……」
マシュリーの意図が伝わって、嬉しくなるティルロット。自分のことをこんなにも想ってくれてる親友がいることにジーンと胸が熱くなりながら、「マシュ、ありがとう。大好き! もう結婚しよっ」と抱きついた。
「私もティルロットが大好きよ! てか、もういっそ、法律変えて結婚できるようにしましょうか!」
「じゃあ私、法務省に入る!」
「なら、私はお父さまに直談判するわ!」
「ちょっと待って。マシュのお父さまって法務大臣じゃん。最強すぎるでしょ!」
お互い冗談を悪ノリしながら、笑い合う。
階級が違うのにこんなにも仲良くしてくれるマシュリーの存在が、ティルロットにとって何よりもありがたかった。




