第一話 ティルロット
「いいか、ティルロット・グレージア。加減をしろよ、加減を!」
「わかってますよ、先生! 大丈夫です! 私だって恐らく……きっと、いや多分やればできるんですよ! えーっと、加減……加減……っと、唸れ焔よ! 爆ぜよ!!」
ドゴーーーーーーーーーン!!!
魔法の実技試験。
本来は丸太に火をつける簡単な初歩試験なのだが、丸太どころか半径100m範囲を塵一つ残さず吹っ飛ばすティルロット。
念のためにと生徒たちはだいぶ離れた場所にいたため生徒に危害が及ぶことはなかったが、もちろん被害は尋常じゃなかった。
「グレージアーーーーーー!! だから、加減しろと言っただろーーーーーーー!!!!」
「ご、ごめんなさーーーーーい!!!」
彼女はティルロット・グレージア、十六歳。
マロンベージュのミディアムヘアにペパーミントの瞳。身長はさして高くなく、小柄でほっそりとした体躯で顔立ちも平凡。
さらに言えば王族でも貴族でもないただの庶民の少女である。
だが、ティルロットには並外れた魔力があった。
そのため、世界屈指の魔法学校であるノワール・マジカル・アカデミア、通称NMAに在学中である。
NMAに入学できる生徒はごく僅か。
王族や貴族であってもコネなどは一切なく、また受験制度も採用していないため、選考基準は魔法能力に長けているかどうかのみ。
まさに選ばれし者しか入学が許されない学校である。
とはいえ、魔法が長けているものは必然的に能力が長けているため、ほぼ貴族や王族の生徒が多く、庶民は圧倒的に少ない。
一部例外はいるものの、多くの王族や貴族たちは階級を重んじる者のほうが多かった。
それゆえ、いくら同じ学校の生徒とはいえ庶民への風当たりは強く、特にティルロットは庶民の中でもかなり格下の部類に当たるので、王族や貴族にとって煩わしい存在になっていた。
そのせいで、まだ入学して間もないとはいえティルロットはNMAでの友達が少なかった。
「ヤバいよね、あの庶民」
「魔力がたくさんあっても制御できなきゃ意味ないっての」
「知ってる? いっつも何でも爆発させるからボマーって呼ばれてるんだって」
「そうなの? 私はデストロイヤーって呼ばれてるって聞いたけど」
「何それ、ウケる」
(毎度毎度飽きないなぁ)
授業が終わったあと食堂で昼食を食べていると、わざとティルロットに聞こえるように話している近くの貴族の少女たち。特に伯爵令嬢のマーガレット、男爵令嬢のデイジー、子爵令嬢のパンジーの三人組はよく一緒につるんでいるのだが、ティルロットが目障りなのか、彼女を露骨に目の敵にしている。
今もわざと聞こえるように悪口を言ってティルロットの反応を伺っているのだろうが、そんな悪口など慣れきっているティルロットは大して気にせずにマイペースに過ごし、無視を決め込んでいた。
「ティルロット。隣空いてる?」
「マシュ! どうぞどうぞ。座って!」
ティルロットに声をかけてきたのは同級生のマシュリー・ベネットだ。
スカイブルーのボブヘアにキリッとしたベリー色の瞳。色白でスラっとした出立ちの彼女は、美人と評判の公爵令嬢である。
そして、公爵令嬢でありながらティルロットと仲良くする数少ない友人であった。
「じゃあ遠慮なく。……それにしても、相変わらずティルロットは凄い量食べてるわね」
「だって、魔法を使ったらお腹空いちゃうんだもの」
食堂の机いっぱいに広げられた食事。
どう見ても十人前はあるだろう量をティルロットは一人で食べていた。
「燃費が悪いのも困りものね」
「もうちょっと魔力の調整ができればいいんだけど。なかなか思うようにいかなくて」
「私からしたら羨ましい悩みだけど、ティルロットにとっては死活問題よね」
「そうなの。今日もグリゴリオ先生にめちゃくちゃお説教されたし」
「そりゃ、焼け野原のあと芝どころか森生やしたら誰だって怒るわよ」
「だってぇ……」
マシュリーに笑われて不貞腐れるように膨れるティルロット。
授業後、魔法実技担当のグリゴリオに現状復帰しろと言われ、焼け野原にしてしまった芝生を元に戻さねばならなかったのだが、いかんせんティルロットの魔力が強すぎて芝どころか一帯を全て森にしてしまい、さらに怒られてしまったのだ。
「そもそもさー、そこらじゅう焼き野原にした私が芝生やすなんてできるわけないじゃん」
「あははは。見事な開き直り」
「だってそうでしょ? もう、こうなりゃやけ食いしてやるー!」
「よく言うわよ。いつも同じ量食べてるじゃない」
「そうなんだけどさー」
そう言って次々に皿の中身を空にしていくティルロット。綺麗に完食していくさまは圧巻だ。
「でも私、ティルロットの食べっぷり見るの好きよ? それにとても美味しそうに食べてるから見てて幸せな気分になってくる」
「そうかな? 普通じゃない?」
「普通じゃないわよ。とても素敵だと思うわ。ティルロットの食べ方見てると、よい育て方されたんだろうなってわかるし」
「庶民だけどね。かなり下層の」
「もう、そうやって卑下しないの。そういえば……「キャアアアアアアアア!!!」」
マシュリーが何かを言いかけたとき、耳をつんざくような黄色い声が食堂を包んだ。もはや絶叫に近いそれに思わず声の方を見れば、そこには大きな人集りができていた。