ゴーストライター2
「まあ、こんな屁理屈言われるから、乱歩先生も書けなくなったんだろうな。」
向井の言葉に文月は現実に帰る。
そう、これはフィクションだ。乱歩先生は面白い小説を書こうとしただけで、それほど考えなっかったに違いない。
「それ、今、言いますか?」
素にも戻って白けた文月は恨みがましく向井を見た。
「そんな顔、するな。ここからが我々の出番じゃないか。
西洋では影で作品を支える人間を幽霊作家というらしいが、幽霊というのは客の目の前で派手に踊ってようが叫ぼうが、認識されたらいけないんだ。」
向井の言葉を文月は少し時間をかけて理解しようとした。
ゴーストライター 公の作者の代わりに作品を作る作家のことである。
それは、あまり良い意味では使われない。が、向井にはそんな暗さが感じられない。
「確かに、知られてはいけないのでしょうけれど、言いたい意味が分かりません。」
文月は正直に感想を言った。
「だろうな。だから確認したんだよ。岳士、お前、乱歩先生になって話の続きを追うつもりだったろう?」
向井に言われて混乱する。確かに、そのまま使える文章を考えようとは思ったが、江戸川乱歩の代わりを務めようなんて畏れ多いことは考えてはなかった。
「そうなんでしょうか?」
「ま、作家目線で考えようとしてたのは、確かだな。でも、それでは、10年越しの贔屓の目を欺くなんてできないさ。
細かい文字の配置、目線。いろんなところから違和感が生まれて、二次活用ができない作品になる。」
「二次活用?」
「ああ、僕は、歌劇『悪霊』の脚本の座を狙ってるんだよ。だから、小説はしっかりと完結して売れてくれないと困るんだ。」
向井は真面目な顔でそういった。
向井は近年の検閲などの関係から、お上に準われる人物である。そして、雑誌の編集の仕事を失った既婚者でもあった。
夢だけでは生きてはいけない。
向井にもここが分水路、と、いうところなんだろう。
「脚本ですか。でも、では、僕はどうしたら良いのでしょうか?」
文月の答えに向井はニヤリと笑った。
「だから、幽霊になるのさ。今回は、祖父江慎一の目線で話を再構築するんだよ。幸い、この物語は作家が、記者の手紙を発表する形になっているから、祖父江の気持ちで作り出した結末を、乱歩先生が加工すれば違和感がないからね。さっきのような、細かいダメ出し部分を編集者として生きてきた我々が辻褄を合わせて話を作るんだよ。
それを、乱歩先生が物語に仕上げるんだ。」
向井に言われて文月は納得した。
ゴーストライターというのも、色々とあるものだと感心しながら。