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幽霊作家  作者: ふりまじん


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繋がり


 「でも、参考資料は実在して乱歩先生が読んだ設定で話してましたよね?」

文月は向井に聞く。向井は眉を寄せて苦笑する。

「そうだね。はは。しかし、実在の資料がどんなものか、僕もわからないからね。でも、中村先生の登場で、おもわぬ繋がりが出てくるんだ。

 君は理系で、新聞小説なんて読むこともなかったろうから気がつかないのだろうけれど、中村先生は一時期小説家としても活動していらしたんだ。」

「え?」

「しかも、夏目漱石の門下生なんだ。」

向井がニヤリと笑うが、何が楽しいのか理系の文月にはわからない。

「どういうことですか?夏目漱石…ああ、夏目先生は確かイギリスに留学されていましたね。」

文月の返事に向井は嬉しそうに笑う。

「惜しいな。それだけの理由で赤本にたどり着いても、読者が唸る話にはならないよ。」

向井の反応に文月は苦笑して考える。

中村古郷は向井によれば、明治45年から大正にかけて新聞で小説の連載を務めた経験があるのだそうだ。

「そうでしょうか。僕は、中村先生に祖父江進一を見て、逆に怖くなってきましたよ。新聞社の文化部…これは、一体、どういうことなんでしょうか?」

文月は真顔になった。が、向井は呆れたようにそれを笑った。

「この物語は、確かに、中村古郷と祖父江の関係は気になるが、まずは現実の参考資料について考えよう。

 ここからが、文系の面白いところなんだ。

 僕は、中村古郷が夏目漱石の門下生だとそう言ったね?」

「はい」

「ここでもう一人、夏目漱石の門下生の話をするよ。」

「はい」

「芥川龍之介だ。」

「芥川龍之介…確か彼は漱石と同じ帝大の天才でしたね。」

文月は少し憧れのこもった声で言った。

「ああ、漱石先生の教え子でもあったようだね。ここで夏目漱石を介して中村先生と芥川先生に縁ができる。」

向井は楽しそうだが、理解できない文月はもやもやする。

「縁ができると、何があるのでしょう?」

少し棘のある文月の言葉に、向井は『悪霊』の原稿を指差した。

「ここで、再び、『悪霊』をみる。この物語は、基本、手紙の人物や住所を変えてあると書かれている。」

「そうですね。」

「こういう時、君ならどう表現する?」

向井に言われて文月が少し考える。

「基本はイニシャルでしょうか。他には仮名を用いますかね。ありえない作れだすとか。」

「ベーカー街221bのような?」

向井は揶揄うように言う。

「それでは、ほとんど地名が特定されますから。東京のX区幸町とか。幸町はよくありますから。それか、幽霊町のようなあからさまなものでしょうか?」

文月は頑張って考えた。

「幽霊町か。面白いね。では、『悪霊』の原稿に目を通してくれないか?

乱歩先生は姉崎邸を『牛込区河田町』と明記している。この意味が君には渡るかね?」

向井に言われて文月は考える。

「そうですね。確かに牛込区河田町です。」

「ああ、そして、黒川博士は中野、熊浦氏も中野だと書いてある。これは多分必要だから書かれたのだと思う。」

向井は眉を寄せて少し黙った。

「中野と牛込ですか…確かに、ただの密室殺人でなはい何かを感じますね。」

文月はため息をついた。これは思ったよりも難問かもしれない。蘇澳考えたからだ。広範囲を使って、どんなトリックを乱歩先生は考えたのだろう?そして、何が、それを中断させたのだろうか?

「ああ、ここでまず、牛込という地域に注目する。」

向井はそう言って文月のメモ帳に牛込と書いた。

「はあ。」

「牛込で連想するのは何かね?」

「牛込、ですか…確か、昔は牛を飼育していたところからこの地名がついたとか聞きましたが、ええと、その為か電車の停留所が雨ありますよね?あと、そうだ、学校が多いです。陸軍学校とか、あとは、ええと…」

と考えて、そこで、文月は思わず立ち上がる。

「ああ、そうです!そうですよね、夏目漱石、夏目漱石の生家がありました!」

文月は思わす叫んだ。


 こんなことってあるのだろうか。これは、本当に何かの判じ物なのだろうか?乱歩先生は、竹溝先生にこうやって謎かけをしたのだろうか?


 興奮する文月を向井は宥めた。

 「まあ、落ち着きたまえ。それだけでは、赤本には辿り着かないよ。牛込には沢山の有名人が住んでおられるがね、ここに昨年、『丸の内音頭』で話題になった西條八十先生を加えないと。」

「西條八十?」

文月は混乱する。時代の流行詩人がどう関係するというのだろう?」

「ああ。ここで八十先生を加える。文学者の交流とは広いようで狭くもあのさ。

まあ、どんな物でもそうだが、勢いのある人も元に人は集まるからね。

 ここで、八十先生を思い出すと、日夏耿之介ひなつこうのすけが出てくるんだ。」

「はぁ」

「日夏耿之介は僕も好きな詩人でゴジック・ロマンの作家なんだ。彼のオカルトの解釈は切子細工のグラスに注いだブランデーのように幻想的で美しい。文月君、君は『黒衣聖母』は読んだ事はあるかな?」

向井の雄弁な様子と反対に文月はキッパリとそれを否定した。

「ありません!それより、早く、漱石と芥川、八十の関係を教えてください。」

文月のもどかしいセリフは、向井を現実世界に引き戻す。

「君は人生にロマンを少し増やした方が…ああ、わかってるよ。関係性だね…

さっきも言ったが、日夏先生はゴジックロマンの作品に定評があり、西洋のオカルトにも明るい方なんだよ。

 そして、その日夏先生と同人誌『聖杯』を作成していたのが西條八十。

 その後、芥川龍之介を含めたメンバーで愛蘭土アイランド文学会を創設するんだ。」

「愛蘭土文学会…」

「ああ。アイルランド。さあ、ここで『アッピンの赤い本』を思い出してくらないか?アッピンはスコットランドの地域名だ。

 そして、アイルランドと海を挟んで近しいところにある。

 ドイルはエディンバラのアイルランド系キリスト教の家に生まれたんだ。

歴史を追いかけるドイルもまた、アーサー王とアイルランドの文学に興味を持ったと思わないか?」

向井の言葉に文月は色めき立つ。なんだか知らないけれど、休載の穴埋め企画には使えそうな気がしてきた。

 牛込でひっそりと亡くなった姉崎夫人の事件は、気がつけば大陸をこえて英国に達していた。

「面白いです。休止の繋ぎにはいい気がします。明日、文学雑誌の友人から夏目漱石の英国留学の資料を仕入れてきます。」

文月は嬉しかった。今日はよく眠れそうな気がしてきた。

「それはいい。漱石先生は、いろんな本を買い集めたはずだからね。なんなら帝大に聞き込みをするのもいい。前任の八雲先生もアイルランド系だったらしいから、大学に何か、資料が残っている可能性いもあるからね。

 でも、まずは、中村先生の周辺を調べたいね。

 漱石先生は芥川先生の才能を認めておいでだったし、愛蘭土文学会に資料を寄付した可能性もあるからね。」

向井はニヤリと笑う。

「寄付?」

「正確には形見分け、になるのかもしれない。大正5年(1916年)に亡くなっている。漱石先生の書籍が門下生に形見分け、もしくは、整理のために目に触れた可能性がある。

 それは、遠方の共に手紙として伝わったりしたかもしれないし、それをどこからか、乱歩先生が手にした可能性もないとは言えない。」

向井の瞳は野望に燃えていた。

 


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