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幽霊作家  作者: ふりまじん


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20/40

仮定


向井は話し始めた。子供の頃、母や兄が読んでくれた本の話を。

大概は下の妹弟が邪魔をして話が脱線する。それは、例え、結末がない破綻した物語だといしても、生涯思い出すと心が温まる素晴らしい思い出ではないかと。

そして、乱歩の物語もまた、そんな雰囲気があるんだと。

江戸川乱歩は講談や芝居を愛していた。かの名探偵 明智小五郎のモデルも講釈師の神田白龍と言われている。

落語や講談、劇芝居を愛する乱歩先生は、きっと客との請け合いや、アドリブ要素も愛していらしたに違いない。

そんな土壌があったからこそ、毎日更新の新聞連載などで人気を博したのだと思われる。


江戸川乱歩の評価は人によって大きく振れる。

行き当たりばったりの駄作という人も言えば、何度も読みたくなる名作という人も居る。

とは言え、作家という水物の商売で10年、客に忘れられる事無く生き続けた。

それは言葉で言うほど簡単ではない。


竹溝と言う作家が、出版関係に従事し学生時代は秀才だと言うのに鳴かず飛ばずなところからしても、この業界の先を見るのは難しい。

竹溝が小説一本で独立したのは本人の意向では無く、所属の雑誌が廃刊したことがある。そうでも無ければ、不安定な環境を選ぶ性格の人物ではない。


実際、竹溝の小説が一世風靡することはなかった。彼は翻訳などの仕事で食いつなぐとこになる。

乱歩との差は確実に広がって行く…

が、乱歩もまた、マンネリと言う呪縛に囚われて居る。

新しい何かを、探してあがいてある。


そんなある日。

突然、竹溝が倒れたと人伝に聞く。そして、彼の近年の惨状を知って愕然とする。

肺病は心身、栄養が滞るとひどくなる。

竹溝の入院した病院でそれを出版社の人間に聞いた乱歩は、竹溝が持ち込んだ企画書を読む。そして、彼の代わりに小説の連載の代打を申し入れるのだ。




向井の話をジンジャーエールを飲みながら文月は感心しながら聞いていた。

「なんだか…心がしまる話ですね。そんな裏話がこの作品に隠されたいたなんて、僕、知りませんでした。」

項垂うなだれる文月を見て向井は照れ笑いを浮かべた。

「いやぁー、僕も真実は知らないよ。でも、『悪霊』を読んでるとそんな光景が見えてくるんだ。」

向井の言葉に文月は肩透かしを食らう。

「嘘なんですか!」

「人聞き悪いな、推理、と、言ってくれたまえ。」

向井は照れ隠しに少し茶化して、話を続けた。


「まあ、これが真実か、間違いかはともかく、そんな隠れた話があるとしたら、この物語の印象や楽しみ方も変わって来ないかい?」

向井に言われて再び『悪霊』を読み返す。


「そうですね。確かに、推理小説として何か、違和感があったところが、人情モノの改変されて見えますね。

作者の附記ふきなんて、向井先輩の作った病院からのエピソードが隠れて見えますよね。N某は、さしずめ担当の先輩でしょうか?出されたファイルは竹溝先生が出版社に持ち込んだ企画書。

そうなんですよね。僕も、男の友人の手紙を後生大事に真赤な革の表紙に挟むなんて違和感があったんです。

普通、青、灰色とか黒、赤といっても海老茶までですよね。」

真顔で話す文月の顔を向井は楽しそうに観察していた。

「ああ、でも、N某は竹溝先生も表してると思うんだ。多分、病状が悪化してろくに打ち合わせができない状態とも読めるだろ?」

向井に言われて文月はため息をつく。

「そうだとしたら、辛いですね。殆ど、竹溝先生の了承無しで進んでいた可能性もありますよね。独立してからの急な入院…その費用や生活費を考えると、事後承諾でもご家族は受けざる得なかったと、言うところでしょうか…

そう考えると、附記の末尾のN某への気遣いが切ないですよね。」

文月は深くため息をつく。

「そうだろ?乱歩作品は少し歪で、歪だからこそ想像力で何度でも新しい話が生まれてくるんだよ。」

向井は自分のことのように自慢する。

「確かに、凄い作家さんなんですね。」

文月は素直な感想を言った。学生時代、江戸川乱歩なんて低俗な話を読んでいたら心が汚れるとか、頭が悪くなるとか言う仲間もいたけれど、夏目漱石の物語にこんな影の話なんて思い浮かばない。


「まあ、そんな風に考えて読者が推理する。これも一種の推理小説、と、いえないかね?」

向井に言われてハッとするが、文月はすぐに思い返した。

「確かにそう言うのは、新しい形とも言えますが、自身のスキャンダルを売るようなものではないでしょうか?そんな事、竹溝先生が許されるとは思えません。」

文月の反論に向井が失意のため息をつく。

「そうなんだよな。考えられるのは、竹溝先生が良くなられて激怒された場合。そして、病状が思わしくなかった場合だ。」

向井の言葉が文月の胸をついた。

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