時代を切り拓く者
念力と催眠術…そうだった。そんな話を夕方、社で聞いたばかりだった。が、濁流のような急展開にすっかり忘れていた。
「催眠術は…僕は乱歩先生から直接聞いたわけじゃなので。」
文月はしどろもどろにそう言った。実際、直接聞いた話ですらない。
編集長が談話室で乱歩付きの担当編集を怒鳴っていたのを聞いただけだ。
「どうでもいいさ。どちらにしても面白ければそれでいいんだ。」
向井に言われて、これが小説の話だったと思いだす。
「どうでも良くないですよ。推理小説を何ですから、念力なんて怪しい話。使えません。」
文月はため息を漏らした。が、向井はそんな事は気にしてない。
「文月くん、困るね、君は現在、私の架空の雑誌の記者なのだから。推理ではなく、神秘小説を考えてくれないと。」
向井は大袈裟に困ってみせる。
「そんな事、急に言われても困ります。」
戸惑う文月に向井は聞く。
「ミステリ小説だとしても、困らないかな?それとも君は『悪霊』の矢絣の人物の謎を解いたというのかな?」
向井は自信満々に聞いてくる。
「いいえ、わかりません。」
文月は辛い気持ちになる。『悪霊』には時代遅れの矢絣の若い女が登場し、しかも、犯行時間に姉崎家を訪問するのを近所の煙草屋の女将さんと物乞いの男が目撃したと書いてある。
時代遅れのハイカラさんの登場が乱歩先生を悩ませてるのでは無いかと文月は思った。が、どうしてそんな人物が現れてのか、その意味は皆目分からなかった。
「そうだろう?でも、それでは連載作品の解決編は作れない。すでにそこまでは発表してしまったのだからね。矢絣の女の意味を考えないといけないじゃないか。それには、オカルトの知識が必要ではないかね?」
向井はそう言ったが、文月は、なんだか納得できなかった。
「そんな、怪しげな知識で解決したら、読者の反発を受けてしまいまいます。」
不機嫌な文月に向井は肩をすくめる。
「岳士、お前、もう一度、『悪霊』を読んでみろ。祖父江進一の交霊会の参加の動機を。」
向井に言われて文月は落ち込む。そうだった、この話は交霊会で犯人を探すとかそんな展開になるのだった!
「そうですね…交霊会…乱歩先生も何でこんな展開を考えたんでしょうね。」
文月は泣きたくなった。それは、数日前の乱歩担当の先輩のぼやきにも似ていた。
もうすぐ4月である。数ヶ月前は昇進確定の夢を楽しそうに語っていた先輩は、社長や営業部長に厳しい追求をされて弱っていた。
それは乱歩先生も同じだろう。
少年時代、縁日の芝居を見にいった。明智小五郎が登場する勧善懲悪の物語。あれは多分、『一寸法師』の改訂版だったと思う。
ピエロやマジシャンが登場したし、チャンバラがあったり無茶苦茶だったけれど面白かった。
あとで演者が売り込みをしていた探偵七つ道具が欲しくて親を困らせたな。
文月にとって明智小五郎は正義の味方で憧れだった。それは日本の少年の夢でもあった。
それなのに、なぜ、乱歩先生は交霊術なんて始めたのだろう?
「時代の先を切り開くためだよ。」
向井の言葉が澱んだ深夜の空気を引き裂いた。




