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救いがたい悪霊と人間

作者: 小雨川蛙

 

 ある霊祓いの下にやつれた顔の青年がやってきた。

「ここで悪霊が祓えると聞いたのですが」

「えぇ、もちろんです。悪霊に悩まされているのですか?」

 霊祓いの言葉に青年は頷いた。

「はい。もうずっと……それこそ、生まれた頃からずっとです」

「生まれた頃から?」

 そう聞いて霊祓いは身構える。

 生まれた頃から命に鎖のように結び付けられた悪霊。

 それはほぼ例外なく、恐ろしい大悪霊だ。

 時には国さえも滅ぼすほどの力を持つもの。

 時にはその一族そのものを永い間憎み続けたもの。

 いずれにせよ、簡単な仕事にはなりえない。

 霊祓いは自分の実力に自信はあったが、それでも大悪霊に勝てると考えるほど愚かではなかった。

 はっきりと言ってしまえば今すぐにでも青年を追い返すのがベストな選択肢だ。

 しかし、やってきた彼の顔を見ればそんな手段をとるわけには……つまり、見捨てるわけにもいかない。

 霊祓いは静かで、厳かな声を出して青年へ言った。

「落ち着いて聞いてください。あなたが生まれた頃から存在するような悪霊ならば、私一人では到底太刀打ち出来ないでしょう。ですが、安心してください。私の信頼する仲間を呼んで必ずあなたを救って見せます」

 揺るぎない決意と共に放たれた言葉を受けた青年はぽかんと口を開けて問う。

「どういうことですか?」

「つまり、あなたに憑りついているのは大悪霊なのです」

 答えを聞いた青年は少しの間だけ固まり、そして笑い出した。

「大悪霊ですか。流石に私の母はそんな大したものではないと思います」

「あなたの母?」

 今度は霊祓いがぽかんとする番だった。

 やや間を置いた後、青年の背後を霊視するとそこには苛立った様子で立つ一人の女性が見えた。

 彼女は霊祓いが自分を見れていることに気づくと叫んだ。

『あなた! 私が見えているのね!? なら、あなたからも言ってやってちょうだい! この子ったら、勉強もせずに遊んでばっかりなの! おまけに最近はギャンブルに手を出して……』

 きりもなく続く女性の声を無視して青年へと顔を戻すと彼は頭を掻きながら言った。

「私の母は私を産んだ直後に亡くなったんです。けれど、私のことが心配らしくて成仏せずにずっと監視しているんですよ。おかげで僕はもうずっと気が休まらなくて……」

『また勝手なことばかり言って! あなたがいつまでも心配させるからこんなことになっているんでしょう!? 本当にいつまでもいつまでもフラフラして! あぁ、もう本当にあなたは……』

 さて、このような状況。

 霊祓いはどうしたものか。

 悪霊を払うのが自分の仕事であり事実青年は霊に悩まされている。

 しかし、青年に憑いている霊は悪霊なんかではなく、むしろ善良な霊なのだ。

 ……多分。

 さて、このような状況。

 自分はどうしたものか。

 霊祓いは僅かな間、迷った後、一つの答えに辿り着くと大きく息を吸って叫んでいた。

「とっとと出ていけ! 家庭の事情に巻き込むな!!」

 驚いた青年は慌てて逃げ去っていく。

 その後ろ姿を見てため息を一つ吐いた母親の霊は霊祓いの方を向いてペコリと頭を下げて言った。

『ごめんなさいね。本当に』

 しかし、一度謝られたくらいで霊祓いの苛立ちは収まらない。

「あんたもとっとと子離れしろ!」

 その怒声に驚いた母親の霊はそのまま慌てて青年を追って消え去った。

 そんな二人の姿を見送りながら霊祓いは舌打ちと共に呟いていた。

「蛙の子は蛙か」



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