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04 試してみよう




ノアと家に送った後、工房までの帰り道を早足でスタスタと歩きながら、クラウスは落ち着かない気持ちになっていた。

ノアはクラウスがはじめて出会ったΩだ。華奢な体つきに、少し幼なげな顔。それに先ほど支えた腕の感触は、服越しではあったが強く握れば潰れてしまいそうなほどに柔らかだった。自分の腕とはまるで違う。同じ男なのに、第二性が違うだけでここまで違うものなのかと驚く。


"Ωは目ん玉が飛び出るほど高い"


以前先輩のブランが言っていた言葉を思い出す。

先ほどのノアには、例えようのない、抗えないほどにクラウスを惹きつける力あった。

一瞬、目線があった時の潤んだ瞳にどきりとし、身体の中から耐えがたい何かがじわじわと湧き上がってくる感覚。

あれがΩゆえの性質からくるものであれば無理もない。いくら積もうとも手に入れたいと思う輩がいることは容易に想像ができた。


「ダメだ、何考えてるんだこんな時に」


こみ上げる感情を振り払うかのように、クラウスは足早に工房への道を急いだ。


職場の自身の机に戻ると、素材見本や試作品などに埋もれかけた数冊の本をひっぱり出した。以前借りてきたΩについての本だ。

借りっぱなしで読んでなかったことを思い出し、表紙を開く。

こうしてようやく、クラウスは最低限のΩの知識を得ることになるのだった。





帰り支度をするブランのもとに、なんだかしおしおとしたクラウスがやってきた。


「あの、ブランさん…ちょっと聞いてもいいですか?」

「ん?何?」

「体調悪い時に、会社の人が家に差し入れとかしてきたらなんか嫌っていうか、怖いですかね?俺、よくわかんなくて」

「どうした、急に」


ブランは表情こそ変えなかったが、内心飛び上がるほどびっくりしていた。この服作りにしか興味がなく、人の気持ちなんて仕事が絡まない限り一切勘定に入れない男が、他人に嫌がられることを心配しているなんて。

何かよほどの出来事があったのだろうか?

あまりの珍しさに、ブランは興味がわいた。


「どうした?好きな女でもできたか?」


「…っ、そんなんじゃないですよ。ちょっと、最近お世話になってる人が体調崩してて、独り暮らしなので、心配で」


クラウスから珍しく色恋の話が聞けるかと思ったのに読みははずれて残念だったが、これ以上根掘り葉掘り聞くのも心配そうな顔をしている後輩を前にどうかと思い、質問の答えを考えた。


「関係性によるなぁ」

「関係性、ですか…」

「よくわからないけど、そこまで親しい相手じゃないってことだよね?相手がどう思うかなんて、結局わからないし。心配なら差し入れ置いてくるだけ置いてきたら?迷惑だったら態度にも出るだろうし」

「態度か…。俺、そういうのあんまりわかんないんですよね…」

「確かにお前、そういうやつだよな…でも、心配なんだろ?」


ブランはクラウスの肩をポンとたたいた。





クラウスは仕事が終わると、暗くなり始めた道を歩きながら開いている食料品店で水やサンドイッチ、果物などの食べやすいものを買い込み手提げに入れ、ノアの家へと向かった。

外から見たノアの部屋には、まだ明かりが灯っている。

家にまで押しかけて自分は何をやっているのだろう。

クラウスは今まで感じたことのない自分の気持ちに戸惑う。緊張で手に汗をかくなんて初めてだった。


部屋の前まで来ると、ドアノブに食料の入った手提げをかけ深呼吸する。

ドアをコンコン、と2度ノックした。


「すみません、クラウスです。ノア君、体調大丈夫? 急な体調不良みたいだったから、迷惑かもだけど、食べ物とか買ってきた。ドアノブにかけておくから、良かったら食べてね」


じゃあ、とその場を去ろうとすると、部屋の中からドタバタと音が聞こえた後、ドア越しに「クラウスさん?」と声をかけられる。


ドアがガチャリと開いた瞬間、部屋の中からなんともいえない甘い香りが溢れてきた。先ほどノアと一緒にいた時にかすかに感じた匂いと同じだが、それよりずっと濃い。この匂いの正体に、クラウスはようやく気付く。


「ごめん、わざわざ出てきてもらっちゃって。あ、これよかったら…」


手提げを手に取り、ノアに渡す。


「クラウスさん、来ていただいて、ありがとうございます。食べ物まで、何もなかったので、助かります」

「あの…もしかして、体調不良って、発情期なの?」

「あぁ、匂いでわかっちゃいますよね…。すみません、こんな状態で出てきちゃって」


これが、発情期のΩ。

クラウスは、発情期のΩのフェロモンの匂いを初めて認識した。魅力的なにおいが鼻をくすぐり、背中がぞわりと粟立つ。


クラウスは、今まで自分は性欲が弱い方だと思っていた。

しかし今ノアを目の前にして、それが間違いだったことに気づく。自分は気持ちを搔きたてる対象に出会ったことがないだけだったということに。

目が潤み、頬を紅潮させ、いつもよりとろんとした表情のノアは、どきりとするほど魅惑的だ。クラウスの腹の底に熱い欲望が湧き上がる。


ノアは僅かに潤んだ瞳でクラウスをじっと見つめ、何かに気付いたかのように口を開く。


「あ、そういえば、試作品、試したほうがいいんですよね。使ってみましょうか?ちょうど使えるかもしれません」

「あっ、そうだった……」


クラウスは反射的に自分のバッグを探るも、試作品は見当たらない。

はっと気づき、自分の襟に手を当てる。


「そういえば、今着てるんだった」


それを聞いて、ノアはごくりと小さく喉を鳴らす。


「そ、そうなんですね。じゃあよかったら、上がってください。ここで脱ぐのも何なので…」

「ごめん…お邪魔します…」


部屋にあがると、中は外の比ではなく、ノアのフェロモンの香りでむせかえるようだった。

濃厚な匂いは香るだけではなく、肌そのものを甘く撫で付けてくるようで、クラウスはくらくらして、思考がままならなくなっていく。


クラウスはほてる身体を壁にもたれさせながら、外套とジャケットを脱ぎ、中のワイシャツもボタンをはずして脱ぐと、半袖シャツにズボン、という格好になった。

ワイシャツを手に取りノアに手渡す。人差し指が一瞬ちょんとノアの指に触れた瞬間、その場所から電撃が走る。それは甘い疼きとなってクラウスの体内を駆け抜け、ぴんと張った理性の糸を次々に溶かしていくかのようだった。


(俺が着てた服、ノア君はどんな風に使ってくれるんだろ)


自分の服で作られたノアの巣が見てみたくてたまらず、ドキドキと期待に胸が高鳴った。ノアはその服をどのように見て、どのように触れるのか。そして、どんな反応をするのか。

それは、仕事への探求心から来たものなのか、はたまた初めて嗅いだ強烈なΩのフェロモンにあてられてのことなのかわからない。


熱に浮かされた頭で、ノアに尋ねる。


「ノア君、もしよかったらなんだけど…巣作り、見せてもらえないかな…?」





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