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02 話を聞こう



ノアは、昼休みにいつものように一人でぼんやりと食事をしていたところ、突然話しかけられひどく驚いていた。

しかも、こんな、とびきり美形の男に。


目の前のクラウスは、輝く金髪がキラキラまぶしい上に、希望に満ちた青い瞳はなぜかギラギラした光を発していて、目を合わせたらまぶしくて目を開けられそうになかった。

ノアはふっと目を逸らし、緊張に震えながら手元の食べかけのサンドイッチに視線を落とす。


「あのさ、ノア君はΩだったよね? 巣作りって、どんな服でやるのが好き?」

「え…?す、巣作り?」


ノアは、いきなりのプライベートな質問にびっくりしすぎて目を見開く。


「そう!今巣作り用の服を企画してて、どんな方向性にしようかな?って思ってて。やっぱり吸湿性に優れた綿素材かな?それとも、肌触りを楽しみたいなら羊毛…?匂いが気になるなら、浮雲草の実から取れる…」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」


ノアは、クラウスの距離感のおかしな質問にどう答えたらよいかわからなかった。

ほとんど話したことのない自分にいきなりするような話ではない。

とにかく、恥ずかしい。巣作りは発情期中の行為なので、性的で個人的な話になる。

そんな話を、昼間から、周りに大勢の人がいる職場の食堂でするなんて。

考えうる限り最悪の状況である。


しかし、クラウスはおそらく全くそんなことは気にせず、純粋なキラキラしたまなざしでこちらの答えを待っている。

意匠部門はこの工房の花形だ。しかしその分プレッシャーも多く、多忙かつ多大なストレスにさらされていると聞く。

他意は感じられず、クラウスの仕事への熱意は伝わってくる。内容はさすがにどうかと思うが、目の前のクラウスはいたって真剣な様子で、いい加減に答えるのはなんだか申し訳ない気がした。

何か適切な言い回しがないかと、頭の中でぐるぐると考える。


「そうですね……肌触りとかもいいけど、一番は、やっぱり相手の匂いが、ちゃんとすること…なのかな?と思います…」


ノアの答えを聞いた瞬間、クラウスは瞳をぱあっと輝かせた。


「さすがΩだ……!これは、当事者にしかできない発想だよ!俺、こういう生の意見が聞きたかったんだ。よく消臭加工はするけど、逆の発想はなかった!匂いを強める?いや、持続させるみたいなことか…」


クラウスはブツブツいいながら、もぐもぐとパンをを咀嚼しはじめた。

突然自分の世界に入ってしまったクラウスに目を見張りつつも、整った美しい横顔を、ノアはちらちらと横目でのぞく。

大皿になみなみと入っていたシチューがあっという間になくなり、クラウスはガタリと席を立った。


「ありがとうノア君!とても参考になったよ!」


そう言うないなや、突然の嵐のようにクラウスは颯爽と去って行った。

何か少し…いやだいぶ? 変わった人だったなと思いつつも、クラウスの後ろ姿を無言で見送ったのち、ノアは思わず掌で顔を覆った。

顔は熱を持ち、心臓が飛び出しそうなほどにドキドキと高鳴っている。


「クラウスさんと、お話ししちゃった…」


実はクラウスは、ノアの憧れだった。

ノアの、というか、みんなの、と言ったほうが正しいだろうか。


クラウスの容貌はこの工房では異彩を放っている。後ろで緩く束ねられたサラサラとなびく金色の髪に空のような青い瞳、整った顔立ちとスラリとした体躯に華やかな雰囲気を纏えばついたあだ名が "王子" 。

周りの女性の職人が「今朝王子を見掛けちゃったわ、眼福よ〜」「えっいいな」ときゃっきゃと騒いでいるのを見たのも1度や2度ではない。


そして、クラウスはすっかり忘れてしまっているようだが、ノアには忘れられない出来事があった。


工房に入ったばかりの頃、新人の徒弟向けの実地訓練があり、先輩として手伝いに来ていたクラウスを「王族?貴族?こんなかっこいい人がこの工房にいるなんて…」と見惚れていたら、

目の前に積まれた参考用の綿花や繭玉などをトレイごと盛大に床にばらまいてしまったのだ。

床に散らばりコロコロと転がっていく大量の白い物体を前にノアが絶望に固まっていたところ、クラウスがさっとやってきて拾い上げるのを手伝ってくれた。

終わりしなににこりと微笑んで「気にしないでね」とさりげなく声をかけもらえば、もうノアの心はノックダウンだ。仕事としての対応だったとはわかってはいても、動き出した気持ちは止められなかった。


しかし、単なる徒弟であるノアにとって花形の意匠部門で活躍するクラウスは手の届く存在であるわけもなく、たまに工房内で見掛けた時に遠くからちらりと見つめることができるくらいだった。

しかしノアは多くを望まずそれだけで十分だと思っていた。一目クラウスを見るだけで幸せな気持ちになることができた。


そんな憧れのクラウスに突然に話しかけてもらえて、嬉しさで心が躍り出していた。

何だか頭がふわふわして、その日は作業のノルマをこなすのにいつもより時間がかかってしまいそうになり、慌てて布地をミシンで縫製する手を早める。


ノアはΩにもかかわらず、この工房で働けているのは幸運なことだった。

定期的に発情期で一定期間仕事を休む必要があるΩを、わざわざ雇おうとする職場が少ないためだ。


ノアの父親は鍛冶ギルドの職人だった。αの優秀な職人で、父親が作る鍬や鋤はそれはもう見事なもので、名指しで注文が入るほどだった。

徒弟をたくさん育て、周りの人に慕われた自慢の父親だった。

ノアも小さい頃から、将来父親のような職人になることを夢見ていた。


しかし、ノアがΩだと分かった時、その道は音をたてて崩れ去った。

鍛冶仕事には力がいる。Ωはもともと体が小さい上、筋肉がつきにくく力も弱いため、夢だった鍛冶職人にはなれない。その事実がわかったとき、ノアは一人部屋で声を殺して泣いた。

しかし、鍛治仕事が無理だとわかってもノアは働きたかった。Ωだからといってすぐに誰かに嫁ぐのは嫌だった。

対価を得て、自分の足で立ち、たとえΩだったとしてもでも一人で生きることができるのだという実感がほしかったのだ。


ノアは両親に自分でも働ける職場はないかと相談した。

両親は驚いていて、この一帯では働くΩは少ないし、それは様々な困難を伴うからだという話をしてくれた。

それでも働きたいと伝えると、父親が知り合いの職人の伝手を使ってくれて、この工房を紹介してくれたのだった。


たくさんの業務用ミシンが並ぶ縫製室は、絶えずミシンの音がダダダダと響きわたり圧巻の光景だ。

男性だけでなく女性も多く、子育てや介護をしている職人もいて、皆突発的な早退や休みをカバーし合える体制ができていた。

Ωが働くにあたって一番問題となる発情期も、ここでは仕事に穴をあける心配は少ないため、ノアのようなΩでも働くことができたのだった。


仕事を終えると、お疲れ様でしたと親方に挨拶をしノアは家路についた。

ノアはΩのため、αやβと共同生活をする宿舎には入れない。夜遅くなることもあり、工房はノアために寮を近くに借り上げてくれて、そこに一人で住んでいる。

夜空を見上げると、細い三日月が輝いている。クラウスの顔にかかる金色の髪を思い出し、今日はなんだかいい夢が見れそうだなとノアは思った。



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