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君とお月見

作者: 山村

 月が綺麗ですね。なんて“吾輩は○○である”と同じくらいに使い倒された漱石の言葉である。


 本日のゼミが終了し後片付けをしながらおしゃべりをしていると秋季限定の新作バーガーを食べに行こうという流れとなり、現在某バーガーチェーン店へと来ている。男女数名。弁当を持参していないメンバーで。

 それぞれバーガーとサイドメニューを注文し各々の昼食を乗せたと例を受け取る。限定バーガーを食べるという名目で入店しているというのに全く別の商品を注文している捻くれ者もいるが僕は勿論新作バーガーを注文している。コマーシャルを見てからいつか食べたいと思っていたので丁度良かった。

 平日の講義の無い隙間時間に来ているということもあり店内の客はまばらで、僕達は二階の一角を陣取り新作バーガーに舌鼓を打つことにした。


「いたたきま~す」


 友人の掛け声に合わせて僕達は一様に手を合わせる。

 パティの上に半熟の目玉焼きとカリカリに焼かれたベーコンとチーズを乗せて、ふわふわのバンズに挟まれている。一口目から口内いっぱいに広がる肉汁ととろとろの卵とバンズ。


「美味い!」


 シンプルな感想が思わず漏れてしまうが羞恥を感じることもなく、寧ろ周りも全力で同意してくれている。

 午後からの講義の事やバーガーの感想、最近のゼミの内容など。気心の知れた友人達と他愛のない話に花を咲かせながら食べるファストフードは別格の旨さがある。


「本当においしい~。来て良かったね」


 加えて。奇しくも僕は意中の女性の真向かいに座ることが出来た。ちらりと友人を見やるとこちらに目配せしてきたので彼の粋な計らいだろう。友達思いの友人に感謝だ。

 彼女はバーガーの合間にフライドポテトをサクサクと食べ進め、時たま話を振られてはそれに返事をする。僕の場合はフライドポテトではなくチキンナゲットなのだが、それ以外は概ね同様だ。


「ねぇ、ポテトあげるからナゲット一個ちょうだい」

「どーぞ」


 彼女のトレイからポテトを一本拝借し口に入れる。サクサクと揚げたて特有の触感と油と芋と塩のハーモニー。

 ふと誰かが弟の読書感想文を手伝わされ、題材が夏目捜査石だったという話題を振ったので、僕と冒頭の言葉を思い出したのだ。彼が教鞭を執った際に“I love you.”を“愛している”と訳した生徒に対して、日本人ならばこう訳せと冒頭の言葉を述べたという話を。

 話題は夏目漱石ではなく読書感想文の方へとズレていったが僕の頭の中には漱石先生がこちらを見つめていた。

 だからなのか、目の前の彼女と目が合った瞬間、僕は咀嚼途中だったナゲットを思わず飲み込み誤魔化すように言葉を発していた。


「おっ、お月見バーガーが美味しいですね」


 彼女の大きな目が丸くなる。僕の言葉は特に大きくもなく、寧ろ喉が詰まってはっきりと発音すらされていなかったかもしれない。周りの反応を見るにきっとそうなのだろう。しかし、伝わったかどうかは別として、言ってしまったという事実は消せない。

 誰かの言葉ではなく、自分の想いなのだから自分の言葉で伝えたいと常々考えてはいたが決してこれではないと断言する。完全に想定外だ。

 どうせならばやっぱり漱石先生の言葉を借りるべきだったと後悔するも遅く、まぁここで例の言葉を言っても付きも出ていない昼時なので怪訝な顔をされるのが落ちなのだが。兎に角これでは伝えたいことなど塵程も伝わらないではないか。

 とにかく平静を装い残りのバーガーに食らいつく。周りの騒がしさが手伝って他愛のない会話の一部だと思ってくれれば良いのだが。恐る恐る視線を上げてみれば。


「きっとあなたと食べているからね」


 なんて、僕の全てを見透かしたような瞳で言われてしまえば、僕は白旗を掲げざるを得ないじゃないか。どうやら彼女の方が何枚も上手のようだ。

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